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26 マージェリーは役に立ちたい①

     ***


 ロデリック殿下に連れていっていただいた王都のお出かけは、本当に楽しかった。


 一日目は美術館で具合を悪くしてしまったのだけど、そのあとは市場で殿下の少年時代のことをたくさん知ることができたし、二日目は、この十年間の間に王都にできた植物園や、球技場に連れていっていただいた。

 何度も夢に見るぐらい、とても素敵な思い出だ。


 ただ、そのお出かけからウィズダム城に戻ってきて以降、殿下と私との間にはちょっとした異変が起きた。



「……………………」

「……………………」



 食事の時間、会話が途切れることが増えた。



「……どうだろうか、今夜のデザートは、飴細工を採り入れさせたのだが」


「は、はい! 覚えていてくださったのですね……ありがとうございます。とても嬉しいです」



 もちろんそれはデザートが出てきた瞬間気づいていた。

 気づいていても言葉が出てこなかったのは、胸がいっぱいになってしまったからだ。


 元々、殿下への憧れの感情は自覚していたけれど、あのお出かけを経て、そういうレベルでとどまるものではなくなってしまった。


 本当に困ったことに、殿下のことをますます好きになってしまった。


 そのとても好きな人が、お出かけの際に交わした何気ない会話を覚えていてくださっている。

 そして私が好きだと言ったものを食事に出してくださる。

 それが尊すぎて眩しすぎて、生半可な言葉じゃとても表現できなくて、固まってしまったのだ。



 ────私は君の笑顔が好きみたいだ。



 何度となく頭によみがえってしまう、あの殿下の言葉。



(……ふ、普通はみんな、暗い顔よりは笑顔の方が好きよね! 深い意味はなかったはずよ。そう、笑いましょう。笑顔になれば殿下も安心されるわ)



 そう思って笑顔を作ってみせ、デザートを口にするけれど、美味しいはずなのに味がわからない。



(もっと自然にしないと。殿下も変にお思いだわ)



 私の態度がぎこちないせいだろう、あのお出かけ以来、殿下も私に対してどこか話しかけづらそうにしていらっしゃる。

 目をそらしたり、何かを言いかけて口ごもったり、気づけばお顔が赤かったり。

 そういえば、何気なく私の手に触れるようなことがなくなった。


 これはきっと、私の態度に戸惑われているのだと思う。



(絶対に、私の感情に気づかれては駄目だわ。

 もし殿下がお気づきになったら)



 また『やっぱり結婚しよう』と言い出すかもしれない。

 贖罪のようなお気持ちは薄れてきていらっしゃるようでも、殿下は繰り返し『必ず君を幸せにする』とおっしゃっている。


 私にとってロデリック殿下は世界で一番幸せになってほしい方だ。

 間違っても、愛情もない、政治的になんのメリットもない、見映えも良くない、おまけに教育も受けていなくて醜聞つき、しかも過去の記憶のせいで突然具合が悪くなるリスクまである(……って、自分で並べてて悲しくなってきた)女と、義務感だけの結婚生活なんて送ってほしい方ではない。


 隠そう。隠しきろう。この城を出る日まで。あるいは殿下に婚約が決まるまで。

 私はそう毎日自分に言い聞かせている。



(でも、こんな風に意識しすぎてぎこちなくなってしまうんだったら、あのホテルの晩、もっと殿下とお話ししておけば良かった)



 もちろん、殿下のことならなんでも知りたい。

 ただそれだけじゃなくて、今後私が自立して生きられるようになったあと、どうしたら殿下にご恩を返せるか、考える材料がほしいのだ。

 むしろ、いまの私でも何かできることがあればしたい。

 少しでもお返ししたい。



「……マージェリー嬢、そういえば、あれから具合が悪くなったりはしていないか?」


「え、ええ。大丈夫です。お気遣いくださってありがとうございます」



 殿下が私を心配してくださる、嬉しい。

 胸がジーンとしてまた言葉に詰まってしまいそうなところ、なんとか自然にお礼を言えたと思う。



「おそらく、またあの絵を見るか、実際にあの公園に行くことがなければ、あんな風にはならないのではと思います」


「そうか……それなら良いが。もし具合が悪くなっても一人で我慢したりしないでくれ」


「はい。ありがとうございます。

 ……失礼ですが、殿下も、今日はあまりお顔色がよろしくないようにお見受けしたのですが」


「ん? ああ。少し寝不足かもな」


「あの。差し出がましいのですが」


「どうした?」


「そういえば、最近は王宮にまったくお泊まりになりませんね。夜遅くになっても毎晩ウィズダム城にお戻りになられています」


「気づいていたのか、まぁ、それは」


「もしかして、そのこともあって、十分にお休みになれないのではありませんか?

 確かに私は、毎日殿下と朝食をご一緒できるのはうれ……ゴホン」


「うれ?」


「な、なんでもありません!

 けれど、移動時間のことを考えると、ご無理はなさらないほうが」


「いや、そちらは関係ない。

 ……ただ私がそうしたいからそうしているだけのことだ。馬車の中でも多少は眠れるしな」



 そうして殿下は、少し複雑そうなお顔をなさった。



「寝不足なのは、また別の理由なのだ」


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