拝啓、私、弟子ができました
俺は先生に出会ってから、違和しか感じなかった。
先生の目を見た時にあったあの眼の模様を見てから、その違和感は強まっていった。
食堂の隅のテーブルで先生に話しかけられた時、違和感は最高値に達した。
…そしてすぐにその違和感の正体が『絶望』という名の運命だということを知った。
先生の口から放たれる言葉全てが自分にとって衝撃だった。
先生の正体が魔ノ十二傑で最強と謳われていた存在『白銀の魔女』だということも、『白隠の魔女』として今も魔ノ十二傑にいることも。
そしてそんな人から教えられたのが、俺の未来に待つ悲惨な運命。
自分が先生と同じ眼を持っていること、その眼は持ち主の体を蝕んで別の生命体へと変貌させてしまうこと、俺は身体の内部からそれに侵食されていてあと少しで完全に支配されてしまうこと。
自分の置かれている状況を知らされて、俺の感情はごっちゃになっていた。本当は自分の運命を知らされたときに泣きたかったし、目の前にいる先生に縋りたかった。
でも耐えた。ここで泣いたら、この眼に負けた気がしたから。
おそらく、その時の俺は無意識に先生に対して助けてほしい顔をしたのだろう。それか先生が俺の表情からそれを読み取ったのか。
…俺に救いの手を差し伸べてくれたのは天使でも神でもない魔女だったんだ。
先生は俺を救うことが自分の使命とまで言ってくれた。別に先生のせいでこうなったわけでもないのに、何故先生がそこまでしてくれるのか俺は分からなかった。
多分、この眼を制御するまでの過程で俺はこの上ない苦痛を味わうこともあるだろう。『あのまま支配されてればよかった』、そう思うこともあるだろう。なぜなら僕は先生のような天才でも最強でもない、ただの凡人だからだ。
でも俺は生きる。生きる選択肢を選ぶ。夢すらも叶えないままこの眼に飲み込まれてたまるか…!
俺に残されたのはこの非情な現実を受け入れ、それに全力で抗うのみ。
目元から流れそうな涙を腕で拭い、俺はグレイア先生に視線を向けるのだった。
【グレイア視点】
ガレル君に真実を伝え、彼の運命と彼の置かれている現状を教えている時、彼は少しだけ泣きそうな顔をしてた。
常に視線を少し下の方に向け、耳は私の話に集中し、混乱に塗れた目の焦点はどこに合っているかも分からない。過去に何度も見たことのある『絶望にどうにかして抗う方法を模索している人間』の姿そのまんまだった。
…まぁ、まだ始まったばかりの自分の未来・運命・希望・夢、それらを一瞬にして粉々にされて、『絶望』という名の大きな壁を目の前に突き付けられるんだからそうなってもおかしくはないのだけど。
ただ一つ確実に言えることとして、私の援助を再確認し覚悟を決めた時の彼の眼は、誰でもない彼自身の目だった。メビウスの眼でも残禍の眼でもない、ガレル君自身の瞳だ。
あの出来事が起きてからすぐに私はガレル君を弟子として取ることに決めた。
主な理由はガレル君が『メビウスの眼』を持っていることを知られないようにするため。
彼が眼の力を乗り越える手伝いをしている間、私には彼を魔法界の闇から守る義務が課される。もちろん教師として彼を守る義務もある。
ただ公的な脈絡も無しに彼と一緒に居過ぎるといろんな憶測が飛びかねないし、何よりも処理が面倒くさい。そのため、彼のことを弟子に取れば『師として一緒にいる』っていう正式な理由ができる。
もちろん簡単に口外しないことを約束した。
実は弟子を取るということ自体はガレル君が初めてだったりする。
まぁそれは、今までの私の人生が『死と隣り合わせの、弟子なんていたらすぐに死んでしまうような人生』だったからなのだが。
