予想外の来客
コンコンコン。
扉を叩く音が部屋に響く。
「入っていいですよ」
私は本を片手にそう言った。
確か今日はスレイナ君の代理である准教授が訪れるはずだ。
一期一会と言うように、私はその准教授と会うのがとても楽しみだった。
かれこれ100年ほど、この学園で教鞭やら学園長やらをしてきたせいでいつも会うメンツが決まってるからだ。
もちろんこの学園にいて、いつも通りの人物たちといつも通りの生活をすることが嫌と言うわけではない。
むしろ神に感謝しなければならないぐらい幸せだ。
ただ、初対面の人物と会うというどんな言葉でも表せない感覚を私は忘れてしまっていたのだ。
久しぶりの初対面の相手ということで昨日からまともに寝付けなかった。
もう100年以上生きているというのに、恥ずかしいものだ。
一体、どんな人物なのだろうか。
そんな考えがよぎって、今も本の内容があまり頭に入ってこない。
「失礼しま~す」
その人物はドアを開け、そう言いながら入ってきた。
聞き覚えのある声、見覚えのある容姿と動きの癖、そしてひときわ輝く銀ともとれる白色の髪。
その人物は、私が初めて会う人物ではなかったようだ。
ただ、とてもうれしい来客だった。
「初めまして、学園長さん♪」
その人物はかつて問題児であった奇才の教え子だった。
「はぁ……ハハ…」
呆れを通り越して、笑いが込み上げてくる。
「…スレイナ君の推薦だからまさかとは思っていたけどね…。君だとは思いもしなかったよ。ウェンリース、いや白隠の魔女君?」
もしかしたらここ数十年で一番嬉しかったまであるかもしれない。
「あの堅物教授が学園長にまで昇り詰めてるなんて、時の流れは早いですねぇ。先生?」
成長した問題児はニコニコの笑顔でそう問いかけてくる。
何十年も前に飽きるほど見させられた笑顔だ。
「君も学生時代とは比べ物にならないほど成長したようだね。特に魔力の質が段違いだ」
彼女の周りを漂う魔力は学生時代のとは全くと言っていいほど質が違った。
「まぁ、私もいろいろとありましたので。先生も全体的に白くなりましたね。主に頭部が」
笑いながら、彼女は自分の髪を指さす。
白銀の髪は照明の光を反射させ、きらりと光っている。
「これでやっと私とお揃いですね」
「フフ、君の白さにはかなわないよ」
こんな言葉の掛け合いも何十年ぶりだろうか。
私はゆっくりと本を閉じ、彼女を視界の正面にとらえた。
「…それで、君が新しく准教授としてやってきた『レンティ・ヴァーディウス』君で間違いないかな?」
「書面上だとそうですね。書面上だと」
彼女は釘を刺すようにそう言う。
「君にはスレイナ君の代わりとして講義をしてもらうわけだが…、スレイナ君から何か伝えられたかい?」
「…いや、何も」
「講義内容もかい?」
僕の質問に彼女はコクッと頷いた。
「これは困ったものだね…」
「先生はスレイナからなんか聞きました?」
「残念ながら、一度もないね」
「…はぁ……」
彼女はため息をついた。
昔は彼女の方がしょっちゅうため息をつかれる側だったが、今ではすっかり入れ替わっているようだ。
二人で困り果てていると、私にある一つの考えが浮かんだ。
「…提案だが、君の初回の授業は肩慣らし程度に君の実力を生徒たちに示すのはどうだい?」
私はそう言った。
「実力を示す…?」
「多分、臨時の准教授と聞いて大勢の生徒は興味半分、貶し半分の状態だと私は思うのだよ。それも紅蓮の魔女であるスレイナ君の代理だとしたら、それこそ期待やら『どうせ代理なんだからしょぼいだろう』やらの感情を持っている者も少なくないはずさ。そんな彼らをぎゃふんと言わせるって魂胆さ」
実際にスレイナ君も実力を見せつけることによって、バカにしてきた生徒たちをぎゃふんと言わせていた。
スレイナ君の代理であるグレイア君であれば、彼らをぎゃふんと言わせることなど造作もないだろう。
「…そこまで、うるさいんですか?その生徒たちは」
予想外の返答だった。
昔の彼女であれば、嬉々として私の提案に乗ってきていただろう。
質問をするなど以ての外、面白そうであれば何であろうとすぐさま食いついてくる、昔の彼女はまさに空腹時の猛獣のような存在だった。
ただ、今の彼女は腕を組みながら冷静な眼で何やら考えている。
数十年前じゃ、考えられない光景だ。
「ま、まぁそうだね。スレイナ君が初めて講義した後なんて、新しい教授だからといった理由でケチをつける人物が複数現れたそうだからね」
「……そうですか…」
彼女は少しの間黙りこんだ。
「…とても、スッキリしそうなやり方ですね。それはそれは、とってもスッキリと」
彼女はとってもニッコリとした表情でそう続けた。
私は悟った。
この数十年の間、彼女は何も変わっていなかったのだ。
