3 青い瞳
書斎として密かに使用していた地下の小部屋に、何故か少女がひとり。まだ皺もヨレもない綺麗な軍服に着せられてしまっている彼女は、「どうも」と白々しく笑いながら、額には冷や汗をかいていた。
「……一体ここで何をしているんだ?」
彼女はどうやってここまで来たのだろう。
――遡ること数時間前。
上級官たちの間で話題になっている青い瞳を持った訓練生について、少し興味が湧いて、自ら教官になりたいと申し出た。
「なかなか困った訓練生ですよ」
入隊試験時に試験官として参加していた所長のマルクスは、顎髭を弄りながら言った。
「守護霊の使い方がまるでわかっておらん様子でねぇ……」
はてはてどうしたものやら、と言いながらマルクスは今年の訓練生に関する個人情報をまとめた書類をシウに渡す。
シウは早速受け持った組に向かうと、なんだか教室の前が騒がしかった。
青腕章同士で喧嘩をしているらしいとのこと。噂の青い瞳を持った訓練生に誰かが突っかかっているとか。
シウが来た頃には、猫っ毛頭の野郎が今年入隊した中でも非常に優秀だと言われているこれまた美麗な面した野郎に喧嘩を売っているところだった。
入隊して間もない野郎たちは、毎年大体こうなっている。ある意味恒例行事であった。今年のお祭り騒ぎのネタが『英雄の生まれ変わり』だっただけであって、毎年何かしらネタがあって喧嘩が始まるのが定例だ。
猫っ毛頭の野郎はたしか、アイゼンという名だ。戦闘能力はそこそこ高いものの、性格に難あり。喧嘩早い性格は、協調性がなく、チームワークを得意としない。先に吹っかけてきたのはおそらくこいつであろうとシウは予想した。
かくいうイケメン野郎はルイという名だったか。青い瞳の訓練生の次に話題の人物である。戦闘能力は今年入隊してきた中でも群を抜いており、成績優秀。だが、こちらも性格に難あり。アイゼンとはまた違う意味で協調性がなく、粘着質タイプだという。
最初はどういう意味か理解できなかったが、それはすぐにわかった。
授業はまるで聞く気がなく、ただひたすらに青い瞳の訓練生を見つめていた。注意してもこちらに気が向くことはなく、上級官かつ教官であるシウに対しても舐めた態度でいた。
この二人は一体どういう関係なのか。
ふとシウは疑問に思ったが、今はそんなことどうでもいい。個性的すぎる青腕章の訓練生たちに少し不安を覚えたが、それもゆっくり改善していけばいい。
とりあえず、一番まともそうなのが噂の彼女だけだったので、シウは休憩時間に呼び出しをしてみた。
「倉庫……ですか?」
「あぁ、西の戦闘場を進んで行った先にある。見ればわかると思う」
よろしく頼んだぞ、と鍵を渡してからかれこれ一時間。いくら待っていても彼女は戻ってこない。
どこに行ったんだあいつは……
ついに痺れを切らし、シウは待つことをやめて立ち上がった。
そういえば、最近訪れていなかった書斎にでも行ってみるかな。
所長のマルクスから渡された書類にも目を通したいところだったので、シウは人気のないところに向かうとした。
先ほど説明した倉庫とは別に、西をさらに進んで行くと、現在は使用されていない古い倉庫がある。実はその古い倉庫には、地下へと続く隠し部屋があり、シウはそこを自分の書斎として密かに使っていたのだ。
久しぶりに古い倉庫へ行ってみると、念のため掛けておいた南京錠が壊されていた。何か硬いもので叩いたのだろうか、錠は少し歪な形をしている。
中に入ってみると、倉庫内の物も荒らされていた。もう使用されていない倉庫なので、元々物が散乱してはいたが、最後に確認したときと明らかに物の位置がずれていた。
こんなところに誰が?
書斎へ続く床下の扉も開いていた。誰かがいると思い、書斎へ近づいてみるとガタガタと物音が聞こえた。
扉を開けてみると、そこには噂の青い瞳の訓練生が立っていたというわけだ。
「教官に依頼されたモノを探しておりまして……」
「俺が言っていた倉庫は、こことは別の倉庫なんだが」
左眼は青い瞳で、右眼は黒い瞳の隻眼。小柄で華奢な体つきで、髪型はボーイッシュなショートヘアーだ。女っ気がなく、話し方も少年ぽさがある。男の娘と言われてもわからないだろう。
『英雄の生まれ変わり』こと、リンという名の少女は、誤魔化すようにあははと笑っている。
「ここは俺の書斎なんだが」
聞かれる前にシウが答えると、リンは「なんだか秘密基地みたいですね」と少し小馬鹿にしたようなことを呟いた。シウが冷めた目でリンを見ると、しまった!と慌てて口を手で押さえていた。
「もうここには来るな。立ち入り禁止だ」
ニヤニヤと何か企んでいそうな顔から一変、リンは残念そうに肩を落とす。リンはなかなかその場から動こうとはせず立ち尽くしているので、シウはリンを書斎の外へと押し出した。
リンは何か言いたそうに睨んでいたが、そんなことはお構いなし。「もう来るなよ」と念を押してシウは書斎の扉を閉めた。
さてさて、シウは椅子に座り、所長のマルクスから渡された書類を広げる。リンに関する書類を見つけると、手にとって読み始める。
ノト村出身か。
リンの故郷ノト村は、10年前に跡形もなく焼失している。村人の大半は焼き殺され、逃げ延びた者は他の村や都市に散り散りになっていると聞いている。
「孤児……か」
リンの父親は不明で、母親は村と共に焼失しているようだった。書類によると二つ隣の小さな村の孤児院で育てられたそうだ。そこで出会ったのが、例のイケメン野郎ことルイだった。
ノト村の生き残りにシウは興味を持った。何度か上からの命令でノト村の跡地を訪れたことがあった。本当に何もなく、今では草が生い茂っているだけだった。一体何を探しているのかわからないが、定期的に上級官が派遣されている。
少し調べてみたいとシウは思う。
ノト村に関する報告書があったかな。
個人情報を置いておくわけにはいかないので、広げた書類をまとめ書斎を後にした。
翌日、シウは再び書斎を訪れようとした。
新しい南京錠と交換しておいたはずなのに。古い倉庫の扉は、見るも無惨に破壊されていた。鍵はそのままに。
「あ、机綺麗にしておきました」
大胆すぎる侵入者は、案の定書斎にいた。