弟子に対しての向き合い方や教え方などは素人同然だけれども、何とか私の師匠がやっていたことを思い出して食らいついていこうかな。
そんなことを思うのだった。
ちなみに「ガレル君を弟子にしたい」って伝えた時の彼の反応は面白かった。
「…無理っす」
数秒間の動揺による沈黙の後、彼は今までの会話で一度も使わなかった語尾で拒否してきた。理由を聞いたら「『魔ノ十二傑』の弟子になるのが何となく怖い」ということだった。
「でも少しでも私があなたのそばにいないといつ飲み込まれてもおかしくないんだよ?それに眼の力を乗り越える手伝いもしづらいし。貴方を弟子に取っておけば一緒にいる理由が生まれるでしょ?」
私にしては優しい口調で言ってはいるが、簡単に言えば「私の弟子にならないと死ぬぞ」って感じの脅しに近い。
「う~~~~~~~~~ん…………、…う~~~ん…………これからよろしくお願いします…」
半ば強引な説得に折れたのかガレル君数十秒うなってから、そのことを了承した。
てことで「私の人生初の弟子、ガレル」が生まれたのだった。
その後私は、ガレル君に「後でもう一度私のとこに訪れるように」と伝えてから学園長室へと向かった。
もちろんガレル君の眼についてケイガス先生に相談しに行くためである。
コンコン。
少し小さくノックをしたが中からの返事がない。
「失礼します」
私が部屋の扉を開けるとそこには真剣な表情をしてケイガス先生に詰め寄っているアレイアの姿があった。
「お姉様がこの学校で教鞭を取るということを何で私に黙っていたんですか…!」
どうやら私についての会話の途中だったようだ。
「まぁまぁ落ち着きたまえアレイア君。それに別のお客さんが来たようだしね」
ケイガス先生は私の方に目をやり、アレイアをなだめている。
「もし私の姉に何かがあったらどう責任をとr……」
アレイアは腕を組んでぶつぶつと文句を言いながら振り向き、『お客さん』の姿を見た瞬間動きが止まった。
「はーい。早朝ぶりねアレイア」
私はそう言いながらアレイアに近づく。もちろん近づくついでに頭も撫でる。
「流れるように頭を撫でないでください!」
「ふへへ、昔の自分を可愛がってる感じが何かいいんだよね~」
必死に私の手を振りほどくアレイア。先ほどの驚き顔も今の怒り顔もそうだが、昔の私と完全一致している。
「昔のグレイア君を見ているようでほっこりするね。それに姉妹仲睦まじい様子で何よりだ」
わちゃわちゃしながら揉めているウェンリース姉妹をケイガス先生は暖かい目で眺めていた。
「意外の存在でしたけどね、まぁこんなかわいい妹がいたらクローンだとかどうでもいいんですけど」
「かわいいって…私の姿は昔のお姉様と同じなんですよ…?」
「そこも含めてね?」
私の返事にアレイアは「はぁ…」と言った表情で返す。
「それで、グレイア君は何をしに来たんだい?どうやら大事があったようだけども」
「大事があったのは事実ですけど、ケイガス先生は何でそれを知ってるんです?」
「君のその額の汗だよ。どんな状況でも飄々とした澄んだ顔で乗り越えるあの白銀の魔女である君が、そこまでの冷汗をかく。それ即ち何かしらの大事の対処のために『時間そのものの遅延』を長時間使った証拠さ」
流石、十年ぐらいも私の首にリードをつけれていた人だ。全てが合っている。
というよりも元教え子の額の汗の量まで見て、尚且つその汗の量から使用した魔法とその使用時間まで特定するってこの人もいろんな意味でぶっ飛んでるな。
「探偵に転職した方がいいんじゃないですか?」
「ハハハ、それじゃあ給料が下がってしまうだろ?それに僕のこの観察眼は問題児である君とスレイナ君に育て上げられたものだしね」
