2 シウ教官
素人なので読みにくいところがありましたら申し訳ございません。
切れ長で真紅の瞳を持った男。胸元の3つ星からして上級官であることは間違いなかった。見た目は若く、30手前といったところだろうか。こんな若造が隊を仕切る立場である上級官だなんて、よほど優秀なのだろう……とリンは思った。
些細な揉め事は上級官によって中断され、リンたちは教室の中へと詰め込まれた。中にはすでに数人の訓練生が待機しており、騒ぎにはまるで無関心な様子だった。
20〜30人ほど入れる教室には、リンたちを含め訓練生が10人。それに加えて先ほどの若い上級官が一人だった。
「本日から下級官試験終了まで、お前たちの面倒を見ることになった教官シウだ」
入所まもないリンたちは訓練生と呼ばれ、下級官試験を経てまもなく戦場へと送り込まれる。実践経験を積み、さらに訓練を重ね、途中にある中級官試験、上級官試験とランクアップすることによって、位を貰い受ける仕組みとなっていた。
「お前たちの右腕に付いている腕章は、組を表している」
ここの教室にいる者たちは皆、右腕に青色の腕章が付いている。他の教室の訓練生たちには別の色の腕章が付いていることだろう。訓練生の他に、下級官、中級官、上級官にもそれぞれ色付きの腕章が当てられている。シウももちろん青色の腕章を付けていた。
「さて、まずは基礎知識から学んでもらう。空いている席に着け」
訓練生10人たちは各々会話することなく、目線を合わせることもなく、アンバランスに空いている席へと着いていく。何かを悟られまいと皆表情を硬くしていた。
リンは後ろの方の席に座り、他の訓練生たちを見渡す。
おどおどした様子で下を向いている者、何やら口笛を吹きながら机に肘をついて天井を見つめている者、真顔で着席している者、チッと舌打ちしながら貧乏ゆすりをしている猫っ毛の男……
他にも特徴ある訓練生がいたが、ここでは割愛させていただく。
誰ひとり見知った顔はいないようで、遠慮しながら間隔を空けて着席しているはずなのに。リンのすぐ横に躊躇なく座ってくる男がいた。
「俺はここで」
幼馴染のルイだ。
綺麗な顔でさらりと言いながら、無駄な動きなくスッと座る。さらには、ルイの顔を見て、目がハートになっている女の人が若干一名、前の方にいた。
「なんで嫌そうなんだ」
ルイは手に顎を乗せながら、リンの顔をじっと見つめた。
いけないいけない、つい嫌そうな顔をしてしまった。昔から何かとリンの周りをうろちょろして、行動を監視されているようでそれが気に食わなかった。理由はあえて聞いていないが、何故がずっと付き纏われている。顔が良いだけにストーカーとは言いづらい。でも、常に側にいるからこそ、リンが危険な目に遭うときにはいつも助けてくれていた。
有難いのか、有難迷惑というのか。
シウは、訓練生たちの様子をまったく気にすることなく、淡々と授業をしている。リンが見ている限り、ちゃんと学ぼうとしている生徒は真面目そうな眼鏡くんひとりだけだった。相変わらず個性的な訓練生たちは各々好きなことをしている。
ルイも授業を聞いているようで、聞いていない。リンの横顔を穴が空きそうなほど見つめている。これは絶対に聞いていない。そして、まったく授業に集中できずいい迷惑であった。
「おい」
授業の手を止め、シウが振り返って言った。訓練生たちを見る。いや、見ていた先はリンとルイの方だった。
リンはシウと目がパチっと合い、慌てて教科書のページをパラパラとめくる。ルイは微動だにせずリンのことを見つめている。
気まずくなったリンは、適当に開いた教科書で顔を隠した。
「おい、女ばかり見てると戦では死ぬぞ」
怒られているのはルイだった。反抗するかのようにルイは姿勢を変えない。目線だけをシウに向け、「ご忠告どうも」とだけ言った。
バチバチと火花が弾ける音が聞こえてきそうなほど穏やかではなかった。ルイの上級官に対する舐めた態度に、リンが冷や汗をかいてしまっていた。
