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1.もっと他にマシな体は……

「おら!

さっさと出てけ!」

「きゃあ!

何をなさいますの!?」


 酷いですわ!

淑女を足蹴(あしげ)にするなんて!

男の風上にもおけ……。


「うっせえ()()()()だな!

女みてえな言葉使いしてんじゃねえよ!

気持ち悪い!」


 私を足蹴にした男の言葉に、ハッとする。


 そうでしたわ!

今の私はオッサン!

それも……。


「酒に酔い潰れて身ぐるみ剥がされて、凍死寸前で泣きついてきたから仕方なく留置所に入れてやったんだ!

二度と来んな!」


 昨夜は、氷のような地面で目を覚まし、だらしない格好に気づいて、淑女の私は絶叫した。


 だってダボンダボンのおパンツ!

そしてお腹周りだけピチピチの、くたびれたシャツ!


 淑女としてあるまじき姿ですわ!


 更に季節は初冬。

夜は冷えに冷える。


 鼻水をズビズビ鳴らして、タイミング良く通りがかった警邏(けいら)に助けを求めた。


 そうして案内されたのは留置所。


 粗野な男達とすれ違う度、散々「くっせえ」「くっせえ」と言われて乙女心はズタボロに。


 鉄格子で仕切られた独房は、いつでも出ていけと言われ、鍵を開けたままにされた。


 独房奥に丸まっていた、カビ臭そうな汚い布。

あまりの寒さに仕方なく、その布に包まって夜を過ごした。


 幸いだったのは鼻水が凍ったり溶けたりして、今も現在進行形で鼻を塞いでいる事だ。


「せ、せめて何か着る物を……」

「あーもう!

失せろオッサン!

二度とこの辺りで死にかけんなよ!

迷惑だ!」


 ガシャンと門が閉まる。


 今の装備は、カビ臭い布が一枚増えただけ……。


「せ、世知辛いですわー!」


 叫んだ途端、ビュウッと寒風が吹く。


「寒いですわ……た、確かに感謝すべきですわね……」


 世知辛くも、結局は風をしのぎながら一晩明かせたのだから。


 淑女だった時の最期を思い出す。


 もっと悲惨で、過酷でしたわね。

罵倒され、悪意だけをぶつけられましたもの。


「そうですわ。

オッサンなのはともかく、生まれ変わったのだもの。

まずは生存しなければ……」


 幸い、この体には元の持ち主が暮らしてきた、45年分の記憶がある。


 きっとなんとかなりますわ。


 ガタガタ震え、ズビズビと鼻をすすりつつ、トボトボと歩く。


 目的地は、記憶にある広場。

少しでも風をしのいで陽に当たらないと凍え死ぬ。


 そうして辿り着いた広場。

中央にあるシンボルツリーの脇に座って膝を抱え、とにかく陽を浴びて体温を上げる。


 暫くすると、ほんのり体が温まってきた。

気持ちにも余裕ができて、初めて周囲を見回してみる。


 その時ふと、木陰の下に落ちていたある物に目が止まった。


「あら?」


 もしやと期待に胸を膨らませ、お腹をポヨンポヨンさせながら小走り。


「やっぱり記憶にある外套ですわ!

まあ!

上着とズボン、それに靴もありましたわ!」


 広げてみれば、記憶にあった場所がほつれている。

中まで黒ずんだグデグデの革靴も、記憶の通り。


「どなたかが拾い置いて下さいましたのね!

木に掛けて下さっていたのかしら?」


 感激に胸を熱くさせていると、ビュウッと冷たい風。


 知らず、体がブルリと震えた。


「この風ですものね!

落ちても仕方なくってよ!」


 今まで風こら僅かばかり守ってくれていた、この薄汚れた布切れ。

服を着れば不要となる。


――ズビヴバァー!


 なので容赦なく、思いきり鼻をかんだ。


「この鼻は、どれだけ鼻水を貯留しておりますの」


――ズビヴバァー!

――ズビヴバァー!


 一度で終わらず、二度、三度と鼻をかむ。

その度、淑女らしからぬ音がするも、無視。


 鼻をスッキリさせて清々しい気持ちで、いそいそと服を着て、外套も羽織り……。


「な、何の臭いですの?」


 その時、どこからともなく香ってくるのは刺激臭。


「不快ですわね……臭いの元はすぐ近くにあれど、姿が見えませんわ」


 辺りをキョロキョロと見回す。


 すると自分の動きで、ごく僅かな風が周りに発生。

その風が鼻腔を、更に刺激してくる。


 昔、どこかで嗅いだ事があるような?

どこで……何の臭いだったかしら?

嫌だ、どんどん酷く……。


「くっせーですわぁぁぁ!」


 あまりの臭さに叫んで脱力。

膝がガクリと崩れ、地面に両手を突いた。


 その拍子に、まだ履いていなかった靴に顔が近づき……。


「酸っぱ発酵くっせーですわぁぁぁ!」


 発酵した何かと酢が合わさったような強烈な激臭に鼻奥を攻撃され、思わず転がって悶絶。


 そのせいで、これまで私を攻撃していた酸っぱくはない方の激臭が、モワリと私を包みこむ。


「外套も服もズボンも、全っ部臭いですわ!

思い出しましたわ!

これはお祖父様やお父様が生前に発していた、懐かしくっせえ臭いでしてよ!」


 という事は……まさか……この刺激臭……この体の……。


 クンクンと体を嗅ぐ。


「加齢臭ではありませんの!

嫌ぁぁぁ!」


 反射的に、外套を脱ぎ捨てそうになる。


 けれど捨てれば凍死してしまいますわ!

そうですわ!

せめて昨夜、私を守っていた布を……。


「嘘ですわ!

鼻水まみれではありませんの!

ひいぃ!

黄緑色のネチャネチャ!?

もう使えませんわ!」


 無惨な姿となった布に絶望し、靴から鼻を背けて地面に突っ伏した。


「ああ、神様。

せっかく私の声を聞き、生まれ変わらせていただいたのに、大変申し訳ありませんが…………もっと……」


 涙がボタボタと地面に落ちる。


「もっと他にマシな体は、ありませんでしたのー!!」


 過酷な前世の運命!

救いを与えたと見せかけて、かーらーのー!

絶望へと突き落としてくれやがりました神様!

酷いですわぁぁぁ!

ご覧いただき、ありがとうございます。

カクヨムに新作投稿していましたが、10万文字が見えてきたのでこちらにも。

よろしければブックマークやポイントを頂けると嬉しいです!

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