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2.冤罪からの死刑

「身に覚えがありませんことよ!」


 邸へやって来て、私に詰め寄ってきた役人に、言い返す。


 新興伯爵令嬢から、新興女伯爵となって一年が過ぎた頃。

私は悲劇に見舞われた。


――バン!


 詰問官が私の座る粗末な机を叩いた。


 言い返した私が気に入らなかったのか、威嚇の為か。

もしくはその両方か。


 思わずビクッと体を震わせてしまったけれど、顔は上げて相手の目をしっかりと見据える。


「フローネ=アンカス女伯爵!

調べは上がっている!

禁止された奴隷売買!

それだけでなく、お前が密輸した薬草は劇薬!

それを使い、我がエストバン国の王族が暗殺されかけた!

これは王家への反逆行為だ!」


 詰問官からすれば、小娘の睨みなんて怖くないのでしょう。

あらぬ罪をこれでもかと、でっち上げてきた。


「ありえませんわ!」

「まだ言うか!

これら密売契約書全てに、そなた直筆の署名!

更にアンカス伯爵家の印章が押されているだろう!」

「何ですって!?」


 思わぬ反論に、突き出された書類を見る。

確かに私の署名と家門の印章。


「そんな……」


 誰がこんな事を、と言葉を続けようとするものの、思い当たって絶句した。


「ふん!

沙汰が決まるまで牢で待つが良い!」


 ボロボロと涙を溢し始めた私を見た詰問官は、肯定と取ったのでしょうね。


 もちろん私は、こんなだいそれた事などやっていない。


 けれど家門の印章まで押している。

これでは申し開きをしても無駄。


 とは言え黙ってしまったのは、状況的に無駄だと諦めてしまったのが理由ではない。


 家門の印章を押し、私の筆跡を真似できる人物は一人。

誰より信じていた幼馴染であり、私の恋人だった男だ。


 恋人から裏切られた事を確信し、言葉を失ってしまった。


 新興貴族と言えば、聞こえは良い。

けれど別名、成り上がり貴族。

ずっと成り上がり令嬢と、影で囁かれていた。


 曽祖父の代で爵位をお金で買い、父が代を継いで伯爵位まで賜った。


 けれどお金を使い、数代でのし上がった私達一族だ。

代々続く貴族達からは、常に敬遠されてきた。


 私は……社交会に馴染めずにいた。


 そんな私を支えてくれたのが、同じ新興貴族の三男だった幼馴染。


 ずっと励ましてくれ、私のお父様が病に倒れてからは、婿入りを前提に婚約した。

我がアンカス邸で共に過ごし、お父様の代わりに慣れない家業に振り回される私を支えてくれていた。


 父が亡くなってからは、私は事業の広告塔として主に社交の場へ出向き、彼が裏方に回っていた。


 そろそろ父の喪が開ける。

そうすれば婚姻に踏み切ろう。


 そう話し合っていたのに……。


 絶望に苛まれながら、連行された牢で過ごした一ヶ月。

その間、婚約者はもちろん、邸の者すら訪ねてこなかった。


 長年アンカス家に仕え、私の潔白を知っていただろう執事長や侍女頭。

邸の者は誰一人……。


 好かれていないとは、わかっていた。


 なかなか慣れない社交に疲弊し、キツく当たりがちだったから。

それでも信じたかった。


 私は時間の経過と共に、どんどんと打ちひしがれていった。


 ただ、こんな私の元へ、一人だけ牢を訪れてくれた令嬢がいた。


 彼女は子爵令嬢。

何度か話した事がある。


 とても快活で、誰にでも優しい令嬢。

パーティーで粗相して責められる給仕の者へ、救いの手を差し伸べる。

そんな正義感が強い一面もあった。


 我が国の王太子とも面識があるのか、時々パーティーで、二人で話しているのを目にした事もある。


 けれど私は、汚く寒い牢へ訪れてくれた令嬢を拒絶した。

面会を受け入れるわけには、いかなかった。


 私と関われば、きっと令嬢に良くない事が訪れる。

何より私の冤罪には彼女を取り巻く者達の、あらゆる思惑が働いている事に気づいたから。


 我に返ったのは、ギロチン台に立たされた時。


 血塗られた大きな刃を前に、恐怖が体を駆け巡る。

とにかく暴れた。


「 やめて!

私は無実ですわ!

誰か助けて下さいまし!

誰でも良い!」


 何度も叫んだ。


 その時、民衆に混じり、見知った顔を見つけた。

婚約者、執事長、侍女長。

皆が皆、冷たい瞳を私へと向けていた。


 私は、こんなにも嫌われていおりましたの?


 最後の最後に、更なる絶望が私を襲った。


 馬鹿な私。

ああ、人生をやり直せたら……。

 

「斬首刑を決行する!」

「嫌ぁぁぁ!」


 恐怖が口からほとばしる。


 何でもする!

どんな人生でも良い!

今度こそ、誰にも騙されない人生を送りたい!


――ガシャーン!


 私の人生は、こうして首を刈られて終わった。


 どれくらい経ったのか。

真っ白な空間で目を開けた。


「やあやあ、初めまして」


 挨拶をしたのは美麗な殿方。

地面に立ちこめる薄霧の中、寝転がったままの私を覗きこむ。


「随分、お綺麗なお顔ですのね。

どなたかしら?」


 神殿に画かれていた古代神のように、白い布を肩から掛ける男性。


 淑女の前なのに、露出度が高めではありませんこと?


 けれど恥ずかしさより、目の前で放たれる肉体美の方へ意識が持っていかれた。


「僕は君の世界を創生した神々の内の、一柱。

ある純粋な願いが聞こえたんだ。

声の主を天から探してみたら、ちょうど君が斬首される場を目にしてしまった。

もちろん君にも、顧みるべき点はあった。

けど裏切られ方には、哀れみを感じたよ。

それに君は最後まで、善行を貫いた」


 神などという荒唐無稽な話より、最後の言葉に胸が抉られ、ボロボロと涙が溢れる。


 嘲笑され、騙されて終わった私に、哀れみを向ける誰かがいた。

何より、誰にも告げなかった善行を見てくれた。


 それだけの事なのに、胸のつかえが和らいでいった。

ご覧いただき、ありがとうございます。

カクヨムに新作投稿していましたが、10万文字が見えてきたのでこちらにも。

よろしければブックマークやポイントを頂けると嬉しいです!

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