26.手紙でアドバイス〜ファビアside
「あの日、コニー男爵はよっぽど困ってたんだろうね。
私より、君へのお礼の言葉の方が多かったから」
「まあ、そりゃな」
ヘリオスは、まんざらでもなさげにウンウンと頷く、ヘリオスのこの態度。
それにコニー男爵から、ヘリオスに宛てた感謝の言葉。
それが私に対してより、多く書かれていたし、感情がこもっているような印象を受けた。
ほんの少しではあるんだけれど、どうしてかそこの所で、イラッとしてしまうんだ。
イラッとする相手が、ヘリオスに対してなのか、それともコニー男爵に対してなのか……。
「夏の皮靴は蒸れるし、臭う事もあるからね。
普段の何気ない時にどうぞ、だって」
手紙にあったヘリオスへの言伝を伝えつつ、胸に湧いた苛立ちには、そっと蓋をする。
「これは麦藁……草履?
に、なるのか?」
私の心中など知る由もないヘリオスは、渡された物をマジマジと見る。
少し戸惑っている。
そうなるのも無理はないか。
手渡したのは、靴。
それも麦藁素材のサンダルなんて、初めて見ただろう。
私も初めて見たからね。
ただ、ヘリオスの言う草履とは、形が違う。
これは麦藁素材のサンダルだ。
草履は主に東の国から流れて来たものが、時折市場で安く売られているのを見る。
けれど形が独特で、我が国ではあまり反応が良くない。
「素材だけなら、そうだね。
でも足の甲の部分は幅広で、綺麗に編んでいるし、草履とは明らかに型が違う。
スタイリッシュにも見えるけど……」
まだ何かたりないな、と改めて自分の履いているサンダルを眺める。
そうして、思いついた。
「そうだ。
着色すれば、もっと見栄えが良くなりそうだね。
麦藁色だと、どうしても安物に見られがちだし。
うん、コニー男爵に教えてあげよう」
「はあ?
何でそこまでする必要がある?」
私の思いつきに、ヘリオスが不満そうだ。
どうして、そんな顔をするんだろう?
「邸で履く分には、凄く良かったからだよ。
流行れば皆、この素材への抵抗感も薄らぐよね。
普段使いをする人も、増えるかもしれない。
何より、貴族女性の隠れた悩みを解消してくれそうかなって思っているんだ」
貴族女性は、窮屈な靴を履きがちだ。
そのせいで足先が変形してしまい、足の指が開きにくい女性も多い。
親指の内側の骨が、大きくせり出す人もいて、痛がる場面は何度か目にした。
それにここだけの話、足の指が開きにくいからか、指の間に垢が溜まって不衛生になったり、人によっては水虫……いや、それは置いておこう。
サンダルは爪先を曝すから、貴族女性は嫌がってあまり履かない。
けれど素材が麦藁でできたサンダルなら、夏のオシャレって名目で売り出す事で、婦人達は言い訳ができる。
一番症状が酷くなる時期に、皮や布より蒸れも少なくなるから、足が快適に過ごせて人気は出そうだ。
何より、草履は素足で履くものだと認識されている。
素足で履く麦藁素材のサンダルが広く普及するなら、流行に敏感な貴族女性も一度は履いてみようとするかもしれない。
「あー、足先がどうしても靴で痛むらしいな」
うんうんと頷くヘリオスも、女性の足先問題については、幾らか知っているようだ。
深くは知らないのか、私と同じく深く追求しないのかまでは知らないけれど。
「それに……まあ……夏の靴は蒸れるし、皮靴の臭いもなあ……」
更にヘリオスは、歯切れ悪く言葉を続けた。
夏の靴はとにかく蒸れるし、臭くなりやすいのは、男女関係ないのも確かかな。
一度靴が臭くなると、なかなか臭いが取れなくなるって!ヘリオスもボヤいてたっけ。
そう、そこだ。
もし顧客層に素足を曝すのに否定的な貴族女性を取り入れられなくとも、男性なら取り入れる事もできるだろう。
「ふふ。
騎士団の寮では、重宝しそうだよね」
「なあ、この草履……」
「サンダルにしようか。
草履との共通点は藁素材かどうかだけで、形はサンダルだから」
ヘリオスの反応を見る限り、やはり麦藁素材のサンダルなら、藁草履へのイメージから素足で履くものと印象操作ができそうだ。
「まあ、それはそうか。
足の甲の部分も幅が広いし、ハナオ……鼻緒だっけ?
親指と人差し指の間の紐。
昔、試しに草履を履いた時、この紐のせいで指の間の皮が剥けて痛かったんだよな」
それはわかる。
私も試しに履いた事があったからね。
「販売戦略を上手くやれば、顧客層を広げられそうだ。
コニー男爵がこのサンダルを改良できたなら、私の事業に良い影響を与えてくれるかもしれない」
私の手掛ける事業の一つに、服飾事業がある。
当然、靴も服のコーディネートに関係するから、携わっている。
「ファビアの?」
「うーん……女性用はミュールと名づけて……踵の辺りに留め具をつけて違いを出してみるのもいいな。
素足を曝すのを嫌う貴族にも、受けが良くなりそうだ。
サンダルとの差別化を図る必要もあるし、夏から始めれば、少なくとも今夏は平民の間で流行り始めるかもしれない」
「おーい……」
新しいデザインの靴を、どう普及させていくか。
そんな考えに没頭し始めると、ヘリオスの声が、途端に遠く感じるから不思議。
そうして私は、ヘリオスとの会話を早々に切り上げて、コニー男爵にアドバイスをしたためた手紙を送った。




