27.編み目模様〜ファビアside
「……こうきたか。
ふふ……予想外だけれど、やっぱりコニー男爵は面白いね」
アドバイスをしたためた手紙を送ってから、一ヶ月。
コニー男爵から、新たな品物が贈られてきた。
今度のは、黒く染まった帽子。
ツバが前にせり出したキャスケットになっている。
墨で染めたらしい。
そして赤みのある焦げ茶色のサンダル。
黒く染めた藁をアクセントにしていて、よりデザイン性がアップしていた。
赤みのある焦げ茶色の藁は、柿渋という染液で染めたと書いてある。
ヘリオス用も同封されていたのには、再び驚かされた。
だってコニー男爵の認識の中で、ヘリーは平民だからね。
私への贈答と同じ色の藁で作る、ハンチング帽とサンダル。
これも前回よりスタイリッシュだ。
コニー男爵からすれば今回のヘリーへの贈答は、私に贈るついでだと思えた。
紙に書かれている感謝の言葉も、私に対してが大半だ。
ついでにヘリーにも、と書かれてある。
なのに、どうしてか胸がモヤモヤしちゃうんだよね……。
もちろんヘリオスに、このモヤモヤする胸の内を打ち明けるつもりはないけれど。
「墨と柿渋には、防虫と防腐、そして防臭対策も施しています、か」
手紙に書かれていた一文を、あえて声に出して気を取り直す。
本格的に靴が蒸れる時期へと季節が変わるにつれ、実はコニー男爵から初めに贈られたサンダルを使う頻度が上がった。
思っていた以上に、麦藁サンダルは快適だったのだ。
手紙には、初めに贈ったサンダルは破棄して欲しいとあるけれど、きっとどちらも使うんだろうな。
今回贈られてきた帽子とサンダルに鼻を近づけて、そっと嗅いでみる。
墨も柿渋も、防臭処理されたような、思っていた通りの臭いがする。
けれど決して不快にもならない、微かな臭いだ。
これくらいなら、むしろ防臭処理をした為とあえて銘打ち、売り出す事で、客が処理を認知しやすくて良いかもしれない。
次は帽子とサンダルを、指の腹で少し強めに擦る。
指の腹を確認して、よし、と思う。
「色落ちもなし。
念入りに染めた上で、余分な色をちゃんと洗い落としてあるね」
【使い方によっては色落ちする】という注意喚起は、建前上必要だ。
けれど、きちんと処理した品物を贈ってきたのは好ましい。
「これならまずは流行に敏感な貴族男性を中心に、情報をリークして……ああ、でも騎士達の間では、既にヘリオスを介して麦藁素材のサンダルが、流行り始めてたんだった」
ヘリオスはコニー男爵に対し、どこか警戒した様子を見せる。
理由は思い当たらないから、性格の相性の問題だろう。
けれどコニー男爵から贈られたサンダルは、私と同じく手放せなくなっているようだ。
何せバルハ領に、わざわざヘリオスの本名でサンダルを問い合わせしていたからね。
一応ヘリオスに頼まれて、私の名前で紹介状を書いて添えてある。
だからコニー男爵は、ヘリオスが平民のヘリーと同一人物だなんて、気づきもしないだろう。
「コニー男爵に、デザインの提携を申し込んでみようか。
麦藁素材のサンダルはバルハ領に一任して、レースや毛糸で編んだ服飾品を私の商会で売っていけば……」
とは言え、今年は難しいだろう。
来年あたりに貴族女性が素足で履く、ミュールやサンダルを受け入れてもらえるだけの下地を整えていけば……。
「そうだ。
足先のケアや、足先を魅せるような技術を売り込むのもアリだね。
ふふふ、金になりそうだ」
貴族ではあるけれど、私は商会も運営している。
お金儲けは好きな方だ。
「やっぱりコニー男爵には、更に女性向け商品のアドバイスもしてみよう。
その上で、この麦藁の編み方。
業務提携して技術料を支払えば、教えてもらえるかもしれない。
毛糸やレース編みを服飾に取り入れられれば、うちの商会の販路も、更に増えていくはず」
言いながら、ふとサンダルの甲の部分が目に止まる。
すると、事業への浮ついた思考がストップした。
綺麗に編まれた模様に、意識が向いてしまったせいだ。
「麦藁を編んだこのデザイン……やっぱり気になるんだよね」
私が昔から見ている夢。
その中に登場する、赤髪の女性。
コニー男爵から最初に帽子とサンダルを贈られた、ある日。
赤髪の女性を夢で見た。
彼女は身につけていたらしい冬物のケープを、受け付けで預けていた。
初めは憂いを含んだ彼女の瞳が気になり、次いでケープが目に入った。
ケープはフワフワした素材の毛糸で編まれていて、とても綺麗だと思った。
素直に感想を口にした私に、彼女はその場でケープを贈ってくれた。
きっと何の気なく「差し上げる」と口にしたんだろう。
すぐに発言を撤回しようとしたから、慌てて礼を言って受け付けからふんだくった。
後で知った事だけど、それは元々、彼女の婚約者の為に編んだのを、解いて自分用に編み直した物だったらしい。
憂いて見えたのは、婚約者から突き返されたからだったのかもしれない。
夢の中の私はその事を偶然知っても、決してケープを手放さず、むしろ普段から身につけるようにした。
彼女の温かく、それでいて寂しかったはずの心に陰ながら寄り添いたくて。
そんな夢に出てきたケープの編み目模様と、コニー男爵が編んだとする、帽子とサンダルを麦藁で編んだ模様。
両者の模様は、とてもよく似ていた。




