【完結/短編】それ、食べたら死んじゃいますよ?
「あのぅ。それ食べたら死んじゃいますよ?」
今まさにクツクツと食材を煮込んでいる鍋に投げ入れようとしていたきのこを指さして、灰色の髪の少女がのっそりと夜の茂みから現れた。
パチパチと明るく爆ぜるあたたかな炎の光を全身に浴びて、まるで黄金を纏ったかのように浮き上がる少女の姿に、雨宮レンは息を呑む。
赤い厚手の綿のフードに紺色の神官服を纏う整った面立ちの少女は、漆黒の瞳に焔を映しながら躊躇なく歩を進め、ため息交じりに赤毛の青年、レンの手から混ぜ棒を奪った。
彼女の肩から黄色の葉っぱがはらりと落ちて、薪の中に吸い込まれて燃えた。
「え、あ?君は?」
ひんやりとした冬の風に身震いしながら、突如現れた人物に視線を注げば、少女はふと考えるような素振りで首を横に傾げ、それからああ、と手を打った。
「大丈夫です。冒険者様の、その猫も裸足で逃げ出す不味そうなお夕食を横から掻っ攫うような手癖の悪い趣味はございません」
「いや、あの、そうじゃなく」
「え?冒険者様じゃないんですか??真冬の腐死の森に足を踏み入れた愚か者がいると聞いて、そんな酔狂なバカがいるわけないと、その面を拝みに面白半分で見に来たのですが、冒険者ではなく一般人?本当に?いったい何の冗談で?」
きょとんと首を傾げ疑問符を浮かべながらこちらを覗き込む少女に、レンは目を眇めた。
可愛いくせに辛辣を通り越して、あまりにもひどい語彙が目立つのは空腹ゆえの気のせいだろうか。いや。気のせいではないはずだ。
「いや。俺は間違いなく冒険者で、用があってこの森に来たんだが、その言い様はさすがに初対面の相手に対してひどくない?」
レンが近くの木に立てかけている剣を目線で示すと、美貌の少女はそういうものですか、と気のない返事をしただけだった。
いったいなんだというんだ。
急に夜の森の茂みから現れて、食べると死ぬだのなんだの。
大体こちとら腹ペコだ。
どうでもいいから早く飯にありつきたい。
真冬の森の中で仲間とはぐれて防寒も装備もままならぬまま、魔獣に追われながら丸二日。飲まず食わず寒さに震えながら彷徨って、ようやく見つけた川辺に食えそうな鳥の形の魔獣に青々とした草に旨そうなきのこ。
危険種の魔獣の気配も近くにないことだしと、せっかくしばしゆっくりと休息をとる気でいたのに。
「何を考えているかわかりますけど、やめた方がいいですよ」
やや呆れたような声音が少女から発せられるが、レンは耳を傾ける気にはなれなかった。
薪の上に直火で煮立たせている小さな鍋、として使っているヘルムに視線を戻し、食材を切り分けたまな板を鍋に流し込むような形で斜めにした。
「あ。だめですって、死んじゃいますって。こちらと、それからこちらを失礼しますねー。えーと、自分の命亡くそうキャンペーン中の志願者さんですか?だめですよ、第一種毒類のきのこ、勝手に取って食べたら。嚥下したが最後、えにも言われぬ旨さを感じた後、1時間くらいで気絶もできないほどの激痛を感じながら、内臓がドロドロに溶けて死んじゃいますからね」
言いながらまた板の上でコロコロドボンと鍋の中にダイブしようとしていた、栗色と黄色の模様を持つきのこをささっと取り上げる。
指先で弄びながら、腰に下げていた編み籠の中にささっと投げ入れた。
あまりにも的確に手際よく没収された食材に、レンは唖然として目を瞬いた。
「他には、何かきのこ類入れませんでした?」
疑うように瞳を注がれて、慌てて首を振る。
「それだけだよ」
「ならよかったです。この時期多いんですよね。飢饉だっていうのは聞いてましたけど、だからって腐死の森に入って毒きのことか採取して知識ないまま食べて死んじゃう人。ここで死なれるとかなり寝覚め悪いんで、森を抜けるまできのこ食べないでくださいね」
にっこりとほほ笑んで、混ぜ棒をレンに押し付けると、さっさと背中を向けて元来た茂みの中に帰っていこうとする。
そのフードの端をレンは気が付いたら掴んでいた。
「ちょっと待ってくれ」
「なんですか?汚い手で触らないで下さいよ。ばっちいのがうつっちゃいます。とても大切な外套なんですから、許可なく触らないでください」
不快感を隠そうともせず、軽く威圧しじろりと睨みつけてくる少女に、レンは慌てて手を放す。
「わ、悪い。その、もし知っていたらでいいんだが、森の出口はわかるか?」
「出口、ですか?」
十代中頃といったくらいだろうか。
自分より年下と思しき面立ちの少女に何を尋ねているんだ、とは内心思ったが背に腹は代えられない。一刻も早く森を脱出し、できることなら仲間と合流したい。
今頃自分を探しているかもしれないし、見つからない場合は近隣の町で捜索隊を準備しているかもしれないのだ。
自分を何度も命の危機から救ってくれた、あの心優しい仲間たちにこれ以上心配をかけるわけにはいかない。それに、元の世界に戻る為に、一刻も早く生きて森から出、魔王を討伐しなければならないのだ。
レンの視線に少女はしばし沈黙し、頭上を見上げた。空の闇色に染まった木々の合間から星々が瞬いている。
少女は何を思ってか小さくため息をつくと、背後に軽く視線を走らせ闇の中にじっと漆黒の瞳を注ぐ。それから意を決したように軽く頷いた。
「知っています」
「なら」
「知っていますが、ただでは教えてあげません」
「は?」
戸惑い顔のレンに灰色の髪の少女はいたずらっぽく笑って、頭からフードを外すとぺろりと指先を舐めた。
「あなたを食べさせてくださるのなら、案内してあげないこともないですよ」
こうして、魔王を倒す運命を背負わされた転移者の青年と、腹ペコ吸血姫の少女の物語は始まった。
気の抜けた物語でも一つ書きたくなって超短編を書いてみました。
続きは特に予定しておりませんので、これにて完結です。
きのこと言えば、今年初めてクリタケというものを食べまして、想像以上においしかったと今でもよだれが出そうです。
最後までお読みいただきまして、誠にありがとうございました!
他作品「R.I.B.L.A /(リベラ)」も是非よろしくお願い申し上げますっ!