化け物と化け物
…目を覚ますとそこは知らない家の中だった。
「確か、俺は…変な騎士に襲われて…」
自分の手を見てみると、そこには頑丈な鱗に覆われた見慣れない小さな手が見える。
「やっぱり…本当に俺はドラゴンになったのか…」
俺は頭の中で、ある記憶を思い出しながら、そう物思いにふける。
『お悔やみ申し上げますが、貴方は死んだのです』
女神から開口一番に放たれた言葉だ。
神界の奴らの凡ミスで俺は死んだことになった。
だからその責任を負ってあなたを転生させる。
そんな話だった気がする。
そしてふたを開けてみればこの姿。
俺は『誰にも屈しず、誰にも負けず、誰にも従わずに済む生物にしてくれ』と頼んだのに、実際はあの黒い騎士にすらやられる始末。
次会ったら一発殴ってやりたいが、この身体じゃまともな拳は繰り出せないだろう。
「というか…ここはどこなんだ?」
気絶している間の記憶はほとんどなかった。
騎士に連れ去られた、とは考えにくい。
あの騎士は確実に俺を殺しに来ていたからな。
兜越しに見えたあの紅い眼は殺意にあふれていた。生け捕りにするなど以ての外なのだろう。
となると、誰かが助けてくれたのか…?
おれの凡庸な頭ではそれぐらいが限界だった。
「…痛っ!」
俺が少し体を動かすと痛みが走った。
騎士に付けられた切り傷の痕から痛みが伝わる。
ん?痕?何でだ…?……確か、結構ザックリと騎士に斬られていたはず…。何でもうすでに痕になってるんだ?
ドラゴンの再生力…?いや、そんなに再生能力が高いなら騎士との戦闘中に傷がふさがっていくってことが起きていてもおかしくはない。
混乱が混乱を招く。
自分の身体を見ると、どんどん疑問が湧いてきてしまう。
「とりあえず、ベッドから出ないと…」
俺は布団から出て、ベッドから降りた。
フワァ~。
俺の足は地面に着くことはなく、宙にぶらぶらと浮いた。
この常時浮遊能力はドラゴンの能力らしい。
ドラゴンに転生したての頃から無意識にできた行為だ。
ふと、ベッドの横にある大きな鏡を見る。
そこには子犬より少し大きいぐらいのドラゴンがふわふわ浮いている。
「思ったよりもちっちゃくて可愛いし、かっこいいな…」
うぬぼれでしかなかったが、ちっちゃいのは事実だ。
俺がそんなことを考えながら鏡を見ていると、突如扉の外から階段を上ってくる音が聞こえる。
俺は咄嗟にベッドの下に隠れる。
初めてこの小さな身体が役に立った瞬間でもあった。
そして俺は隙間から扉を見つめた。
扉を開けて入ってきたのは齢20前後ほどの白銀の髪をした女だった。
ドラゴンを匿ってから数時間が経過した。
未だに空は暗く、外は月の光で照らされている。
あれ以降、ずっとドラゴンの傷を回復魔法で治したり、看病をしているが目を覚ます様子はない。
「一度でもいいからドラゴンと話してみたいのに…」
私は肘をテーブルにつきながら、そう呟く。
例え引きこもりでも私は魔女だ。
興味に対する探究心は人一倍は持っていると自負している。
「とりあえず様子でも見に行こうかな…」
ただ単にドラゴンの寝顔を見たいという小さな理由ではあったが、私は階段を上った。
扉をガチャリと開けると、視界にドラゴンの姿はなかった。
部屋に残ったのは、何者かが出たような布団の形跡とドラゴンの匂いだった。
「……」
人間、まずい状況に陥ると逆に冷静になると聞いたことはあったが、こんな形でそれを体感するとは思わなかった。
私はまず窓を調べる。
鍵もかかっているし、誰かが開けて出た魔力の跡もない。
「てことは…」
部屋の中。そこにドラゴンが隠れている。
そう考えるのが順当だろう。
といっても、部屋の中に両腕で抱えられるほどの大きさの生物が隠れられるような場所は一つしかなかった。
そう、ベッドの下だ。
ドラゴンが擬態能力を持っていなければ、そこ以外に隠れられる場所はない。
「……うーん。どこにいるのかなぁ…まるで擬態しているみたいだな~」
私はドラゴンに聞こえるような声でとぼける。
多分、ドラゴンも理解したのだろう。
ベッドの下からビクッというような感じで気配がした。
「………見つけた!!!」
私は素早い動きでベッドの下に手を伸ばし、何かを掴んだ。
その何かは激しく抵抗していたが、その抵抗も虚しく、光の下に照らされた。
「へぇ、思ったよりも可愛いじゃん」
ドラゴンの両脇を両手でつかみ、私はそう言った。
やっぱバレるよな~…。
俺は自身を掴み抱き上げる魔女を見ながらそう思った。
本当にこの魔女が自分を助けたのだろうか。
そう思うぐらい、魔女の見た目は若かった。
俺の感覚でも20前後にしか見えない。
でもドラゴンという魔獣になったから分かる。この魔女がバカでかい魔力を持っているということを。
まるで魔獣である俺を威嚇するかのように、魔女の周りを白銀の魔力がうねっている。
目をキラキラ輝かせながら俺を掴む魔女。
あの黒騎士に勝つほどの実力を持っているであろうこの魔女。
こいつの機嫌を損ねるのはのはいい選択じゃない。
そう思っていると、魔女がこう語りかけてきた。
「あれ?あなた、話さないの?」
…?…話さないってどういうことだ?
一瞬、引っ掛かった点もあったが俺はその問いかけに返答する。
「その前に脇を掴まないでくれよ…」
俺がそう答えると魔女はたいそう目を丸くしながら俺から手を離した。
俺はふわりと宙に浮く感覚を取り戻す。
相変わらず動きにくい身体だ。
「アンタが、俺を助けてくれたのか?」
そう俺は質問をした。
今思えば、この出会いが後の命運を分けるとは思ってもいなかったさ。
この白銀の魔女との出会いがね。




