24.オッサンのエンドレス話
「ど、どういう事ですの?」
歯切れの悪くなったダンに尋ねてみる。
「それは三年前の事だった……」
「な、何ですの!?
唐突に昔語りが……」
「いいから聞け!」
「は、はいですわ!」
「そう、あれは三年前……」
ダンの昔語りが始まった。
初めは聞くに留めていたものの、次第に木の棒を握り直し、藁の入った大鍋に再び突っこみ、グルグルかき回し始める。
ナーシャとキーナは……どうやらこのお話、何度も聞いていたのではありません?
スッと冷めた目になりましたわ。
ダンが茶の木の上に置いていた、冷やした緑茶を盆ごと取りましたわ。
あら、私にもそっと差し出してくれましたのね。
ありがとうですわ。
まあ、休憩を早々に切り上げますの?
私とダンから離れた場所にある茶の木になった、二番茶の芽を千切り始めましたのね。
「て、聞いてんのか!?」
「もちろんですわ。
ダンの話は興味深いので、早く先を話して欲しいですわ」
「そ、そうか。
それでゴリーの奴がな……」
私の返答がお気に召したのか、ダンはいそいそと話を続ける。
コレ、アレですわ、アレアレ。
お父様とお祖父様が、よく仰っていたエンドレス自慢話。
お父様はお祖父様に、そこそこの頻度でエンドレス自慢話をされていた。
その度お父様は私に、エンドレスで愚痴っていたのだ。
『年を取ると自慢話を延々するようになるんだよ、フローネ。
それも同じ話ばーっかり。
お父様?
お父様はそんな事しないよ。
まだまだ若いからね』
とか言いながら、お父様は同じような話をエンドレスで愚痴ってきた。
きっと話す側は同じような話を、さも初めて話したかのように感じながら話すからこそ、エンドレスにお話してしまうんですわ。
何度も聞かされる周りからすれば、たまったもんじゃねえですのよ。
あれは間違いなく、加齢兆候ですわ。
ナーシャもキーナも、耳におタコができるくらい、青柿にまつわる珍事について聞かされたんでしょうね。
塩対応という奴になってますわ。
オッサンになった私も、気をつけておかねば!
ダンの話を要約すると……。
ダンが茶畑を始める前のこと。
山で柿の木を育てていたらしい。
しかし甘い柿は、山に住むお猿の大好物。
ダンの育てていた甘い柿は、お猿が美味しく頂いてしまった。
そこでダンは翌年、柿が青い内に収穫した。
風通しの良い、涼しい暗所で保管していば、そのうち橙色に熟れるのでは、と考えたのだ。
その年、木に成った柿の半分を青い内に収穫して……結局無駄にしてしまったと言う。
この部分、恐らく風通しの良い、涼しい暗所で保管したからではないかしら?
淑女時代、うちの庭師だったジョーは言っていた。
青柿は箱に入れて保管していれば、オレンジ色に色づいて甘くなると。
まあその話は後日、機会があればダンにしよう。
とにかくその年、木に半分残していた柿は、再びお猿のお腹に入ったと言う。
それにプツンと激ギレしたダン。
駄目になった青い柿を、何を思ったか絞り始めた。
柿の木に登っていたお猿目がけ、青柿の汁をバシャバシャ飛ばして、撃退した。
で、味をしめたダンは、翌年も青柿で汁を絞り、バシャバシャやって、お猿と攻防戦を。
そこにたまたま居合わせた、違う村に住むゴリーが成り行きで参戦。
すると何故か、ボス猿と意気投合したゴリー。
お猿軍団を、その場しのぎの【ウホウホキキー語】で説得。
その年は半分ほど、甘い柿が残ったという。
更に翌年。
お猿はゴリー効果が出たのか、違う山へと移ったとか、移らないとか。
結局、ダンがその年も含めて作っていた青柿の汁が大量に残ってしまったらしい。
それも何かの臭い実が腐敗して、更に臭みを増した独特の臭さに変貌を遂げたとか。
ゴリー効果がいつまで続くかわからないし、臭いなら臭いで良いかと、念の為、瓶に移して保管。
そうしている内に数年が経ち、忘れていたのを今思い出したとか。
「ゴリー……何やってますの?
ウホウホキーキー語って、何ですの?」
「まあ見てくれからして、ボス猿と間違えられたんじゃねえか?」
確かにゴリーの見た目は厳ついボス猿だ。
以前、小麦の収穫の件で私と意見が衝突した時は、とっても怖かった。
けれど仲間想いの熱い男でもある。
そうでなければ、あの気弱で可愛らしい妻子がゴリーの事を慕うはずがない。
「それはそうと、その藁、いつまで煮立たせるんだ?」
「ああ、もうこれで放置しておきますわ。
日が傾きかけましたから、私達も早く茶摘みに戻りましょう」
「おっと、話すのに夢中になっちまったな」
そうですわね。
随分と長いお話でしたわよ。
もちろんツッコミは言葉にせず、ダンと共に二番茶を摘む。
黙々と、ただ黙々と。
ああ……お父様の愚痴をエンドレスで聞き続けた後のように、沈黙が心地良い……。
※※※※
「これですわ、これ!
これぞ柿渋!
まさかダンの家で、しっかり熟して柿渋になった原液が手に入るだなんて!
う〜ん……臭えですわね」
ぷ〜ん、と臭うこの臭さ。
得も言えませんわ。
二番茶に関してはしっかり摘んで、収穫を終えている。
途中、ゴリー達家族も応援に駆けつけてくれ、二番茶摘みは無事、終了だ。
休憩の時、再び【お猿と青柿】の話を聞かされるとは思わなかった。
「ゴリーも加わっての、エンドレス自慢話。
苦行でしたわ。
けれど二人共、気持ち良く話せたみたいで良かったと言えば、良かったのかしら。
ゴリーとダンの家族達は全員、その場から気配をけして、そっといなくなるなんで。
逃げの達人ですわね」
言いながら、瓶に油抜きしておいた藁を入れ、柿渋を浸し始めた。
「上手く色が定着してくれると良いのだけれど。
それはそうと……茶の木の近くに植えてあった紫陽花。
いつの間にか花の見頃が終わってましたのね。
今年は確か、去年と色が違っていたとか……」
ダンとゴリー、そして私の三人でいた時。
自慢話の合間に、柿の色が変わる話から紫陽花の話に変わったのだ。
「気になりますわね?」
淑女時代、庭師のジョーから聞かされた紫陽花の色に、想いを馳せた。




