16.女性が好む装い〜ファビアside
今回は少し短めです。
「ゴホン、ゴホン。
国外産が輸入された時は、使い方が洗濯一択しか知られてなかった。
そのせいで使う人間も、ごく限られた下女に絞られてた。
つまり機会損失をしていたって事か?」
わざとらしく咳払いしたヘリオスが、考察を口にする。
ヘリオスは騎士。
商売に携わる事のない職業なのに、なかなか的を得ている。
「それだけじゃない。
貴族の邸分だけならともかく、下女の給金では個人的に仕入れるには高かったんだ。
まあ数に限りもあったし、商人なら売れるようになれば値を釣り上げる。
だから我が国ではそこまで普及せず、次第に使われる機会も減っていた。
コニー男爵は、その機会損失が起こらないよう、真っ先に改善してきてるんだよ」
「それをあの男爵がね?
実はやり手の顧問とか付けたか……あ!
ファビアが助言したとか!」
ヘリオスの言葉に思わずキョトンとして、次いで、ふふ、と笑う。
「私は何もしていないよ。
全てコニー男爵の手腕。
それにウォッシュナッツ単体で売るより、洗浄液を売る方が販売する側としては効率的だ。
ちなみにウォッシュナッツは麻袋に入れて、洗濯物と一緒に揉み洗いするだけで泡が出て、洗浄力もあるらしい。
何度か使う事は可能だ」
「そうか、まだウォッシュナッツの数も揃わないから……」
「そう。
バルハマダム達は宣伝だけでなく、数の少ない実を効率良く使う方法を普及させた。
希少価値を保ちつつ、客には手に取りやすい価格だと思わせる事に成功した。
それにウォッシュナッツは洗髪にも使えるんだって」
「何だそれ。
万能な実だけど、その話だけは怪し……」
「でも実の乾燥が進むと、臭いが乾物特有の臭いになるらしいよ」
ヘリオスの言葉をわざと遮る。
「ぶふっ……ここで臭いかよ。
バルハ領主らしいっちゃ、らしいな」
ヘリオスは思った通り少し吹き出してから、笑いを堪えて神妙に頷いた。
コニー男爵をバルハ領へ送り届けたヘリオスも、まだあの激臭を覚えているんだろう。
「洗い上がりは石鹸とは比べ物にならない、柔らかな仕上がりになるんだって」
「けど臭いが乾物だろ……ぶふっ……嫌だろ」
「ま、洗髪用としてはまだ売れないだろうね。
でも……私が減税について教えてから、僅か数ヶ月で動き、半年で国から減税の許可を下ろした」
何がコニー男爵を変えたのかと、少し思案する。
「偶然じゃないか?
とてもじゃないが、切れ者には見えなかったぞ」
「偶然が重なった可能性は否定できないね。
けれどバルハ領主の経営手腕が優れている可能性も、捨てきれない。
私としては、後者だと嬉しいよ」
「はあ?
何でだよ。
第一、ウォッシュナッツは木の実だろう?
植樹でもして収穫量を一気に増やせれば、領収も激増するかもしれない。
でも木だからな。
そんなすぐに実をつけるとは思えない増えない」
「そうだね。
大抵の木は、実が取れるようになるまで育つのに数年はかかる。
長い品種だと五年以上、実をつけない。
とはいえ領地経営は、長期視点でも見なければならない。
バルハ領主として、コニー男爵が今後どうなっていくのか楽しみだ」
そう言った途端、ヘリオスが顔を顰めた。
「随分と肩入れしてないか?
そう言えば最近、遊んでた女達と手を切ってるみたいだよな。
ちょうどバルハ領主を勘違いからとはいえ、助けた半年前からだ。
何か関係してんのか?」
「偶然だよ」
ヘリオスの言う通りだと思いつつ、口では違うと言っておく。
ヘリオスは昔から私に対して過保護だ。
それはそれで仕方ない。
私はある日を境に、女性に好まれるような言葉使いや装いをするようになった。
誘われれば手を繋いで、口づけるくらいはする。
もちろん身持ちは硬い。
私の体には、ある秘密がある。
信用できない人間と、それ以上の関係へ進んだ事は1度もない。
両親は早くに亡くなっているし、私を咎めるのはヘリオスくらいだ。
こんな私になってしまったのも、夢で赤髪の女性を見るようになってから。
あの緑の瞳に見つめられる度、何とも形容し難い複雑が感情が胸を締めつける。
恋情、慕情、敬愛。
そして暴れだしそうになる喪失感と後悔。
けれど真冬の冷たい川から引き上げたコニー男爵が、『エンヤ嬢』と呟くのを聞いた日。
あの日から、夢の女性を現実に探してしまうような衝動が収まった。
気づいたのは、暫くしてからだったけれど。