彼女は数十年前の彼女のままだった。
先ほどの冷静な眼も、腕を組んで考え込む姿も、大方『どうやってぎゃふんと言わせてやろうか』と考えていたのだろう。
提案した身ではあるが、彼女に少しでも期待した私がバカだったようだ。
ただ、何も変わらない彼女のその姿や表情に少しだけ安心した自分もいる。
「…君は何も変わっていないようだね」
安堵と呆れの混じった表情で私はそう言った。
「逆にあの問題児が変わってたら、それこそ世界がひっくり返るんじゃないですか?」
…この返答の仕方、やはり昔のグレイア君と何も変わらないようだ。
魔法の実力、嫌味と嫌味に対する返答だけは本当に一流だった少女は、そのままの姿で成長していたのだった。
目の前の白銀の美女は『何か問題でも?』とでも言いたげな顔をして首をかしげている。
「…はぁ」
私はボソッと小さくため息をついた。
このため息の感覚も数十年前と同じだ。
「それで…君の担当する講義についてなんだが、朝の6時半から夕方の16時まで続くんだよ」
「…そんなに長いんですか……」
「まぁ…代理って形で来ているしね…。スレイナ君のしていた仕事を全てを引き継げとは言わないが、講義は最後までしてほしいんだ」
スレイナ君のしていた仕事を全て引き継ぐのは流石の私でも難しい。
普通の人間じゃ到底引き受けられないであろう量だった。
「というか、6時半って結構早いですね…私が学生の頃は早くても7時後半だったのに」
「近年だと自分も世界に貢献したいっていう真面目で勉強熱心な生徒が多いものでね。やる気のある人物は6時半からの講義受けてもいいようにしたんだ」
「へぇ…そんなガk、生徒が増えてるんですねぇ。教授とかの負担が増えそうですけど」
これから教鞭をとる人物とは思えない単語が聞こえた気がするが、まぁ聞かなかったことにしよう。
それよりも、相変わらず痛いところをついてくる教え子だ。
実際、彼女の発言通り、仕事の量が増えた教授たちは寝る時間を費やしてまで講義をしてくれていた。
「…そこは給料増やしたり、有給とか、で何とかするしかないのだよ…」
彼女も理解は示しながら、少し怪訝そうな顔をした。
「…まぁ、准教授になりたいっていきなり言ったのは私ですし、ちゃんと最後まで真面目に働くので、そこは心配しなくても大丈夫ですよ」
やはり、私が心配をしていたことはバレていたようだ。
教授の仕事が面倒すぎて、いつかグレイア君もやめていってしまうのではないかと思っていたが、少し安心した。
昔は誰も視界に入れず暴走列車のごとく突っ走っていた奇才の少女も、今では人に気を使うことができる立派な人物になったものだ。
「…それよりもグレイア君。もうこんな時間だけど私と呑気に喋っててもいいのかい?」
「え?」
彼女は壁にかかった時計へ振り返った。
時計は6時15分を指している。
「もうこの時間帯なら講義室に生徒たちがいてもおかしくはないだろうね」
「……」
見えているのは後頭部だけだったが、彼女の顔から一気に元気がなくなっていくのが分かる。
「…じゃ、じゃあ…私は講義の準備があるので~…」
彼女は青ざめた顔をしながらそう言って、部屋を出ようとした。
「17時ぐらいになったら、またこの部屋に戻ってきてくれよ」
「…は~い……」
彼女は肩を少しだけ震わしながら、部屋を後にした。
学生時代には一度も見られなかった彼女の姿に少しだけ笑みが浮かんだ。
じゃじゃ馬の少女も成長すると『緊張』と言う感情を学んだようだ。
彼女が出ていった後、私は窓の外を覗いた。
その先には登校してきた生徒たちでいっぱいだった。
「懐かしいな、私がまだ教授だった時代が…」
少し物思いに吹けた後、私は再び本を読み始めた。
そう言えば書き忘れてましたが、この作品の世界観だと普通の人間でも100~150年ぐらい生きます。
魔法使いとか魔族の血を引いてたりすると一気に跳ね上がって、300年とか生きる人物もいます。
今話で登場した学園長さんも現時点で100年近くは生きてます。
ちなみに今のところの主人公サイド(グレイア、スレイナ、エリス、アレイア)の4人は300年以上生きるんじゃないですかね?1000年近く生きててもおかしくない人たちですし。
ただ、そんなに長寿な世界線であろうと、病気や外傷を負ったりすると普通に死にます。
「心臓刺されて出血多量で死んだわ~」や「ガンなったから死んだわ~」は余裕であり得る世界です。
回復魔法や回復道具を使わない限りは現実の人間と同じく、死にます。
ま、主人公サイドを簡単に死なせてやるわけないんですけどね。
主人公たちは寿命で死ぬまで、永遠に作者の奴隷となるのが基本なので。
ん?『ネレス君はどうなんだ』って?言わなくても分かるだろ?ドラゴンやぞ?
以上、今話のsky_a一言コメントでした~。