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ITEM TEXT  作者: なりそこない
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パンくず

一話目。どうぞ温かい目で


【パンくず】

遺体が握り締めていた、乾いて崩れかけのパンくず。それ以上でもそれ以下でもない。ただ、もし貴方が怖気付いたなら、これを片手に道を戻ろう。不思議と、帰路がわかるはずだ。

─────────────────────


「本当に、行くんだね?」


「ああ。きっと、母さんが誇れる騎士になるよ」


心無しか沈んだ母親の声を、男は振り向かずに受け止める。木漏れ日の差し込む早朝、一人の若人は鎧を着込み、一人前の騎士に成ろうとしていた。


この田舎町から王都まで、一日二日では効かない旅路に、男は乗り出そうとしていた。母と息子。今生の別れになるかもしれない二人は、互いに背を向けたまま、一言一言を噛み締めるように会話を続ける。


「母さんには感謝してるよ。一人でここまで育ててくれたし。この鎧だって、今までの労働の対価だって言ってたけどさ、俺の働いてきた分の給料じゃ足元にも及ばないくらい高かっただろ?」


「ふん、黙って貰っておけばいいんだよバカ息子。金槌で釘じゃなく親指ばかり打ち付けてたクソガキが、いっちょ前の事を言うようになりよって」


「そのクソガキを街一番の大工に育てたのは貴女だよ」


男の文言に、母親は沈黙を返す。背後に感じる彼女はまるで死にかけの老婆のようで、彼が後ろから見てきた背中の持ち主だとは、どうしたって思えない程に弱々しかった。


「……もう行くね、母さん」


「……さっさと行きな」


精一杯力を込めたその言葉に背中を押される形で、男は家を後にした。


空は雲一つ無い快晴。旅立ちには絶好の空模様だ。無骨な鉄の鎧に突き刺さる日差しを感じながら、男は進む。己を騎士とする旅路を。


歩いて歩いて歩いて、鎧の重みに足が止まり、それでも歩いて、谷を越えて山を越えて。


襲い掛かる獣に追いはぎ、盗賊たちを蹴散らして、なお休まずに歩いた。歩いて歩いて歩いて、ふとたどり着いた湖のほとりで、男はついに、前のめりに倒れこんでしまった。


出発から四日とちょっと、一度も止まらず歩き続けた彼の体は、ついに白旗を上げてしまった。


男は地面に倒れ伏し、湖面にすがるように手を伸ばす。のどが渇いた。もう随分と、何も口にしてない。


(……父は私と母を置いて、この騎士としての道に足を踏み入れた。騎士の道を。そしてそのまま死んだ。すべてを置いて、そのまま)


男は、顔も覚えていない生みの親を思い出す。村の稼ぎ頭だった癖、村一番の貧乏人と結婚し、夢に魅せられ死んだ阿呆。結果として食い扶持が増えただけであったというのに、母は決して、その男を悪く言うことはなかった。


(俺は決して、父さんの二の舞になるために生まれてきたんじゃない…!)


男はもがいた。生きるために。あのたくましい母親の頬に、二度も涙を伝わせぬために。


もはや体は動かない。立てやしない。指先と腕が、不格好に震える程度だ。しかしそれでよかった。転んだ拍子に飛び出した肩掛け鞄が、その口を開けてこちらを見ているのだ。


(何か、何かないか!)


男は最後の力を振り絞り、鞄の中をまさぐる。薬草に数枚の銅貨、空っぽになった水筒、平たくなって久しい干し肉入れ。いくら手を伸ばしても、飢えを満たせるようなものは一向に見つからない。


死。恐れていた最悪の可能性が、いよいよ現実味を帯びて襲い掛かってくる。


(俺は、死ぬのか?なにも為せずに……ん?)


あきらめかけていた男の手に、なにか柔らかいものが触れる。何の気なしに引っ張り出してみる。


「!」


男は目を疑った。顔を出したそれは、一個のパンであった。ろくな保存もされず押し込まれていたのに、不思議と形を保っている。


「…いくら俺がねだっても、一欠けらしかくれなかったのに」


端をちぎって、兜の隙間から放り込む。味付けもなにもされていない、みすぼらしいパンくずのほのかな甘みが、体中に染み渡った。


──こら、一日一かけらだと言ったろ!


何時ぞやの叱り声が聞こえてくるようだ。


「母さん、俺、騎士になるよ」


空高く上る三日月を見上げて、男は一人、そうつぶやいた。


文章力はともかく、アイテムテキストのそれっぽさは日々磨いていきます。評価があれば作者は持久力の続く限り転げ回ります。

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