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青色の英雄  作者: 夏目
下級官試験編
1/3

1 噂

「ほら、噂の青い瞳」

「ほんとだ……生まれ変わりって話だよね」


 どこを歩いていても聞こえてくる内緒話。

 聞こえないように話しているつもりだろう。聞こえている。全部聞こえているんだってば。

 左眼に青い瞳、右眼に黒い瞳を持つ隻眼の少女リンは、深くため息をついた。



 遠い昔、ここレトワル国は東西に分かれ争いが絶えなかった。度重なる紛争によって食糧は底をつき、病が流行り、多くの民がこの世を去った。最早国としての機能は失い、滅亡へと進んでいく手前で窮地を救ったのは一人の人間であった。

 ニルヴァーナと呼ばれる彼は、東と西の境界をなくし、失った国という機能を取り戻し、英雄と讃えられた。国のために闘う姿は、残された史実によると青い炎を纏い、その瞳も同じく美しい青色であったとのこと。

 

 そんな英雄ニルヴァーナと同じ青い瞳を持つリンは、英雄の生まれ変わりと噂が絶えなかった。


「でも、入隊試験では最下位だったらしい」


 グサリ。

 その事実たる噂だけはやめてくれ。まるで心臓に矢が刺さってしまったかのように、苦しい、あぁ苦しい。

 教養に関する筆記は特に問題ないのだが、実技に関してはトホホと言いたくなるほど酷いものであった。その場にいた数人の試験官たちでさえも思わず頭を抱えるほどに。

 




 実技試験はそう難しいものではなかった。10mほど離れたところに用意された人の頭くらいの大きさのボールめがけて技を放つ。ただそれだけだった。

 この訓練所に入隊してくる人間にとって、それは容易いものだと想像できる。しかし、リンにはそれができなかった。


「君は守護霊(ゲニウス)を操れないのかね……?」


 とある試験官が顎髭をいじりながら聞いた


「そ、そんなことは……ないです」


 自信を持って言える……ことではなかった。入隊条件である『守護霊持ち』に関しては研究員による問診及び身体検査にて証明済み。力はあるはずなのに、なぜか上手く扱えなかった。


 少し離れたところで同じことをしている者を横目でチラリと見ると、難なくクリアしている。思わず目が合った男は、リンを見るや否やフンッと鼻で息をした。

 こんなこともできないのか?とでも言いたげに。


 試験後、やってしまったとリンは深く落ち込んだ。不合格になったと確信し、ため息ばかりつく日々を数日間、いや、数週間過ごしたのち、届いた手紙を見て驚愕した。

 

 なんと、合格したのである。


 この日をどれほど待ち望んだことだろう。理由なんてどうでもよかった。合格さえすればそれでいい。手紙を握りしめ、思わず口の端が上がった。





 そんな出来事をふと思い出しながら長い廊下を歩き、聞こえてくる噂話は右から左へ。突き当たり角を右に曲がったところにある教室に入ろうとしたとき、何かにぶつかった。


「よぉ、有名人さん」


 癖の多い茶髪に猫のような眼。どこかで見覚えのある顔。

 あぁ、そうだ。

 話しかけてきた彼は、入隊試験中に目が合い、リンに向かって得意げに鼻を鳴らした人物であった。


「そこをどいてもらえませんか?」

「どんな手をつかって試験に合格したか、俺に教えてくんない?」


 ニヤニヤと人の顔を覗き込み、俺は知っているぞと言わんばかりの熱い視線。気付けば一体どんな騒ぎなんだと野次馬が駆けつけ、リンと猫っ毛男の観戦が始まっていた。


「わかりませんが」


 男は、表情を変えずに淡々と返すリンに少しだけイラついているようだった。


「守護霊の使い方、俺が教えてあげようか?」


 どうやら一戦やりたいらしい。所謂決闘というやつだ。

 受けて立ちたいところは山々だが、ここは訓練所内。規則で建物の中での守護霊使用は禁止されている。ましてや教官の監督なしでの戦闘は言語道断。


「結構です」


 思ったような返しでなかったことが気に食わないのだろう。男は舌を鳴らし、挑発した態度でなおも入口から離れようとしない。


「困るんだよね。こういう無能が英雄扱いされるの」


 リンは男に突き飛ばされ、どすんと尻餅をついた。

 微かに守護霊の力を感じる。リンを突き飛ばす際に力を使ったのだろう。


 男は野次馬の人目を気にせずずかずかとリンに近づき、そのまま胸ぐらを掴んで持ち上げてみせた。小柄で華奢なリンを持ち上げるのに苦労はしなかっただろう。


 こっちだって好き好んで英雄扱いされている訳ではないのに…『英雄の生まれ変わり』などという根も葉もない噂話には心底うんざりしていた。

 ただ片目が青かっただけ。瑠璃色の宝石のように輝く瞳は、周囲を人たちを一瞬で虜にする。それを羨む人もいるのだろうが、リンにとっては邪魔でしかなかった。

 こんな目ん玉、くり抜いたっていいさ。

 痛い思いをする勇気がないだけで、そうしなかった。できなかった。




「その手離してくれない?」


 猫っ毛男の声とは異なる低い声が横から聞こえた。声の主は、リンの胸ぐらを掴んでいる男の手首を掴み、リンから引き離してくれたのだ。


「お前誰だ?」


 イテテと手首を振りながら、猫っ毛男は目を細めた。


「こいつ、俺のなんだけど」


 整った顔立ちに美しい銀色の髪。長身でスラッとした体型に甘いマスクはまるで王子様。リンの幼馴染のルイだった。

 『俺の』という言葉が妙に引っ掛かり、リンはつい半眼でルイを見上げてしまった。

 

 ルイはリンの頭を優しく数回叩き、そのままリンと猫っ毛男の間に割って入った。まるでヒーローがいじめっ子からいじめられっ子を救ったかのような演出に、野次馬たちが盛り上がってしまった。


「俺が用あるのこっちなの。でしゃばらないでくれる?」


 猫っ毛男の硬く握られた右拳がルイに飛びかかりそうになったとき、ルイの身体からバチバチと火花のようなものが弾ける音が聞こえた。


 ――まずい、規則違反は猫っ毛男だけで充分。


 リンが止めに入ろうとしたところで、手のひらを2回叩く音がした。


「喧嘩はそこまでだ」


 明らかに他の訓練生とは違う軍服を着たその男は、左胸元に金星が3つ。3つの星が意味するものは、指揮官こと上級官といわれる位にあたる人物であった。

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