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箕蘭黛家の日常

作者: 愉快

家族のルール……というわけでもないが、我が家では決まって、その日届いた新聞や、買った本から貰ったチラシに至るまでリビングのテーブルに重ねて置いておく。

その日一日、置いた本人は部屋に持ち込まず、家族が自由に手に取っていい。

翌日の朝になると、家を出る前に各々部屋に持ち帰ったり処分する。

私、箕蘭黛(みらまゆ) 滾夏(ともか)がこの家に生まれた時から崩れない習慣だ。


父が置くものは、主に新聞やチラシ、街で配っているティッシュの裏の紙等、とにかく情報である。

母が置くものは、週刊誌や図書館で借りてきた小説など。時折気に入って購入したのか、図書館で以前借りた本の新品が置かれている事もある。

私が置くものは……漫画雑誌や漫画単行本、絵の技法書等だ。


私は漫画家を目指している。


別に隠してもいないが、あえて口にも出していない。恐らく買っている本の傾向で家族も察しているだろうと思う。

我が家の習慣は、今、家族が向けている関心の共有になっている。


私と母は、お互いに置いた本を読み合って感想を話す事がある。

晩御飯の時、私は昨日母が置いていた『かがみの孤城』についての話題を振った。


「そういえば、かがみの孤城、ちょっとだけ読んだよ」

「そう!あれね、映画観て本も読んでみようと思って!」

「読み終わったら貸してよ、続き読みたい」


父が私たちの会話に入ってくる事はない。

そもそも本に興味がないのか、常に不機嫌な人なのかは未だにわからない。

元々父は寡黙だという事はわかっている。私に物心がついた頃からこの調子で、晩御飯の時だけでなく、普段から特に会話を交わすことはないし、それで家族が険悪な雰囲気になるという事もない。