尚且つ相手は自分たちの教官なのに。なんて物言いだ。
気づいたらリンはルイの顔面に右ストレートをかまし、ルイの顔の向きがやっと真正面へと向いた。
ルイは、なんで俺、殴られてるの?と言いたげな表情で目をぱちくりさせていた。
退屈な基礎知識学は一区切りついて休憩時間となったとき、リンはシウに呼び出された。明日の訓練で使う道具を、外にある倉庫から探して持ってきてほしいとのこと。
なんで自分が……と口に出ていたのだろうか。「お前が一番まともそうだから」と付け加えるようにシウは言った。
倉庫は訓練で使用される戦闘場を西へと進んだ先にあるとのこと。見ればわかると言われたものの、進めど進めど倉庫らしきものは見当たらない。見過ごしてしまったのか、まだ敷地内を把握しきれていないリンは、絶賛迷子になっていた。
あれ?おかしいな……
とりあえず、ひたすら西へと歩いていく。先ほどいた訓練所からはだいぶ離れ、隊員たちが寝泊まりする寮の方まで来てしまっていた。
諦めて来た道を戻ろうかと思った矢先、草が生い茂る中に古びた倉庫を見つけた。
なあんだ、こんなところにあった。
初っ端から教官の頼み事をこなせないなんて、ただでさえ低い評価はだだ下がり間違いなし。それだけは避けねば、リンの目的としていることに近づけない。
倉庫を見つけてホッとしたリンは、扉に近づいてシウから預かった鍵を南京錠に差し込んだ。
……
何故か上手く入らない。ガチャガチャと無理矢理ねじ込もうにも鍵が回らない。
いや、これ鍵間違えてますやん……
思いもよらぬ事態に少しだけ冷静さを失ったリンは、たまたま近くに落ちていた大きめの石を拾って南京錠を力の限り叩き始める。
数十回叩いただろうか、劣化し始めていた錠はリンの力でも破壊することができた。おかげで少し汗ばんでしまったが。
さてと、やっと扉を開けようとしたが、これまた建て付けが悪いのかすんなり開かず。
しばらく誰も使っていないのか?
ガタガタと乱暴に扉を開けて、ようやく中に入ることに成功した。埃が舞い、少しだけカビ臭い。
なんでまたこんなところに……
続く不運に苛立ちながらも、言われていた道具を探すが見つからない。埃被った訳のわからない古い棚やら教卓をどかしてみる。
すると、床下に怪しげな扉を発見した。
「床下収納か……?」
好奇心が勝り、考えることより先に手が動いてしまった。怪しげな扉を持ち上げると、そこには地下へと続く階段があった。丁度人ひとり分が通れるほどの幅であり、階段を降りるには灯りがないと暗くて何も見えない。
こんなこともあろうかと常備していたマッチ箱を取り出し、火をつけた。倉庫に無造作に置いてあったランタンを拝借し、火を灯す。
怖いもの知らずのリンは、ランタンを片手に階段を降りる。少し降りたところで階段が終わり、再び目の前に扉が現れた。
リンに扉を開けない選択肢はさらさらなかった。鍵はなく、倉庫の入り口とは違い、こちらの扉は簡単に開けることができた。
地下にあったのはそれほど広くないこぢんまりした部屋だった。机と椅子が置かれていて、正面と左右の三方向は本棚に囲まれている。
誰かの書斎だろうか?まるで秘密基地のようだ。
机の上には何も置かれておらず、指でなぞってみると微かに埃が積もっていた。しばらく使われていないのだろう。
本棚にはリンの好奇心を唆るような本がたくさん置かれていた。英雄の伝記(ニルヴァーナについてか?)、この国に関する歴史書、守護霊に関するものや何やら図鑑のようなものまで。どれも少し古びている本だ。
少しだけ興味の湧いた本に手を伸ばそうとしたとき、微かな物音を感じ取った。
上から人の気配を感じる。近づいてくるような気がして、リンは慌てて隠れられそうなところを探すが、ない。
誰かが階段を降りてくるようだ。どうしようかと考えているうちに扉が開いてしまった。
「……ここで一体何をしている?」
現れたのは教官のシウだった。