育て上げた当事者であった私が言うのもなんだが『この学園の生徒』が関わることになるとこの人の観察眼は覚醒するのだ。
「まぁ雑談をするのは後にして、その大事は何なんだい?」
ケイガス先生は真剣な表情へと切り替え、本題について聞いてくる。
「…三人目の『残禍』がいました。それもスレイナと私の持つクラスに」
きまりが悪そうにその時の私はそう報告する。…別に私のせいでそうなったわけでもないのに。
「…そうかい……」
腕を組み何かを考える姿勢をするケイガス先生。
「三人目って…!お姉様と私以外にいたんですか…?残禍の持ち主が…」
「えぇ、それも結構末期よりのね」
「…何とも不運なことか…。その子の名は何と言うんだい?」
「ガレル・アンバーソンという人物です」
名前を聞いた瞬間、ケイガス先生は眼を見開いて驚き、その後沈黙した。
「…」
「ここに来たのは彼について話すためなんです」
私は胸に手を当ていつにもまして真剣な眼で先生にそう伝える。
「彼の侵食状況は昔の私よりもひどいんです。もし私が彼に会っていなかったらそれこそ、このアカデミアが崩壊するのは時間の問題でした」
「…どれぐらい進んでいるんだい」
「5割ほど、下手したら6割にいきそうです。それも過去の私に比べて侵食速度が速い残禍のようです」
「…」
無言のままケイガス先生は頭を悩ませていた。この人がここまで沈黙し苦悩するのを見るのはそれこそ私の眼が発症した時以来だ。
「彼を救う手立てはついているのかい?」
「ついてなかったらそれこそ魔ノ十二傑の名折れですよ」
そんな返事を聞いたケイガス先生は「その手立てとやらを言ってみなさい」って感じでこちらを見ていた。
「…私、ガレル君を弟子に取ることに決めました」
そう口に出した瞬間、ケイガス先生は口をポカーンと開け先ほどの真剣な表情を失ったかのように驚いていた。チラッと横にいるアレイアの様子を見て見たら彼女もまた信じられないという風な表情をしている。
「…君が、ガレル君を弟子に取るのかい…!?」
そこまで驚かれるとは私も心外である。
「何か問題でも?」
まるで私が弟子を取ることが驚くべきことと言われているようで癪に障る。確かに今まで一人も弟子を取ったことは無かったが、別に弟子を取らないとは一言も言っていない。
他の魔ノ十二傑のメンバーは弟子を取ってるんだから私だっていいじゃん。
…ん?あぁ、だからこんなに驚かれてるのか。
「弟子を取るのはいいんだが、君のその頭のおかしい戦闘スタイルと考え方だけは継がせないでくれよ?」
「あくまで残禍の眼の克服を手伝う形の、名を呈しただけの師弟関係ですので安心してください」
「過去の残禍の標的にさせられた挙句、魔ノ十二傑のお姉様の弟子にもさせられるってその方、何とも大変な人生を歩んでらっしゃるようですね」
呆れ顔とも同情した顔とも取れる顔でアレイアはそんなことを呟く。
「私の師匠としての実力を舐めてもらっちゃ困るのだけど」
「お姉様、天才肌っていうのは『凡人に対して〝親身"になって教える』というのが下手糞な傾向にあるんです。御姉様のクローンである私もそうですし」
「グレイア君、昔に僕が君に言ったアドバイスの一つにこんなのがあるんだけど憶えているかい?『君は絶対に弟子だけは持つな』ってアドバイスなんだけどもね」
「これは決定事項なので!魔ノ十二傑としても教師としてもそれ以外の最善手は考えられませんけども!」
私はふてくされた様に腕を組みそっぽを向く。
「ハハハ、すまんね。冗談だよ、冗談。それよりもグレイア君。一つだけそのことに対して聞きたいことがあるんだが」
「はい、何でしょうか?」
「彼はどれぐらいまで知っているんだい?」
…おっと、またもやケイガス先生は真剣な眼をしていらっしゃる…。ここで返答をミスればろくなことにならないだろうなぁ。