父は最低限の会話しかしない人物なのだ。


「ご馳走様」


会話を楽しみながら食事をしていた私たちよりも早く晩御飯を食べ終えた父は、自分の食器を食洗機に入れるとすぐに自室に戻ってしまった。


「お父さんとお母さんって、私が生まれる前はもう少し話してた?」


ふと、母に尋ねてみた。


「なに?いきなり」

「ほら、私もあんまり話さないし、お母さんが話してるところもそんなに見ないし」

「そんな事ないわよ、話してると思うけど?ゴミ出しといて、とか、お風呂抜いておいて、とか」

「いや、なんか、私とお母さんが話すような、本の話とか」

「お父さん、本なんて読まないし、映画も観ないしねえ」

「……そっかぁ」


少し気になっただけだ。

私も私で、普段から父との会話が少ない事を気にするような人間ではないし、これから先もずっとこのままだろうと思っている。

父の事は別に嫌いじゃないし、父が私を嫌っているという事もないだろうし、このままでいいのだ。

……多分。



翌日の放課後、生徒会室で同じ生徒会メンバーの暦洲舞(こよみすまい) 玲冬(れいと)にその話題を振ってみた。


「暦洲舞はお父さんとよく話す?」

「何、突然……」

「私、あんまりお父さんと話さないんだよね」

「だいたいそうじゃない?」

「そうかな?」

「そりゃあだって、ウチら女子高生だし。お父さんと仲良い女子高生ってちょっとキモいでしょ」

「そう?」

「例えば、休日にわたしがお父さんの隣を仲良く歩いてたら……どっからどうみてもパパ活に見えるじゃん」


暦洲舞の髪型はツーサイドアップで、学校外での服装はサブカル系。所謂量産型っぽい女の子だ。

確かにそんな彼女がお父さんの隣を歩いていたら、そのように連想されてしまうかもしれない。

暦洲舞のような見た目でなくとも、今はそんな時代なのかもと納得した。


「……世知辛いねぇ」

「女子高生ってのはそういう生き物になってしまったんですよ、箕蘭黛先生。ところで……」


書類の確認をしていた暦洲舞の視線が私に向く。


「今日、生徒会の仕事に来ているのはあたしとアンタだけでしょ?」

「……そうですけど」

「他の二人がお休みを貰っている中、どうしてわたしとアンタがこうやって書類確認で居残りしているのか、わかる?」

「……はい。私が漫画の執筆を理由に生徒会の仕事を後回しにしていたからです……」


……実はここ三週間、私は雑誌投稿用の漫画を執筆する為に与えられた仕事を後回しにしていた。

あちらを進めれば、こちらが滞る……おまけに後回しにした分、仕事は溜まる。

流石に一人で生徒会の仕事を捌ききれないので、暦洲舞に助けを乞うたのだ。


「よろしい。口より先に手を動かしましょうね、箕蘭黛先生?」

「……はい、駅前のチーズケーキでいかがでしょうか……」

「うむ」


流石に三週間溜めた仕事を片付けるには時間を要した。暦洲舞からは駅前で売っている人気なチーズケーキの他、夕御飯としてラーメンを奢る事で手を打った。

暦洲舞からは、学校の最寄駅ではないが通学経路の途中駅で降車して数分歩いたところにある、石軒というラーメン屋を所望された。


「ここ、入ってみたかったんだよね」

「すげ、ラーメンの中に角煮が五枚も入ってるし……高え」

「人の奢りじゃなきゃこないでしょ、こういうところ」


暦洲舞はラーメンの方がチーズケーキよりも嬉しそうな様子だった。

これならチーズケーキは無しにした方が財布には優しかったような気がする。

券売機で購入した食券を店員に渡すと、奥の二人テーブルに案内された。

席に着くなり、暦洲舞が私に問いかける。


「……で、漫画はできた?」

「え、どうして?」

「いや、気になるでしょ。仕事を三週間もサボって描いた漫画がどうなったのか」

「……仕上げてないページが残り二ページあるけど、読めるくらいのものにはなったと思う」


私は鞄から漫画原稿を入れた封筒を取り出し、暦洲舞に手渡した。


「これが箕蘭黛の漫画……読んでいい?」

「いいけど、ラーメン来るまでね。原稿汚したくないし」


一旦、生徒会の仕事に関しては事なきを得たものの、私の前には一番大きな課題が残っている。

完成していない漫画のラスト二ページ、暦洲舞には仕上げがまだと説明したが、本当は展開に悩んでいて進められていない。

今回私が描いているのは、二十四ページの学園SFバトル漫画だ。

本当は投稿するなら少女漫画からと思ったが雑誌に投稿するのは初めてだったので、一番自信のあるジャンルで挑戦してみる事にした。

物語は至ってシンプルなエンタメだ、学生だった主人公が宇宙の勇者に選ばれて、突如現れクラスメイトのヒロインを連れ去った宇宙海賊からヒロインを助け出す為に奮闘する話。

主人公を学生という設定にしたのは、私がまだ大人についてイメージができず気持ちが乗せられなかったからだ。

作家(というほど大層なものでもないが!)としての自分の引き出しの少なさを反省しつつも、誰かも「初めは自分の話を描け」というような事を言っていた気がするので、それを信じて描き進めている。

