20.縄
「四種の臭い対策……全領民達の臭いを嗅がせていただいて、どの種類かを分析……」
――ガン! ガン! ガン!
あれから数日して、膝の痛みが落ち着いた私。
手を動かしつつ、ブツブツと呟いていれば……。
「何、気色悪い事言ってんだい!」
――ガン! ガン! ガン!
私と同じく、手を動かすエリー婆。
心底引いてませんこと?
真面目に考えているだけなのに、酷いですわ。
「そりゃ駄目に決まってるよ、マルク坊」
――ガン! ガン! ガン!
これまた同じく、手を動かすリリ婆。
ナチュラルに止められましたわ。
けれど私、真剣ですのよ?
「あははは!
太った薄毛のオッサンに臭い嗅がれるとか、拷問だよ!
やろうもんなら、マルク坊は立派に変態領主になっちまうよ」
手を止めたミカ婆が、快活に毒を吐き捨てやがりましたわ。
笑い飛ばしてますけれど、しれっと吐いたその毒。
もういっそ、悪口ではありませんこと?
マダム達の言動に、ガーンとショックを受けた。
けれど、言い返せない。
「くっ、私、オッサンでしたわ!」
考える事へ没頭しすぎていた。
今の自分の外見が、頭から抜け落ちて……。
「「「いや、変態犯罪領主だね」」」
「そんなっ……変態……犯罪……領主……」
バルハマダム三人衆からの、容赦のない追い打ち!
乙女心にビシリとヒビが入りましてよ!
息ぴったりに、三人揃って【犯罪】を追加なさったの、ちゃんと気づきましてよ!
臭いへの純粋かつ、飽くなき探究心から出た言葉ですのに。
なんて酷い言われっぷり!
けれど今の私は、オッサン。
そうですわね。
そんな事をすれば、傍目に見ても立派な変態犯罪者。
領主という権力者的立場を考えれば、ヤバさが際立ちますわ。
世知辛いですわ。
「くっ、痩せてダンディーになってやりますわ!」
「いや、万が一にもダンディーになれんじゃろう。
どっちにしても、変態は変態じゃぞ」
――ガン! ガン! ガン!
今度はバン爺が手を動かしながら、止めに入る。
「そ、そんなっ……」
バン爺も容赦ありませんわ!
万が一の可能性すら見出してくれませんの!?
「「「「あきらめな(ろ)」」」」
――ガン! ガン! ガン!
――ガン! ガン! ガン!
――ガン! ガン! ガン!
――ガン! ガン! ガン!
四人共、声と手元がそろってますわ。
コレはコレで、ちょっと恐ろしい光景と音ですわ。
この音の正体は、私達が木台に大きさと長さを揃えた麦藁を置き、木の棒をガンガンと麦藁に打ちつけている音。
硬い麦藁を、柔らかくしている音だ。
バルハ領でお馴染みの麦藁は、別名ストローとも呼ばれている。
麦の茎は筒状になっていて、飲み物を吸う事もできる。
この麦藁でバルハ領の特産物を作りつつ、脱臭もできないかと思いつき、バルハマダム三人衆を集めて話し合っていたのだ。
そこにフラリとバン爺が現れて、事情を知ったバン爺の提案で、皆で一致団結して麦藁を叩き始めたのだった。
「「「「「そろそろ……」」」」」
今度は私も含め、この場にいる全員の声が被る。
手を止め、藁を一本取り、そっと裂く。
「できましたわ!」
「「「「私(儂)も」」」」
私の言葉に続いて、全員が頷く。
「それでは、次は麦藁を綯う……ええっと……」
一度聞いたものの、馴染みのない名前のせいかパッと出てこない。
「【縄ない】じゃ」
バン爺がすかさずフォローしてくれた。
「「「それは任せな!」」」
私は縄ないという作業が初めてで、当然やり方がわからない。
バン爺は、そもそも下手くそらしい。
なので、ここからは私とバン爺でマダム達の叩いた麦藁を縦に二回裂く。
マダム達は私とバン爺が縦に四分割した麦藁を使って、縄を綯う。
「ほら、マル坊。
良く見ときな」
リリ婆とミカ婆が自分達のペースで綯う中、エリー婆が私に解説しながら綯い始めた。
「縄を綯った時、太さが最初から最後まで均等になるように麦藁を選ぶんだよ」
エリー婆は、そう言いながら私とバン爺が裂いた麦藁を三本手に取り、真ん中で折る。
左右の麦藁を交差させると、手の平を擦り合わせながら縄状に綯い始めた。
「ほら、こうやって、こうやると縄になっていって……足りなくなったらこんな風に麦藁を継ぎ足して……」
エリー婆……どうして、どうやっていけば、縄になっていきますの?
全然わかりませんわ。
左右の麦藁束が回転し、交差して絡み合って……え?
どうして縄になるのかしら?
「……な、縄にするのは……おいおいに……」
「あはは、戦線離脱だね」
「「まったく……」」
ミカ婆の言う通り、戦線離脱ですわ。
けれど、いつか必ず習得してやりますわ。
だからエリー婆もリリ婆も、呆れた目を向けず、長い目で見て欲しいですわ。
なんてやり取りしている間にも、マダム達の手元から縄が生み出されていく。
――ガン! ガン! ガン!
――ガン! ガン! ガン!
その間にも、私とバン爺とで麦藁を叩いては裂く。
「「「ほら、できたよ」」」
「ありがとうございますわ!」
やがて、できたばかりの縄を受け取った私は、素直にお礼を口にする。
各々が手で裂いた麦藁は、不揃いだ。
けれどマダム達は編みながら縄の太さをある程度揃えてくれた。
長く編まれた三本の縄を並べて、見比べる。
「三本とも、太さが揃ってますわね!
コレで試作品を編めますわ!」
「でもマルク坊?」
「編み物なんてできたのかい?」
「不器用なのに……」
エリー婆、リリ婆、ミカ婆の順に、マダム達が戸惑いを顕にする。
けれどこれでも私は中身は淑女。
幼い頃から刺繍と編み物は習っていたのだ。
「もちろんですわ!
あと何本か縄を作って欲しいですわ!」
「「「任せな」」」
こうして各自分担作業をしながら、縄を量産していった。
作業後、バン爺とマダム達には、私お手製一番茶を振る舞うのも忘れなかった。




