19.突然の事故、からの貰い事故!
「ああ、早く庭に植えたおハーブが育って、胃を浄化してやりたいですわ」
新たに購入した歯ブラシで、歯磨きもしている。
歯の間も、裂いた枝でシーシーと掃除している。
なのにお口の中が臭いんですもの。
きっと胃に原因があるに違いませんわ。
実は春前、この邸の庭先に、おハーブの苗を植えておいた。
早く植えたくとも、冬が明けるまで我慢する。
それがあんなに身悶える程、つらいだなんて。
そういえば前世で雇っていた老齢の庭師、ジョー。
お父様が健在だった頃から、アンカス邸で庭師をしていた。
よく花について教えてくれましたわ。
将来、社交の場へ出れるなら花の種類や、花言葉を知っておいて損はないと言って。
花の育て方まで伯爵令嬢の社交に必要だったかは、定かではありませんわ。
けれどマルクとなった今世では、役立ってますわね。
お父様が健在だった頃の、アンカス邸での優しい思い出の数々。
今では私の心の支えになっている。
「ふふふ」
思わず笑みが溢れて……。
けれど私が伯爵となった後に起きた出来事も、同時に思い出してしまう。
自分でも、わかりやすく表情を曇らせてしまいましたわ。
何故ならアンカス邸で共に暮らし始めた私の婚約者。
彼が、ジョーが何か粗相をしたとかで、解雇してしまっていたのだ。
それも私に、一言の相談もなく。
私がそれに気づいたのは、ジョーが解雇されてから数ヶ月後。
紫陽花の咲く季節が近づき、今年は何色の花を咲かせる事にしたのだろう。
ある日ふと、そう思った私。
ジョーに尋ねようとして、ようやく知ったのだ。
その後、探そうとしたものの、婚約者が「自分の判断を疑うのか」と怒り、探せず終いに。
「もっと庭に関心を持っていれば。
いいえ、邸で雇う使用人達を気にかけていれば……」
フローネ=アンカスの死を悼む人が、一人くらい、いたかもしれないのに……。
「はあぁぁぁ」
つい、声に出してため息を吐いて……。
「はぐっ、臭えですわ!」
もわり、と口臭を鼻奥に察知して、現実へと舞い戻る。
「いけませんわ!
ため息を吐いたら、幸せが逃げてしまいますわ!」
沈む気持ちを切り替えさせるなんて!
臭いのくせに、やりますわね!
「ローズマリーの新芽も、出てきていますわ!
パセリもバジルも、そろそろ収穫できそうなくらい、育ちましたし!
ええ、それもモリモリと……モリモリしすぎかもしれませんわね?」
フローネとしての記憶に残る、腕の良かったジョーが育てていたおハーブ。
そのおハーブより発育が早く、状態も良い気がしますわ?
『わかった!
オマケして、そっちでちょっぴり役立つギフトを授けてあげる。
植物なんかがほんのり早く成長するくらいだけど、これから置かれる環境を考えると便利だと思うよ。
じゃあ、良きセカンドライフを〜!』
なんて言っていた神様。
もしやコレがギフト効果なのかしら?
なんて思いながら、カップの中身が冷めかけている事に気づき、手に取る。
――スゾゾゾォー。
「臭えですけれど……臭いの中に………ふむ、爽やかな甘味を感じますわ。
さすがに半年も経つと、臭さに包まれた先。
奥にある本来の風味を、識別できるようになるんですのね」
――スゾゾゾォー。
何度か緑茶をすすりながら、領主として冷静に分析する。
「やはり緑茶は、苦いばかりではありませんわ。
この一番茶なら、きっと貴族の間でも流行る……けれど今、定着しているイメージが悪いから……売り文句は考えなければ……。
そう、苦いばかりのイメージを払拭して……飲みやすさだけでなく……何かプラスの言葉を……」
ふむむむむむ、と考えこむ。
すると、パッと閃いた!
「一番茶は美容と、更に貴族向けの高級茶!
二番茶は庶民に手を出しやすく、飲んで口臭予防!
三番茶は……」
実はこの冬、ダンから二年以上前に収穫していて、古くなっていた廃棄予定の三番茶をもらっていた。
もちろん飲むには古くて、風味を損なっている。
遠慮なく冬の間、茶葉を麻袋に入れ、入浴剤として毎日使ったのだ。
「飲みたければ飲め!
なれど入浴剤として使って体臭予防!
そう、これでいきますわ!
売ってやりますわ!」
カバッと立ち上がる。
すると……。
「イタ!」
ズキンと膝に鋭痛が。
「痛いですわ!
やっぱりお腹をどうにかしないと、膝にきますわ!
加齢は臭いだけでなく、膝も殺りやがる、やべえやつですわ!」
痛みで立っていられず、ドスンと椅子に勢いよく座った。
――バキ!
「へ?」
突然の破壊音!?
椅子の脚が折れた!?
――ゴッ!
「ングァ!」
からの、床へ投げ出されて体を強打!
からの浮いた足が、意図せずテーブルを蹴り上げてしまう。
――ガシャガシャーン!
「ヒィッ、アッチィですわぁぁぁ!」
更にヤカンとティーポットのお湯が、頭の上から降ってくる。
「熱いですわ!
突然の事故、からの貰い事故!
もちろん犯人は自分ですけれど、酷いですわ!
ついてませんわ!
あー!
ティーポットが割れてしまったではありませんの!
お気に入りでしたのに!
なんて事ですのぉぉぉ!」
唯一の救いはナーシャから教わった、美味しい緑茶の淹れ方を実践していた事。
紅茶のように熱いお湯を使わず、ヤカンのお湯を少し冷ましていたから、火傷まではしていない……多分。
ティーポットに入れていた茶殻で、頭が茶葉まみれになる。
「ぐすっ……こんな事……ありえますの?
世知辛いですわ……」
結局この日は、終始メソメソ。
足を引きずって、お風呂に入って、膝をよく揉んで寝た。
「ぐすっ、ぐすっ、痩せてやりますわ……転生の神がいるなら、ダイエットの神が今、私に降りてきたに違いありませんわ……ぐすっ」
決意も新たに眠りについた。