気付くと、暦洲舞が原稿を読み終え、封筒をこちらに手渡してきた。


「……読んだ?」

「うん。普通に面白いんじゃない?」

「普通にって……どういう普通?」

「……そんな事言われても、わたし普段からそんなに考えながら漫画読んでないし!」

「そっか」

「あー、でも、一つ気になったのが……」


暦洲舞が漫画への指摘を言いかけた時、ちょうど注文していたラーメンを店員が届けにきた。


「角煮ラーメンです!」

「あ、それわたし。ありがとうございますー」


暦洲舞の前に角煮ラーメンがどんと置かれたので、私はすぐさま原稿を鞄に入れた。


「煮卵醤油ラーメンです!」

「はい!私です!」


店員はラーメンをテーブルに置くと、そそくさと厨房の奥へと去っていった。

よく見ると店内は混み始めており、他の店員も慌ただしくしているようだった。


「早めに食べよう。伸びちゃうし、混んできたし」


周囲を見て暦洲舞がそう言った。


「うん」


暦洲舞がさっき言いかけた指摘が気になるが、私も空気を読んでまずは食事を済ませる事を優先した。

忙しなく食事を済ませてしまったものの、お店のラーメンは美味しかった。

今日の混み具合は何だろうと思ったが、よくよく考えてみると明日は土曜日だ。

金曜日の夕方はどうしても混むよな……と思いつつ、私自身このお店の味は気に入ったので、また今度他の生徒会メンバーを誘ってきてもいいかもしれないと思った。


──さて、食事を終え、店を出た私は、ようやく暦洲舞に漫画の指摘を聞いた。


「さっき言おうとしてた事、何だった?」

「え?わたし何か言おうとしたっけ」

「ほら!私の漫画読んで気になったって!」

「あー……」


駅に向かって歩きながら、暦洲舞に思い出させる。

今日のうちに聞いておかないと、土曜日曜を挟むと忘れてしまうかもしれないし、覚えていたとしても月曜日までモヤつく羽目になる。


「えっと……確か、ラストのところだったかな……」

「……やっぱり」


前述の通り、ラストの展開には悩んでいる。

やはりピンと来ないで書いたものは読み手にも伝わってしまうものなのだなと思った。


「やっぱりって事は、悩み中?」

「……うん」

「なんか、別に必要のない設定だと思う。敵が主人公の父親だった……ってところ」


物語の終盤、宿敵が実は主人公の父親であると判明するシーンを入れていた。

どうして入れたのかは私自身にもよくわからない。スターウォーズの影響かもしれないが、描いているうちに自ずとキャラクターがそう言い出したので入れた要素だ。

キャラクターがそのように動くので素直に従って描いたものの、私自身もあまり納得がいっていなかった。


「クラスメイトの女の子が宇宙海賊に拐われて助けに行くじゃない?」

「うん」

「だから女の子を助けてイイ感じになるところが大事だと思うんだけど」

「敵が父親だっていうのが余計?」

「うん。わたしはノイズに感じたな。別にこのお話って親子がテーマじゃないでしょ」

「……そうだね」

「箕蘭黛自身がしっくりきてないみたいだし、変えていいんじゃない?多分これを読んだ人……というか、わたしからすると主人公の男の子とクラスメイトの女の子の恋愛ぽい部分の方が読みたいと思う」

「なるほどね……」


普段そんなに考えて漫画を読んでいないという割に、暦洲舞の分析はありがたい内容だった。

とはいえキャラクター自らの主張に従って入れた要素だ。変えてしまうのは簡単だが、何か残す手を考えたいとも思う。


「あと……」

「あと?」

「父親が同級生の女の子拐うの、めっちゃキモいかな……」

「……パパ活みたい?」

「パパ活っていうか、ロリコンだよ」

「……世知辛いねぇ」



土曜日になった。

原稿は来週には出版社に送りたい。展開は今日明日中には固めてネームを確定させないと、流石に三週間溜めた生徒会の仕事を手伝って貰ったばかりだ、月曜日からの生徒会をサボるのは他のメンバーから怒りを買うし、また手伝って貰ってラーメンを奢るのは財布へのダメージが大きすぎる……好きな漫画がもうすぐ発売するし、お小遣いは節約したい。

とりあえず起きてから原稿に向かってみたものの、どうしても設定を変える気にもなれず、それでいて展開も思いつかないので……一度朝の空腹を満たしてスッキリしようと自室からダイニングルームへ向かった。


