モノクローン
ネレスとエリスが出会う少し前。
ケレディック・アカデミア校内にて。
「…どこ…ここ?」
グレイアは絶賛迷子であった。
「昔はもうちょっとシンプルな作りだったような気がしたのだけれど…」
困惑した顔で頭を掻きながらそう言うグレイア。
それもそのはず、グレイアがこの学園にいたのは数十年前。
彼女が引きこもっている間に、王都もケレディック・アカデミアも進化をし続けていたのだ。
「教室の場所は変わってないみたいだけど…そこへ続く廊下の位置が変わってる…」
学園長室へと向かいたいというのに全く近づいている気がしない。
過去に行ったことのあるダンジョンよりも迷宮だ。
「はぁ…スレイナに聞いとけばよかった…」
完全に脱力した状態で柱に寄りかかるグレイア。
幸運なことにまだ朝早い時間であるためか、人の気配はなかった。
(周囲の地図が分かる魔法ってあったっけなぁ…)
グレイアがそんなことを考えながら、休憩をしていると右奥の方から気配がした。
「!」
(こんな時間に人が…!?)
今はまだ午前5時半。
普通の人間であれば、まだ夢の中にいるような時間帯だ。
こんな時間に起きてるなんて、教師かそれとも優等生ぐらいだろう。
「?そこにいるのはどなたでしょうか?」
柱の裏にいるグレイアの存在に気が付いたのか、その人物は声をかけてきた。
声質的にまだ若い女性だ。
(透明化と絶魔を使っておけばよかった…)
心の中でそう落胆しながら、グレイアはその人物の前に出た。
「まさかその距離でバレるとはね…」
諦めた顔をしてそう話すグレイア。
顔を挙げたグレイアは驚嘆の表情を見せた。
視線の先に、まるで昔の自分をそっくりそのままコピーしたかのような少女の姿があったからだ。
その少女もまた、グレイアの姿を見て驚きの顔をしている。
白銀の髪、水色の眼、制服の着こなし方、声までも、全てが過去の自分にそっくりだった。
「う…そ……」
少女は口元に手を当て、驚いている。
彼女が片手に持っていた書類やら教科書やらがドサッと落ちる。
「貴方……もしかして…」
グレイアが何かを喋りかけた瞬間、少女はグレイアの手を引っ張り、近くの教室へと連れ込んだ。
「ちょ、ちょっと!いきなり何!?」
「…白隠の魔女ってご存じですか?」
バタンと扉を閉じて鍵を閉めた後、少女はそう問いかけてきた。
「まぁ…噂では…だけど」
心当たりしかないグレイアは目をそらすことしかできなかった。
「では…、その魔女が王の娘だったってことはご存じですか…?」
「……!」
(まずい…!この子…私の正体を…!)
「誤魔化しても無駄です。いつか会えるとは思ってましたがまさかこんなにも早く会えるなんて。貴方もそう思いませんか?御姉様?」
自分と何もかもがそっくりな少女は少し微笑んだ。
「貴方が王都を去ってから、王も女王も絶望に暮れました。それは家族としての感情ではなく、後継ぎであり有望な駒でもあった天才の娘を喪失したからです」
少女は休む間もなく、話し続ける。
「貴方も薄々、感づいてるのでしょう?王と女王、そしてその側近たちは貴方が王都を去ってから、何かにとりつかれたようにとある研究に没頭したんです。そしてしばらくして、その研究は完成しました。完成した研究の名は『クローンの作成』」
「…!まさか……」
「やっと理解しましたか?私は貴方、いや、御姉様のクローンとして生を受けたのです。数十年前に王都を去った世紀の大魔導師、『白銀の魔女』の代わりとしてね」
信じられない。
自分が王都を離れ、冒険やら森で引きこもるやらしている間に王宮はすっかりと変わっていた。
それも、絶望的な方向で。
「信じられないとは思いますがこれが事実です」
目の前の少女の眼が白銀へと変わった。
その眼色の変化は自分『グレイア・ウェンリース』にしかできない芸当だ。
目の前の現実に、何も声が出せないグレイアだった。
「私は貴方の妹として、この学園にいます。第二王女『アレイア・ウェンリース』としてね」
自分が重責から無責任に逃れた結果、目の前の少女がいる。
「…ごめん……」
グレイアは少しの沈黙の後、謝った。
「…?」
アレイアと名乗った少女は何について謝られたか分かっていない様子だった。
「私のせいで、貴方に苦労を掛けたと思って」
「御姉様…」
アレイアも少し沈黙する。
「心配しなくても大丈夫ですよ。別に御姉様に復讐しようとは微塵も思っていませんので」
何とできた妹だろうか、あのクソみたいな両親のもとで育ったとは思えない。
アレイアのその言葉でやっと落ち着きを取り戻した。
「…それで…?あのクソジジババどもは?」
グレイアの眼は普段の眼へと戻った。
凛々しく、したたかで、力強い目つきへと。
「あの二人は、あの二人とその側近たちは全員洗脳されました」
またもや、驚きの事実が浮かび上がった。
「私を創り出したのもその洗脳のせいです」
「一体、誰に?」
「…アルカディア教です」
聞いたこともない名前の教団だった。
「…如何にも邪教みたいな名前ね」
「私もアルカディア教の実情については知りません…。度々王宮に訪れる教団の幹部からしか情報は得られないので」
