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7 そして扉は開く③

     ***



「……? ここは……」



 目を覚ましたとき一番に目に入ってきたのは、見たこともない白い天井だった。

 身体の下にあるのも藁じゃなくて、何かふかふかしたもの……?




「お嬢様っ!

 お目覚めになられましたね!」


「……リサ?」


「驚かれましたでしょう。

 ここは王立の病院だそうですよ」


「病院……?」



 言われてみれば、私の身体の下にあるのは、ふかふかの清潔な布団と、ベッドだ。

 ゆっくり身体を起こす。

 ほぼ十年ぶりに布団で眠ったせいなのか、いつも身体にまとわりついている痛みや軋みが少しスッキリしていた。


 リサがコップに注いでくれた水を飲む。

 それから、温かいレモネードが運ばれてきたので、ゆっくり味わって飲んで、添えられていたビスケットを食べた。

 レモネードはハチミツが効いていた。


(美味しい……)


 久しぶりの糖分に、燃料切れの頭が回転し始める。



「お嬢様がお気を失っていらっしゃる間に、あの方が馬車でここまで連れてきてくださったのです」



(あの方……?)



 王立の病院、ということは、ここはヴァンダービル伯爵領ではなく、隣りの王家の直轄領だろうか。



(え、待って。

 それなら、あれは、夢じゃなかったってこと?

 私を助けてくれたあの人と、十年ぶりに再会したのは……夢じゃなくて現実?)



「そうそうお嬢様!

 あの方の身元ですが、驚きましたよ! なんと……」


「……あ!」


「お嬢様?」


「私……く、臭くなかったかしら!?」


「お、お嬢様?」


「いえ、絶対臭かったわよね!?

 濡れた布で身体を拭くのが限界だったし、それに髪も肌もボロボロで……。

 どうしましょう……私、もしもあの人に再会できることになったら精一杯身綺麗にしてお会いしようとこの十年ずっと思っていたのに……!」



 思い至った事実にうろたえてしまう。

 いまは身体がスッキリしているから、リサか誰かが身体をふいてくれたのかもしれない。

 でもあのときはそうじゃなかった……!


 憧れの人との最悪のコンディションでの再会。

 しかも記憶が正しければ、こともあろうに抱き上げていただいたという超幸運(大惨事)

 その上、夢だと思って私から抱きつくという大暴挙!

 もう頭を抱えるしかない!



「ああもう恥ずかしい……あの方に、私ったらあんな……あんな醜態……穴があったら入りたい……」


「あの、お嬢様? 後ろをご覧になってください」


「後ろ?」



 私は振り返り、そのまま固まった。


 漆黒の髪にものすごい美形の長身の男性が……つまり十年前私を助けてくれた恩人が、気まずそうに立っていた。



 顔がカーッと熱くなってくる。

 恥ずかしすぎて死にそう。



「……まぁ、目覚めて良かった。

 何か食べられそうか?」


「は……はい。お腹はすいています」


「わかった。食事の用意を頼もう」



 従者らしい人に指示を出し、私の恩人はベッドの横の椅子に座った。

 長い手、長い足。膝の上で組んだ長い指。大人の男の人になったし、声も完全に大人の男性のそれだけど、それでもこうしてみると……。



(やっぱり、十年前のあの人だわ……。

 想像していたより百倍素敵になってる)



 羞恥心の熱はまだ残っているけれど、少しずつ頭は回ってきた。


 目の前の恩人を観察する。

 明らかにかなりの貴人だ。そういえば……父が『殿下』と呼んでいたような。

 ……殿下?

 そして緊急強制執行権を使える人?

 ………………え?



「君は私が何者か、十年間知らないままだったのだな」


「あ、あの……あなた様は一体……」



 頭では答えが出てしまったけれどそれを受容できなくて、私は問うた。



「私は先王の第二子、ロデリック・ウィズダム・アーヴィング。

 国王の弟だ」



(ロデリック・ウィズダム・アーヴィング殿下……)



 やはり頭に浮かんだ名だった。

 先王陛下の第二子でいらっしゃり、現国王陛下の右腕として新聞でもお名前を良く見ていた。

 だけどまさか……それが、十年前私を助けてくれたあの人だったなんて。



「あの、王弟殿下とは知らず数々のご無礼、まことに申し訳……」


「いや、無礼などされた覚えはない。

 顔を上げてくれ」



 顔を上げると、神秘的な光を放つその瞳と目があって、引き込まれそうになった。


 お歳は二十五歳。確かにとても見目麗しい方だと新聞にも記述があり、時にお顔の挿し絵も載っていた。

 けれど、いま痛感している。新聞の挿し絵では本物の美しさはとても再現できないことを。


 十年前の私は伯爵家の娘ではあってもまだ幼く、王家の皆様に拝謁する機会などほとんどなかった。

 当時の王太子殿下にも、二回ほどお会いしたきりだ。


 だけど……あの頃もしロデリック殿下に一度でもお会いしていたなら、子どもの私でも絶対に忘れられなかっただろう。



「あ、ありがとうございます。

 病院に連れてきてくださって……。

 では私、しばらくはこちらでお世話になって良いのでしょうか?」



 ロデリック殿下はうなずく。



「そうだな。今の君の身体では馬車旅には耐えられないと判断した」


「……?」


「当分はこの病院で療養してくれ。

 医師から旅の許可が出るほど元気になったら私の城に来てほしい」


「え……え?

 ロデリック殿下のお城に?」


「ああ。

 すまない。私はもうじきここを発たねばならない。従者を数名残していくから、何でも彼らを頼ってほしい」


「は、はい……」



(どういうこと?

 私、まだ夢の続きを見ているのかしら?)



 だって、そんなにも私に都合の良い現実ってある?

 混乱しきりの私を、さらなる混乱が襲った。

 私の両手を、殿下が握ったのだ。



「!!!!!!?????」



(え、い、いま何が起きて……!?)


 手袋をなさっているけど上等の革越しに体温が伝わってくる。

 殿下の手。男の人の長い指。疾走するドキドキが止まってくれない。



「マージェリー嬢。いまは何よりも、自分の心と身体を癒すことを考えてほしい。いいな」


「は、はい!? わわわ、わかりましたっ」



 私は夢中でぶんぶん頭を縦に振ってしまったのだった。



     ***

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