ご主人様、これよろ〜
「賢者様、お疲れ様です!」
「お疲れ様です」
町の入り口を守る兵士が僕の姿を見て頭を下げる。
申し訳ない事に、僕はこの町では賢者と呼ばれて慕われており、本来はチェックの入る通行も顔パスで通ることが可能であった。
街道では腕を取って歩いていた雲母だが、街に近づくと僕から少し距離を取り、その後ろを歩き、その口はピシャリと閉じられていた。
そのまま町の外れに行くと、この寂れ気味な町の中には珍しい大きな屋敷がある……ここが、僕のこの世界での住居であった。
元々はこの町で錬金術師をやっていた人が住んでいたそうだが、その人が老衰で無くなってから暫く放置されており、新たにやってきた錬金術師の資格を持つ僕に工房兼住居として与えられたのであった。
無駄な会話もせずに雲母が屋敷の鍵を開けて扉を開く。
それに応えるように中に入ると、雲母も続いて中に入って扉に鍵をかけた。
「ありがとう……それじゃ、腕を出して」
「はい、ご主人様」
感情の抜け落ちたような表情で左手を差し出す雲母。
その腕には呪文のような模様が入った銀の腕輪が嵌められていた。
僕は何の問題もない事を確認してから、腕輪を外した。
その瞬間であった……
「あ〜やっと解放された。
おい、ご主人。
サッサと風呂を沸かせよ」
さっきまでの姿とは真逆に、ソファーに寝転がりながら僕に命令を下す雲母……東雲さんの姿があった。
「あ、うん、すぐに沸かしてくるね」
「あんたみたいなのが雲母様の役に立てるんだから、感謝しながら入れるんだぞ」
僕は言われるままにお風呂の準備をする。
準備ができたと知らせると、東雲さんはその場でポイポイと服を脱ぎ出したので慌てて目を逸らした。
「おいおい、奴隷が裸になったくらいで照れんなよ。
何ならご主人様も一緒に入るか?」
「え、あ、僕は後から入るから大丈夫!」
「ばーか、冗談だよ。
私が風呂に入っている間に飯の準備もしとけよ!」
僕に命令をしてお風呂場へと向かっていった東雲さん。
そう……外では東雲さんは僕の奴隷という立場だが、家に戻るとこの世界に来る前の僕達の姿。
カーストスクールで最上位だった東雲さんと、下位だった僕の関係に戻る。
この異世界に飛ばされてからはこの逆転生活を繰り返すのが僕らの日常となっていたのだ。