「…学生のアンタじゃ動ける範囲も狭まるしね。どんな感じで洗脳されてったの?」
「大臣の一人がアルカディア教の信者だったのか、それとも洗脳されてたのかは定かではありませんが、その大臣によって内部から王宮は洗脳されていきました。そして教団はクローン作製の技術を国王に伝えたんです」
「…なるほどね……。ただ、良かったわ」
グレイアは安堵のため息をつき、そう話す。
「?何がでしょうか?」
「いや、貴方が洗脳されてなくて良かったってだけ」
グレイアはアレイアの頭を少し撫でてにっこりと笑った。
「…。これでも私は白銀の魔女のクローンですし…///」
アレイアは照れながらも頭を撫でる手を遮った。
「それで、その洗脳ってのは解けそうなの?」
「…」
アレイアは黙る。
「…聞いた方がバカだったわね……。その教団の力は今はどこまで?」
「…残念ながら王宮内だと私と私の使用人を含めた数人以外は全員………一応、王都全体までは広がってはいませんが時間の問題だと…」
「……う~ん…」
「ただ、王都全域となると洗脳の質も下がると思います。そこを狙って広範囲の解除することはできるとは思いますけど…」
師匠から教わった広範囲の洗脳解除の仕方を思い浮かべるグレイア。
(ふてくされながら聞いてたけど、まさかここで使うことになるかもしれないとはね…)
「…ゴキブリ…いやウイルスレベルでうっとおしいわね…ホントに今はどうしようもないって感じ?」
「現状はそうです。ただ、アルカディア教の連中には私も洗脳されてるようにふるまってまして、そこから解決の糸口を探してみようと思います」
「…流石私の妹、と言ったところかしら?」
グレイアは再び、アレイアの頭を撫でた。
「ちょっと…///!」
アレイアは再び自分の頭を撫でる手を遮った。
「…というか御姉様は何故アカデミアに来たのですか?もう卒業したはずでは?」
「実はスレイナに准教授として代わりに教鞭をとって欲しいって言われてね…」
グレイアは頬を少し掻くそぶりをしてそう答える。
「スレイナって、紅蓮の魔女で有名なあのスレイナ教授ですか?」
アレイアは驚きの表情を見せる。
「そうだけど…アレイアってあいつに顔を見せてたりする?」
「まぁ…教師と学生ですし…一度は見られてるとは思いますけど…」
「ふーん…じゃあアレイア、友達とかは?」
そう聞いた瞬間、アレイアの動きがぴたっと止まった。
「う˝っ…」
王女とは思えない声がアレイアから出た。
「その反応だと少ないって感じかしら?」
「うぅ…そうです…」
先ほどまでの威厳と自信たっぷりの頼りがいのある妹の面影は一瞬にして消えた。
「まぁいないよりかはマシよ。私なんて学生時代はスレイナ以外の生徒とまともな交流したことないんだから」
「…だから引きこもりになったんですか?」
「その嫌味…ホントに私のクローンなんだなって…」
「姉譲りの嫌味術ですよ」
フフンと言った感じで胸を張るアレイア。
胸部付近を見ると性格以外にも違うところを発見したグレイア。
「何ですか、その眼。妹の胸をジロジロ見るなんて」
「いや、私のクローンでも違うところはあるんだなって」
グレイアはアレイアの胸を見ながらそう答える。
「姉妹だとしてもセクハラですよ?」
「まぁ…その…数十年もすれば私みたいに大きくなるから…」
「御姉様の場合、長年引きこもってたせいで胸部に栄養が過剰にいきわたっただけですよ」
「ふ~ん…」
「へぇ…」
二人はお互い『こいつ、やるな』と言った眼と顔をする。
「…こんなところで争ってる意味もないですね…御姉様はどこへ行かれる予定なんですか?」
アレイアのその質問で現実へ引き戻されるグレイア。
「あっ、学園長に挨拶しに行くんだった」
「もしかして時間過ぎてたりします…?」
グレイアは部屋から飛び出し、廊下にある時計を確認した。
時計は午前5時50分を指している。
「ほっ…」
胸をなでおろしながら、グレイアは安堵した。
と同時に、あと10分でこの迷宮のような学園の中から学園長のいる部屋を見つけなければならない事実にも気づいてしまう。
「アレイア!学園長の部屋ってどこか分かる!?」
「言うと思いましたよ…」
アレイアは渋々、グレイアの介護を務めることとなった。
まだまだ、グレイアの『ケレディック・アカデミア』と言う名のダンジョン探索は続くのだった。
何やら闇が深そうなアレイアちゃんの環境ですが、作者本人である僕でも『よく捻くれなかったなぁ』って思います。
クローン系でよくある『クローンがオリジナルに対して復讐をしようとする』展開も考えたんですが、『うーん?なんか違うなぁ。同じ容姿の二人が殺し合うのも嫌だし…』って思ったのと、ネレス君に至っては多分アレイアちゃんを攻撃できないと思ったのでやめました。
敵キャラはどす黒い悪と黒幕だけでええねんな。
後、今話のタイトル結構気に入ってます。
『単色』っていう意味の「モノクローム」と『複製』って意味の「クローン」で『同じ容姿で同じ色の複製』っていう二重の意味を作る。
これだから日本語はやめらんねぇぜ!
ってことで、以上、今話のsky_a一言コメントでした~。