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6 そして扉は開く②

「……ここは、その、問題のある使用人を隔離している小屋でしてっ」

「そ、そうですわっ、殿下がわざわざご覧になるようなものは何も、ありませんわっ」

「お戻りに、お戻りになってください、殿下っ!」



 お父様とお母様の声。

 それから、遠すぎて何て言っているかわからないけれどエヴァンジェリンの声も混ざっている?

 何かあったのかしら。


 ダンダンダンダン!


 ビックリして飛び起きた。

 小屋の扉が激しくノックされたのだ。

 (かんぬき)が壊れている扉は、間もなくギイ、と音を立てて開く。


 人が立っている。

 朝日が逆光になっているけれど、長身の、男性だ。漆黒の髪の。


 次第に目が慣れ、その男性の顔がわかるようになる。

 黒髪、浅黒い肌の、ゾクリとするほどの美青年……それこそ見たことがないほどの……え?



(夢……なの? これは……?)



 私の目には、瞼に焼き付いたあの少年と、目の前の男性がひどく似て見えた。



(…………何これ……妄想しすぎて、大人になったあの人が出る夢まで見てしまっているのかしら)



 彼が出てくる夢は何度となく見たけれど、いつもあの時のような少年の姿に、声変わり中の声だった。

 いま目の前にいるのは紛れもなく大人の男性だ。


 驚き以上に、空腹のせいで頭が働かない。

 私の夢のわりには、目の前の絶世の美青年は険しい表情をしている。

 身なりはとても良い。相当上級の貴族のように見える。

 油断したら心臓が止まりそうな桁違いの美貌と相まってまさに貴公子。いや王子様。



「…………どういうことか、説明してもらえますか、ヴァンダービル伯爵」


「で、ですから、この娘はその、きょ、虚言癖のある使用人の……」


「確かにあれから十年もたった。

 だが、十分すぎるほどあの時の面影は残っています」



 そう言って、眉をひそめた美青年は私の前にひざまずいた。

 ああ、やっぱり『彼』だわ。

 あの時より少しだけ長い、艶々の漆黒の髪。これ以上ないほど形の良い眉。大人の男性になってはいるけど、『彼』こそ面影がありすぎるもの。本当に素敵。さすが夢。

 夢の中ぐらいこんなに私に都合が良くても良いわよね?

 ずっと会いたいと思っていた人が、私に会いに来てくれるなんて奇跡、現実には起こるわけがないのだもの。



「マージェリー・ヴァンダービル。君だな?」



 はい、と、うなずいた。

 お母様には誰にも正体を明かすなと強く言われてきたけど、夢の中だものね?



「あ、あなたっ、何て嘘をつくのですっ」


「殿下、マージェリーは死んだのです。現に、教会に墓がございますっ。ここにいるのは妄想癖のある娘で……」



 お父様が、おかしなことを言う。

 何を言っているの?

 私はここにいるじゃない。

 いえ、そんなこと、どうでもいいわ。

 ずっと言いたかったんだもの。



「あっ、あの、十年前、助けてくださった方ですよね……?」



 『彼』は少し目を見開き「ああ」とゆっくりうなずいた。



「すみません、あの時、泣いてしまってお礼を言えなくて……。

 後悔していたんです。あなたがどなたかもわからないままだったので……。

 本当に、助けてくださって、ありがとうございました!」



 ……私の言葉に、お父様とお母様の顔が青くなったり赤くなったりしている。

 ずいぶんリアルな夢ね。



「マージェリー嬢、君は……あの時、私が最初にかけた言葉を覚えているか?」


「? たぶん『大丈夫か』だったと思いますが……」


「それからは?」


「ええと、それから……確か、殴られた頭のことを気遣ってくださって、ほかに怪我はないかとおっしゃいました。

 そういえば、私がアンナのことについて尋ねたら、頭の怪我をお医者さまに診ていただいていると……」


「すべて正解だ。君は紛れもなくマージェリー・ヴァンダービルだ」


「あ。あと、そのっ。

 私のことを……命があって、良かったと……言ってくださいました」



 自分で言った言葉に込み上げるものがあった。

 家族にとって私は加害者なのだそうです。

 いるだけで害なのだそうです。

 死んでおけば良かったのかもと、何度も思いました。

 だけどあなたは言ってくれましたよね? 私が生きていて良かったと。



「…………ああ。

 本当に、君が生きていてくれて、良かった」



 また言ってくださって、涙がじわっとにじんでしまう。


 力が抜けて、身体がグラリと大きく揺れる。

 あわてて『彼』が私を抱き止める。

 私、言いたいことを言うのに、残っていたすべての力を使いきってしまったみたい。



「フラフラじゃないか。こんなに痩せて、この十年君はいったいどんな目に遭ったんだ……」



 夢でも空腹からは逃げられないようで。

 『彼』の言葉に応えようと口を開いたけど、もう声がでなかった。


 あの時と同じように『彼』は私を抱き上げる。


 ……もうほぼ力の入らない腕を、それでもあの時のように『彼』の首に回す。

 優しい体温。そのまま運ばれていく。小屋の外の朝日を浴びる。眩しくて綺麗。

 こんな素敵な夢を見ることができるなんて、神様ありがとうございます。


 女性の悲鳴が聞こえた気がする。

 エヴァンジェリンの声?

 お父様、お母様のずっと後ろに、エヴァンジェリンが立ち尽くしている。

 綺麗な顔をひどく歪めて「……どうして……そんなっ、ひどい……」と声を絞りだす。



「で、殿下……」



 お父様の裏返った声。



(……ん、殿下?)



 空腹で頭が働かず、しかもずっと会いたかった人を目の前にして夢中だった私の頭は、ようやくその言葉を拾った。



(でもまぁ、夢だから……)



 多少ぶっ飛んだ設定の夢なんてよくあることだ。こんなに素敵な夢なのだもの、気にしないでおきましょう。

 そんなことを考えているうち、また意識が遠くなってきた。



「お待ちください、殿下。うちの者を、いったいどうなさるというのです」


「そ、そうですわっ。

 その娘、だ、断じてマージェリーではありませんけれど、ヴァンダービル伯爵家のものですっ」



 この期に及んでそんなことを、と『彼』は舌打ちする。

 父はそれでも食い下がる。



「この邸の者は、家長であるわたくしの庇護下、そしてここはわたくしの領地にございます。

 王弟殿下と言えど、連れ出すなどということは……」


「緊急保護だ」



 そう『彼』は言いきった。



「マージェリー・ヴァンダービル。

 栄養状態がひどく悪く、加えて虐待を受けている疑いあり。

 可及的速やかなる保護の必要性を認める。

 よって、前国王第二子ロデリック・ウィズダム・アーヴィングの名のもとに緊急強制執行権をここに行使する」


(緊急強制執行権……確か新聞で……見たわ……)



 ……我が国の王の配偶者、宰相、それから王位継承権第三位までが緊急時に個別に行使できる、勅令に準じるほどの力を持つものだった。

 まぁ、夢だもの。新聞で読んだ言葉が出てきたのね。



「……すまなかった、マージェリー。

 君をこんな目に遭わせてしまった。

 助けたかったんだ。なのに……」



 小声で呟く『彼』の声。

 もう全然聞き取れないけれど子守唄のように心地良い。



「何をしても償う。

 必ず君を幸せにする、必ず……」



 スウッと意識を失いながら、私はこの夢に感謝していた。


     ***

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