21.編み物
「うふふ〜、これがかぎ針ですわ〜」
木を削って作った、自作のかぎ針。
先端がフック状になっている棒状の編み棒だ。
真っ直ぐな棒を二本使って編む棒編みと違い、かぎ針はこれ一本で編む事ができる。
かぎ針棒は棘が刺さらいよう、表面はヤスリで削り、滑らかにしている。
「「「噂のかぎ針……」」」
声を揃えた、三人のうら若い少女達。
その手元にも、同じ棒を一人一本ずつ配ってある。
マダム達に【縄綯い】で、必要と思われる麦藁の縄を、必要な数だけ作ってもらっている間、バン爺を通して各村へ通達してもらった。
編み物に興味がありそうな、若い女性。
いませんか? と。
そうして有志で募ってみたところ、意外にも多く手を上げてくれたのだ。
この三人の少女達は、各村の有志代表。
私が今日開く編み物講座で、まずは基本をマスターしてもらう。
「あの……マルクさん。
本当にマルクさんが、かぎ針っていうその棒を使って、コレを編んだの?
あ、疑ってるってわけじゃないんだけど……」
一人の年若い少女が、おずおずと質問してくる。
以前、私の脱臭改革を話した際に噛みついてきた、ゴリーの娘。
名前はサリーだ。
サリーはゴリーの娘とは思えない、気弱な性格をしている。
ゴリーよりも奥さんに似ていて、将来が楽しみな美人さんだ。
コレ、というのは私がマダム達と初めて作った【縄綯い】で作った麦藁の縄で編んだ、麦藁帽子。
試作品としてバン爺に渡して、どんな物を作るか見てもらった。
「わかってますわ。
私が編んだとは思えない出来栄えですものね」
そう、オッサンな私が編んだとは、想像できないだろう。
バン爺に持たせた試作品麦藁帽子は、幾つかの編み方を取り入れ、ハイカラに仕上げている。
帽子の形も一般的な麦藁帽子の他、お嬢様風、カウボーイ風など、少し小洒落れた形にして、若者達の興味心を刺激できないか試みていたのだ。
「そ、そんな……」
「「うんうん」」
空気の読めるサリーと違い、他の少女二人は同意しましたわ。
それはそれで、ショックですわ。
「い、良いんですのよ。
素直なのは美徳ですわ。
それにしても、バルハ領内の若い女性達は、思った以上に編み物に興味を持って下さいましたのね」
というのも、バルハ領を含む近領では二本の棒を使って作る編み物が主流。
かぎ針編みの存在は、風の噂程度の存在感しかなかったし、そもそもかぎ針自体、知られていなかった。
「編み物は、お婆ちゃんから教わろうとしてたんだけど……」
「私はお母さん。
でも二本の棒で編む編み物って、ちょっと小難しくない?」
「わかる!
正直、興味はあるんだけど、とっかかり難くなかった?」
「嘘、あなたもそう?
やっぱりそうでしょ?
頼めばお婆ちゃんか、お母さんが編んでくれるけどさ……」
「あ、わかる!
いつも同じ編み方だし、家族皆、サイズ違いのお揃いみたいじゃない?」
「そうそう!
いい加減、あれよ……」
「「ダサい」」
なんという事!?
突然、女子二人が意気投合!?
最後は息ぴったりに、声が揃いましたわ!
二人共顔見知り程度で、まともに話すのは今日が初めてな感じではありませんでしたの!?
若い女子あるあると言うやつですの!?
コミュニケーション能力が、高すぎませんこと!?
ああ、サリーがおいてきぼりですわ!
ちょっと羨ましげに、同年代の少女二人を見つめて口を噤んでしまいましたわ!
「そ、そうですのね。
確かに初心者に棒編みは敬遠されがちですわね。
それに細々した物を作るには、かぎ針編みの方が初心者には簡単かもしれませんわね」
もちろん私は棒編みでも、かぎ針編みでもどちらも同じように作れますわ。
淑女時代には棒編みとかぎ針編みで、色々と作りましたもの。
「サリーも今回、私が先に試作していた麦藁縄で作った帽子を見て、手を上げてくれましたの?」
サリーをおいてきぼりにしないよう、声をかける。
「う、うん。
お母さんとお父さんに編んであげたいなって」
サリー、良い子!
ちょっと照れて赤らむ頬が、可愛らしさを誘いますわ!
「えー、お母さんは良いけど……」
「お父さんは嫌だな」
「わかる!
うざいし、時々、臭いんだよね」
「そうそう」
ふぐっ。
臭い発言は私にブーメラン効果を発揮するから止めて欲しいですわ!
って、どうして二人してこっちをチラ見しますの!?
まさか私、臭いんですの!?
一応、性別オッサンになったのを気にして、いつでも人の目が監視できる、広場の木陰を選びましたのよ!
もちろん臭い対策も兼ねてですけれども!
ここに来る前に、一度体も清めてありますわ!
「ンンッ、ゴホン」
空気を変えようと咳払いし、用意してあったおしぼりで顔と首筋を拭く。
俗に言う、嫌な汗とやらをかいた時というやつの、対策ですわ。
年頃の少女に臭いはご法度だと、バルハマダム三人衆の一人であるエリー婆から、きつく言い含められましたの。
おしぼりは、緑茶に浸してから絞っている。
膝を痛め、椅子の脚が壊れ、緑茶を頭から被ったあの日。
実はその後、お風呂に入った時に気づいたのだ。
ネチャタプだった私の頭皮は、幾分サッパリしていた。
洗髪しようとウォッシュナッツの泡を頭につけた時、泡の消失具合も普段と比べ、心なしか少なかったのだ。
以来、ここぞという時に使うおしぼりには、緑茶を染み込ませるようにした。
さっぱりしながらの、薄く香る緑茶の香り……うーん、リラーックス。
「ふうぅ〜。
それでは早速、始めますわ。
まずは三人に基本の編み方からレクチャーしますわ。
それを復習がてら、自分の村でも広めて下さいましね」
「「「はい」」」
少女達に息が向かわないよう、そっぽを向いて深呼吸。
からの気を取り直し、かぎ針を手にする。
素直に返事をした三人も、同じくかぎ針を手にした。
集めた有志の数が多かった為、今日はまず、その中から代表となる者を一人選んで集まってもらった。
マダム達に作ってもらった麦藁の縄。
【藁の糸】と名づけたソレを左手に持つと、少女達も同じように持った。
「藁の糸をこうやって輪にして、かぎ針のフック状の先端をこうやって輪に刺しこんで……」
俗に言う、鎖編みを幾つか作っていけば……。
「これが基本となる鎖編み。
皆さんお上手でしてよ。
ここからこんな風に……」
まずは帽子を作り、領民達にはこれから暑くなる季節に備えてもらいますわ。
けれど本当に作りたい代物は、これから教えていく。
既に試作品はできている。
もちろん脱臭改革を推進するという、当初の目的は変わりませんわ!




