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10 どうして結婚という話になるのですか!? ③

「マージェリー・ヴァンダービル嬢ね。

 子どもの頃の面影があるわ」


「はい。

 思いがけず女王陛下への拝謁(はいえつ)が叶いましたこと、幸甚(こうじん)の至りに存じます」


「それにしてもあなた、八歳から教育を受けていないとは思えない話し方をするのね。先ほどの誘拐事件の話もそうだけど」


「!?……お、おそれいります。

 古新聞を読んで言葉や多少の知識は覚えました。

 できれば今後、きちんと勉強をしたいと思っているのですが」


「よい心がけだわ。座りなさい。ロッドもね」


「は、はいっ」



 二年前にご即位されたヴェロニカ・レグナント・アーヴィング女王陛下が上座におかけになり、ロデリック殿下と私もそれぞれ座った。

 

 陛下はロデリック殿下のこと、ロッドとお呼びなのね。



 女王陛下が運ばれてきた紅茶に口をお付けになる。

 近寄りがたいほどお美しいご尊顔は、確かにロデリック殿下と似ていらっしゃる。

 十年前お会いした時は、二十二歳でいらした。ロデリック殿下とは七つほど離れているのかしら。


 後ろのリサの緊張している気配がビンビン伝わってくる。

 私も油断したら震えてしまいそう。



「まずは、王家が十年もの間、あなたの生存を把握できなかったことをお詫びするわ。

 ヴァンダービル家からは亡くなったという報告を受けていたのです」



 詰めた息を吐き、唇を噛む。

 改めて聞くと堪える情報だ。



「当時、王宮にはこのように報告されていたわ。

 まだ八歳のマージェリーが、誘拐されて家名を傷つけたことを両親に申し訳ないと思い、自分から希望して、環境の厳しい辺境の修道院に入った。

 そうして子どもには過酷な奉仕活動の中、体を壊し病気になって亡くなった、と。

 それにあわせて聖職者たちは、神がマージェリーを憐れんで天使を迎えによこした夢を見たと証言したのよ」


「……修道院には入っておりませんし、何から何までまったくの嘘です。

 父はどうしてそんな嘘を」


「おそらく、ヴァンダービル伯爵家の名誉回復を狙ったのね」


「名誉回復……?」


「聖職者たちもグルになって、貴族たちに受けのよい作り話をしたのだわ。

 大方、見返りに伯爵が多額の寄付をしたとかじゃないかしら。

 貴族たちにとっても、神は絶対的権威でしょう。神によって権威づけられれば、世俗の社交界での価値基準などより優先される」


「……そんな、抜け穴が……」


「貴族たちは『八歳女の子がそこまでの献身と自己犠牲を払い命を落とすなんて』と美談扱いにしたわ。そもそも何も悪くない側の名誉が傷つくこと自体おかしいのにね。

 それでヴァンダービル伯爵家は、社交界の中で元どおりの地位に戻ることができたのよ」


「そういうことだったのですね」



(なるほど。だから両親はこの十年、絶対に私を領主館から逃がそうとしなかったのだわ)



 生きていることが発覚するとまずいから。


 下働きの仕事をたくさん命じて、手や肌を荒れさせ、ひどい見た目にさせた。

 理由をつけて食事を抜いて痩せさせた。

 虚言癖のある娘がいると周囲に根回しした。


 この十年の間に私が誰かに助けを求めたとしても、とても貴族の娘には見えず、信じてもらえなかったはず。



「でもどうして、それが今になって発覚したのですか」


「気づいた人がいたのよ。入ってきなさい、アンナ」



(アンナ……?)



 まさか、と振り向いた。

 部屋に入ってきた一人の女性……かつての私の侍女アンナは、私を見つめ、今にも泣きそうに唇を震わせる。



「……マージェリーお嬢様……」

「ど、どうして!?」



 ぼろっ、と涙が一筋彼女の頬を伝う。



「やっぱり、お嬢様だったのですね……!」


「どういうことなの……どうしてアンナが?」


「は、はい。わ、わたし、あの直後、お嬢様が亡くなられたという話を聞き、大変ショックで申し訳なくて……」


 こぼれた涙をぬぐうアンナ。


「廃人のようになってしまった私は、親の勧めで、心の治療を兼ねて留学することになりました。

 かれこれ六年ほど外国にいたでしょうか……。

 そして帰国後、通訳と公文書翻訳の仕事を始めたのです。そのご縁で女王陛下、ロデリック殿下には大変お世話になっております」


「そうだったの……」


「はい、そして……帰国してからは毎年、ヴァンダービル伯爵領にあるお嬢様のお墓に参っておりました。

 ところが今年、近くに住んでいる子どもたちが寄ってきておかしなことを言うのです。

 領主館に、ひどく苛められている使用人の女の子がいるのを見た、と……。

 普段は優しそうな奥様が、その女の子に対してはまるで人が変わったように酷い言葉をぶつけるとか。一人だけ物置小屋で寝させているのだと」



 思わず息を呑む。

 母にかけられた言葉、つめたい眼差しを思い出してしまった。



「私は領主館には近づくことが許されておりません。でも気になって、その女の子の目撃証言がないか、あちこちで聞き込んでみたのです。

 聞けば聞くほど、マージェリーお嬢様じゃないかと思えてしまって……。

 まさか、そんなことはあるはずがない。

 でも、万が一そうだったら……。

 悩んだ挙げ句、王弟殿下にご相談したところ、今回のお力添えをいただいたというわけでございます」



 ロデリック殿下がうなずく。



「ヴァンダービル伯は二年前からこちらにいろいろな誘いを寄越していた。

 結局亡くなったとはいえマージェリーを救ってくださったのだからお礼がしたいだとか、姉を失って未だに傷ついている妹を慰めていただけないか、などと」


「そ、そうなのですか?」



 女王陛下がご即位されるまでは、ロデリック殿下とは不仲だといわれていた。しかし二年前に陛下がご即位されてから、殿下はむしろ重用されるようになった。

 若くして領地も持ち、財産もある。それで両親は、エヴァンジェリンの嫁ぎ先としてロデリック殿下を狙い始めたのだろう。


 でも、殿下に近づくために私のことを口実にするなんて……。



「それで今回、私は伯爵からの狩りの催しの誘いにのった。そして領主館に入り込み、アンナが言っていた物置小屋で君を発見したというわけだ」

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