多分今の質問の真意、というか一番答えてほしいことは『どこまでガレル君に情報を教えたか』についてだ。
まぁそれもそのはず、この残禍の眼だったり魔ノ十二傑に関する情報に深入りするという行為自体がこの魔法世界の闇に近づくことになる。まだ若く光に満ち溢れたガレル君を私がどれだけ闇に近づけたか、その程度によっては『成れ果て化』の次に悲惨なことが起きかねない。
「…15分の1も教えてません」
「具体的には」
「残禍の眼の真実はまだ教えてないつもりです」
記憶の隅々にまで注意を払い、彼と出会ってからの会話の全てを遡り、出た結論がこれだ。
まだ彼は残禍の眼の真実は知ってない、はず…。彼がその後に自分の目について調べなければの話だが。
「…ただ、彼の好奇心からして真実を知ろうとするはずです。なのでその懸念は時間の問題かと。……彼を残禍の眼の魔の手から救うと決めたのですから、彼をこの世界の闇に近づけてしまうという事実からはどうせ逃げられません。それに昔の先生も言ってましたよね、『過ぎ去ったことを後悔する暇があるなら後悔すればいい。そんな暇がないなら後のことを全力で考えろ』って。今がその『そんな暇がないなら』に当てはまるんじゃないですか?」
「…相変わらず僕の期待以上の回答をするねぇ、君は。僕の降参だよ。不躾な質問をしてすまないね」
「教師としての説明責任を果たしてるだけです。昔の先生に似てるでしょうか?」
「そっくりだよ。スレイナ君と同じで恩師にそっくりだね…。…はぁ、仕方がないか」
ケイガス先生は安堵のため息をつき私の顔にしっかりと照準を当て、後にこう続ける。
「必ずや、残禍の芽を摘み取ってくれたまえ。グレイア…いや、陰に隠れた狂いし白、『白隠の魔女』様」
久しぶりにその二つ名を呼ばれた私は少しの間ポカーンしていた。
そしてそれがケイガス先生の学園長としての本心からの願いだと理解する。
「…えぇ、もちろんですとも。必ずや、我が手でこの眼を摘み取ってみせましょう」
お久しぶりでございます。スカイアです。
今話を書くの結構手こずってしまいましたことをここにお詫びいたします。
言い訳としては全てゲームが悪いです。僕を熱狂の渦に巻き込む神ゲーたちが。
ってことで今話の内容、『グレイアとガレルの師弟化』について話していこうかと。
ガレル君の中に巣食う『メビウスの眼』、別名「残禍の眼」を飼い慣らすために組まれた突如の師弟関係ですがこの関係性、やはりガレル君の今後の人生に大きすぎる影響を与えていくこと間違いなしでしょう。
というより『メビウスの眼』に目をつけられ、そしてグレイアにも目を付けられた時点でガレル君の目指す『普通の生活』は叶わない夢になったんですが。
半ば強引に組まされた師弟関係ですが、実はガレル君にとってメリットしかないのです。自身の崩壊を止められる他、あの魔ノ十二傑の弟子というネームバリューを得て、そして魔ノ十二傑から魔法を教えてもらえるなど。逆にデメリットといえば師匠がグレイアであることぐらいしかないほどです。
それにサラッと組まれたこの師弟関係もこの世界の情勢に大きな影響を与えることになるんです。
ただでさえオーバーパワーの塊たちである魔ノ十二傑の弟子になるということは、魔ノ十二傑の次に力を持った十二人が生まれるということ。そしてそれも魔ノ十二傑最強と謳われるグレイアの弟子になるということは、実質この世界の序列的に言えば13位にあたるんですよね。
自分の知らないところで自分への株やら序列やら期待やらが勝手に持ち上げられていくガレル君。
そんな彼に同情の意を示しつつ、今話の後書きは閉めさせていただきます~。