「おはよう」


キッチンを通りがかると、母が朝食の支度をしていた。フライパンでぐちゃぐちゃに混ぜた卵にケチャップとマヨネーズをかけ、焼いたパンに挟んでいる。


「おはよう滾夏!今日はスクランブルエッグサンドから一日を始めます!」

「ありがとう」

「そうだ、お父さん起こしてきて貰える?」

「あれ?今日お父さんいるの?」


……普段、父は土曜日も仕事をしている。

学校がある日でも、父は私が起きるよりも早くに仕事に出るので、朝に顔を合わせる事はない。


「有休消化だって。滾夏この間なんか気にかけてたみたいだし、ちょっと話してきたら?」


気にかけているつもりもなかったが、母にそう言われれば断りようもない。

私が父を起こすなんて初めてではないだろうか。流石に日曜日は父の仕事も休みだが、私が昼過ぎまで爆睡している事が多いし。


「わかった、朝ご飯食べるよって言ってくるね」


母にそう伝えると、私は父の部屋に向かった。

ノックをしてドアを開ける。父はまだ布団で眠っているようだ。

思い返せば、父の部屋に入るのは何年ぶりだろうか、少なくとも高校生になってからは初めて入った。

父の部屋は、PCが置かれた机に間接照明とタンスが置かれているくらいの殺風景な部屋だ。覚えている限りの一番古い記憶と今現在とで特に変化はなかった。


「お父さんおはよう。ご飯食べるから降りてきてって、お母さんが」


私が声をかけると父はスッと目を開き、身体を起こした。


「……あぁ、滾夏か。珍しいな、滾夏に起こされるなんて」

「お父さんの部屋に入るの、本当に久しぶりかも。私が最後にこの部屋に入ったの、いつか覚えてる?」

「うーん、五歳とかそれくらいだったんじゃないか」

「そんなに前だっけ?」


父がベッドから立ち上がったので、私は部屋のカーテンを全開にした。


「お父さんって、趣味とかないの?この部屋何もなさすぎ!」

「あー、家に居る事少ないからなぁ」

「……確かにそっか、普段は休みって日曜だけだもんね」

「時々有休消化あるけど、平日に取るから滾夏は学校行ってるし」

「あれ?私が学校行ってる時、休みで家に居る日あったの?」

「あるよ、先々週の水曜日も家に居たけど」

「えぇ、私それ知らないわ、言ってよ!」


思わずツッコんでしまった。


「そうか、言ってなかったか」


父はぐーんと身体を伸ばして、腰を軽く左右に捻るストレッチをしながら小さく笑った。

もしかして、寡黙な父は父なりにコミュニケーションを取っているつもりだったのだろうか。


「休みの日、何してるの?」

「ん?いつもと変わらんよ」

「殺風景な部屋でぼーっと?」

「いや、いつも車乗ったりしてるだろ」

「いや、それも知らんのよ」

「え。……そうか、言ってなかったか」


どうもそうらしい。

父は、私や母と殆ど会話していないのに自分の事が家族に理解されていると思っているようだ。


「……まぁ、いいや。せっかく今日休みなら話そう?スクランブルエッグサンド、焼きたてだよ」

「わかった」


父とダイニングルームに向かうと、母は既にスクランブルエッグサンドの乗った皿と、家族それぞれのマグカップを並べていた。


「おはよう!はい、お父さんはコーヒー」

「おはよう、ありがとう」

「滾夏は牛乳でよかった?」

「大丈夫だよ」


家族三人で席に着くと、何だか違和感を感じた。

朝から家族で食卓を囲んでいるのは初めてだ。それに、母以外パジャマのままなのがなんだか可笑しかった。


「滾夏、なんで今日そんな嬉しそうなんだ?」

「えー、お父さん知らない?滾夏はいつもこんな感じよ?」

「……そうか」


母がちらっと私に目を向けてウインクした。何かよくわからない勘違いをされているようだったが、私も私でそこまで気にするような人間ではないので、ウインクし返しておいた。


