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14 ウィズダム城での日々③

「どうかなさいました? お嬢様」


「いえ……なんでもないわ」



 心臓の辺りを密かに撫でる。


 リサと同じように、私は悪くないと殿下はおっしゃった。

 私だって、そう思いたい。

 だけど事実、私のせいでヴァンダービル家は苦境に陥り、そしてそこから脱するために嘘をついたけど、再び私のせいで危機を迎えている。



(……みんな……私のことを恨んでいるのでしょうね)



 優しかったお父様────あの日以来、私とは一言も口を利こうとしなかったお父様。

 愛してくださったお母様────ただ一人私と話をしてくれたけど、冷たい言葉と冷たい眼差ししかくれなかったお母様。

 笑顔が素敵だったお兄様────敵意の眼差しを向ける以外やはり私と接しようとはしなかったお兄様。

 私に良く懐いて可愛かったエヴァンジェリン────使用人に向けてしばしば私の悪口を言っていたエヴァンジェリン。


 この十年、誘拐事件が起きる前の優しい家族が出てくる夢を、数えきれないほど見た。

 夢から目覚めるたび、それはもう夢の中にしかないのだと思いしらされ、打ちのめされた。


 いま、家族を愛しているかと聞かれると、わからないとしか答えられない。

 離れて落ち着いて考えても、家族に対して感情がぐちゃぐちゃになりすぎている。

 それでも……十年間、家畜に押される焼き印のように刻み込まれた罪悪感からは、簡単には自由になれない。



(家族には……このままもう二度と合わない方が良いのかしら、お互いに。会ってもきっと磨り減るだけだわ)



 私側に立ってくれる人は私の家族を非難するけれど、家族には家族の言い分がある。

 もしも彼らに会えば、私はきっと、言われるがまま聞いてしまうだろう。

 だから会わない方がいい。



「ヴァンダービル家のことはもう、なるようになるんじゃないかと思うのですけど。

 それよりもこれからのことです、お嬢様」


「??」急に口調を明るく変えたリサを思わず見た。


「どうして王弟殿下からの求婚をお断りになったんです?」


「!!!???」


「いえ、もちろんお嬢様にも夫を選ぶ権利がおありです。王弟殿下が好みでないなら仕方がないですけど」


「えっと、それ私一言も言ってないけどね?」


「ところで、お嬢様は昔、おっしゃってましたね? 誘拐犯に恐ろしい目に遭わされそうになったその時、まるで王子様のように助けてくださった素敵な方がいらっしゃったと……それだけは大切な思い出なのだと」


「……………………」



 そうだった。

(そういえば昔、リサにはあのこと、話したことがあったわ。なんて恥ずかしい話をしたの……昔の私ったら)



「少なくともあの頃は、殿下のこと、お好きでいらっしゃいましたよね?」


「…………」



 はい、初恋でした。

 たぶん、いまも。

 もう……恥ずかしすぎて、穴があったら地中深く埋まりたい。



「貴族の方々は、親が決めた会ったこともない相手と結婚するなど良くあることだとか。

 そんな中で、助けてくださった憧れの方、しかもあんな素晴らしい美丈夫で、お人柄もお優しそうな方が求婚してくださったのなら、お受けしても良かったのじゃないかなー、と、私などは思ってしまったのです」


「わ……私に王弟殿下の夫人なんて務まるわけがないでしょう?

 それにすべてが釣り合わないわ」


「すべてとは?」


「すべてよ。容姿もそうだし、家のことも、醜聞(スキャンダル)だってあるのよ。それに、貴婦人として必要な教育も受けていないし……」



 私は手を思わず握りしめる。



「……貴族の世界は、私のことを受け入れないと思うわ」


「どうしてです?

 せっかくですし、醜聞(スキャンダル)とやらも殿下に権力でねじ伏せていただいたら良いんじゃないですかね」


「そういうものじゃないことを、知っているから」



 家名の回復のために私を死んだことにしてしまおうと判断したのは両親だろう。

 だけどそれは、貴族の世界の中で生きていくために必要だったからそうしたのだと思う。


 私を、正確にいえば私のような人間を、本当に蔑み貶めているのは貴族社会の方なのだ。


 ロデリック殿下が私を助けたこと、それから私個人のために緊急強制執行権をまた使ったことが知られたら……きっと殿下にも良くない評判が立ってしまう。



「……何より、私は殿下に幸せになっていただきたいの。

 罪滅ぼしなんかじゃなくて、殿下ご自身が好意を抱いたお相手、そうじゃなくても望んだお相手と結婚してほしいわ」


「お嬢様は、それでよろしいんですか?」


「ええ、大丈夫。そうなれば私も幸せよ?」



 にこりと笑ってみせる。


 殿下は『白い結婚でも良い』とおっしゃった。

 私が望むなら夫候補をいくらでも紹介するとおっしゃった。

 つまり、もともと私のことは女性として特に何とも思っていないのだ。当たり前だけど。私ごときが殿下にそんな好意を抱いていただこうなんて、おこがましすぎて五体投地したいレベルだ。


 誘拐犯から助け出してくださったこと。淡い初恋を抱いた相手。つらい十年間の心の支え。そして今回も私を救ってくれたこと。

 それ以上望むなんて、ばちが当たるわ。

 殿下の幸せを願い、殿下にお世話になっている身から脱却し、そして自分に何かできることがあるならばご恩返ししたい。ご恩返しできる人間になりたい。

 それが私の目指す幸せなのだから。



     ***


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