「いただきまーす」

「いただきます」

「はい、どうぞ召し上がれ」


焼きたてのスクランブルエッグサンドは、食パンがサクサクに焼けていてスクランブルエッグはとろとろで、今までで一番美味しい気がした。


「ねえ、お父さんもかがみの孤城読んでみたら?」


私は父に提案してみた。

父は飲もうとしていたコーヒーのマグカップを置いて私を見た。


「それはなんだ、小説?」

「うん、そう。お母さん読んだ後、私じゃなくてお父さんが読みなよ」

「どうしてまた、急に」

「んー、なんか、お父さんと会話が無さすぎるから」


父は頬をかきながら言いにくそうに言った。


「俺、活字読むの苦手なんだよな」


すると母が


「なら、滾夏の漫画は?漫画なら読めるんじゃない?」


と嬉しそうに言った。


「えっ、私の漫画!?」


私の描いている漫画は、まだ家族に見せた事がない。

友達に見せる事だって滅多にない。この間暦洲舞に見せたのが高校では初めてだ。

母の提案には驚いたし、少し気恥ずかしさも感じたが、別に嫌ではなかった。


「まぁ、別にいいよ。後で持ってこよっか」

「漫画って、のらくろみたいな?」

「流石にもうちょっと新しいよ!」


父は、無知でもあった。



朝食を終えて、みんなで食器を片付けた後、私は部屋に父と母を入れた。


「なんか、二人が部屋に入るのも久々じゃない?」

「お母さんは掃除で入るけど……お父さんはないかもね」

「そうだな……」


父はじろじろと私の部屋を見回している。特に、本棚が気になるようだった。


「ちょっとー、年頃の娘の部屋、ジロジロ見ないでよ」

「ああ、悪い。随分本も増えたと思って」

「もう入り切らないんだよね、溢れた本はベッドの下」


私の部屋の本棚は、小さい頃に父が組み立ててくれたものだった。

おそらく父は、参考書だったり教科書だったり、そういった本を入れる為に組み立ててくれたのだろうが、それが数年後には漫画本でいっぱいになるとは思っていなかっただろう。

私は鞄から封筒を出すと、父に手渡した。


「はい、私の漫画」

「……?」

「中に入ってるから、読んでみて」

「あれ、漫画って……?」


母が首を傾げる。

父と母の表情を見ると、二人ともキョトンとしている様子だった。


「あれ?私の漫画読むんじゃ……ないの?」

「え?滾夏、漫画描いてるの!」


母が驚く。


「ええっ、知らなかったの!?」

「これ、滾夏が描いたのか……!?」


封筒から出した原稿を見て、父も驚く。


「違うわよ滾夏、お母さんが言いたかったのはあなたが買ってる漫画の話!」

「えっ、そういう事!?」

「え、この絵、滾夏が描いたのか、本当に?これはどうやって読むんだ?」

「それは右上から左下に……っていうか、私が漫画家目指してるって、二人とも知ってると思ってた」

「何それ〜!?お母さん初耳だわ」

「……俺も初めて聞いたな」


両親ともに、私の事を全然知らなかったとは驚いた。

てっきり、普段買っている本の傾向から既に知られていると思い込んでいた。


「滾夏、あなた絵、随分上手いのね」


父が読み進める私の漫画を覗き込みながら母が褒める。


「ああ、本当に」

「うん、こことかすっごい上手よね」

「……なんか恥ずかしいなぁ、静かに読んでもらっていい!?」


私がそう言うと、その後二人は黙々と原稿を読み進めていた。それはそれでなんだか気まずいので少し後悔した。


「あっ」

「「……?」」


……そういえば、この漫画の最後は宿敵が父とわかるという物語だった。

母ならまだいいが、きっとスターウォーズも刃牙も仮面ライダードライブも知らない父が読むと、嫌な気分になってしまうかもしれない。


「あ、あの、えっと、この漫画実はまだ描いてる途中で、最後の二枚はまだ下書きっていうかそういう状態で……」

「……そうなのか」

「だから、展開とかまだ全然変えるし、これで決まりじゃないっていうか、私も悩んでるところで……」

「ほう、どれどれ……」


父がそのページに至る前に止めたかったが、読み進める手は止まらず、ついに問題のページに辿り着いてしまった。


「あ、本当。まだ鉛筆で描いただけね」

「ふむ……」


宿敵の仮面が割れ、父親だったと判明するページだ。

父親の顔を見て驚く主人公。父親は主人公に一言残し、フェードアウトする。

父親の最後の台詞は「見事」。

……正直、この台詞もどうかと思う。息子を追い詰めた父親が逆に倒され「見事」だけでいいのだろうか?

もう少し交わすべき会話があるのではないか。それこそ、テーマを家族にして、父親との決着にもっとカタルシスのある展開にすべきではないか……。

最後のページで主人公はヒロインと再会し、その後のラブロマンスを匂わせつつ、物語は幕を下ろす。

暦洲舞の意見ではこちらを引き立たせるべきなのだが、たとえノイズになったとしても主人公と宿敵の関係性は変更したくない。

そんな事をうんうん考えているうちに、父と母は原稿を全て読み終えたようだった。


「あ……どうだった?」

「……すごいな、よくこんなの考えたなって」


父がそう言って、封筒に原稿を入れて私に返す。


「それはお父さんが映画も本も読まないからだよ」


封筒を受け取り、照れ隠しにあえて意地悪な言い方をしてみた。


「そうか……」


父が俯く。

しまった、言い方を間違えただろうか。

それに、漫画の中では父親が悪役だ。読んでいる途中に言い訳を挟んだものの、あの展開は父にはショックだったのではないか。


しかし、父はスッと顔を上げると私の目を見て


「いや……だとしても、そう思うよ」


と言った。


「……そっか」

「敵の人、お父さんに似てない?」


母がニコニコしながら言う。


「え!?いや別に、そんなつもりは……」

「それはそうだ、だって俺、滾夏に恨まれるような事した覚えないし」

「そうだよ!そんな事ないよ」


必死に弁明する私を見て、母が笑う。


「ほら、この敵の人、優しいでしょ?」

「……え?」


母が言ったのは意外な感想だった。


「優しい?」

「ええ。なんだか、主人公の男の子の成長を人知れず見守っている不器用な人って感じで。そこがお父さんにも似てる気がするけど」

「俺は滾夏くらいの女の子誘拐したりしないよ」


父が笑いながら母を小突く。


「でも……そうだな、出てくる人の事はみんな好きになれる」

「滾夏が自分で言う通り、まだ荒っぽいところはあるけどね」


父と母の言葉にハッとした。

いつの間にか私はどこかで、シンプルな対立構造で考えすぎていたのかも知れない。

主人公の父親は、本当は優しい人間だったのか……。

そう考えると、なんだか合点がいった。


「そっか」


……確かに展開はまだまだ荒いけど、主人公の父親の持つ優しさという要素を追求すれば、納得のいく展開が見えてくるような気がした。

父は、どのキャラクターも好きになれると言ってくれた。

それも私の漫画の勝ち筋の一つになりそうだ。


「ありがとう。二人が読んでくれて、色々見えてきたよ」

「ちなみにこれは、学校でみんなに見せるのか?」

「ううん、雑誌に投稿しようと思ってる」

「ええ〜〜!そんなの、もうプロじゃない!」

「プロじゃないよ!道はまだまだ険しい……。だけど、おかげで勝ち筋は見えてきたよ」

「そうか、それはよかった」


私は思い切って父と母にお願いをする事にした。


「ねえ、卒業するまでの残りの高校生の間、漫画家の道にチャレンジしても……いいですか?」


父と母は少し驚いたようなそぶりを見せたが、お互いを見合わせると微笑んで親指を立てて見せた。


「……ありがとう!」

「まずはこの漫画、完成させないとじゃないか?送るのはいつだ」

「来週には送りたいんだよね」

「じゃあ急がなきゃね!」

「うん。おかげで何か浮かびそうだし、この後ちょっと描くよ」

「そうか。なんか今日は気持ちがいいから、昼は外食しないかと思ったけど」

「じゃあ午前中は描くから、午後から出かけようよ、せっかくだし家族みんなで!」



我が家では決まって、その日届いた新聞や、買った本から貰ったチラシに至るまでリビングのテーブルに重ねて置いておく。

その日一日、置いた本人は部屋に持ち込まず、家族が自由に手に取っていい。

……だけど、案外お互いの読んでいるものを手に取ったりしていないし、気付いていない事も多かった。

いつしか、私はそこに自分で描いたネームを置くようになった。

そして気付くと、私のネームの感想ノートが常設されるようになった。父も母も、私がネームを置いておく度に読んでくれているようでありがたい。


この間送った学園SFバトル漫画の原稿は残念ながら賞に引っ掛からなかったけど、原稿を読んだ雑誌編集者から連絡があって、今は次の賞に向けた新作を描いている。

今度は父と母の反応が一番良かったネームをベースに物語を構想中。

私のチャレンジは、まだ始まったばかりだ。

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