ガレルの受難とグレイアの受難
「突飛が過ぎるだろ…」
ゼセスから事情を聞いた俺は、呆れの表情をしながらそんなことを言う。
その俺の文句をゼセスは笑顔で、ウィリスは少し恥ずかしそうな顔で受け止めていた。
「いろんな意味で丁度良かったから」
「何がだよ」
ゼセスのふわっとした言い訳にすぐさま俺はツッコミを入れる。
「前々からウィリスとガレルならウマが合うとずっと思ってたんだよ。でも二人を邂逅させる機会が全く無かったからちょっと強引にでも引き合わせようかなって」
「…この距離感バグ野郎が……」
俺の心に変な怒りが込み上げてくる。もちろんそれには『先生に質問しに行こうとした自分の邪魔をした』という怒りもあったが、それとは別に『俺がお前に友達を斡旋してもらうレベルまで落ちてるとでも…!?』という変な怒りもあった。
「…親友を作るにはこうしていけばいいのか?」
先ほどまで黙っていたウィリスも冷静さを取り戻したのかそんなことを聞いてくる。
「やめた方がいいぞ。いきなり『友達になろうぜ!』って言って、ちゃんと友達が作れるのはこいつのゼロ距離コミュニケーションがあってのことだからな」
俺は相変わらず笑顔を含んだ顔のゼセスを人差し指で示しながらそう忠告する。
「なるほど今回限りの参考にならない方法なのか」
ウィリスの理解力が高くて助かった。このままこの方法をウィリスが続けていたら間違いなく碌な問題が起きない。
「それで、返事はどうなんだ?」
…前言撤回、やっぱこいつ理解力ないかも。
初対面での『親友になって欲しい』発言はゼセスのせいだからまぁ許せる。でもそれを踏まえて、俺の動揺やら反応やらを見ての『返事は?』。
確信犯と言わざるを得ない、それか能天気。
「…」
俺は返事に困る。別にここで『Yes』と答えてもいいのだが、そう答えるとゼセスに負けた気分がしてなんか気に食わない。俺がこうして黙って返事を考えてる間にも、後ろのゼセスのにやけ顔が頭をよぎってウザいぐらいだ。
…それに腐ってもウィリスは差別主義者なわけだ。スレイナ先生やレンティ先生のおかげで考え方が変わってそうな様子もうかがえるが、そんな奴と『親友』ってどうなのだろうか…。
事情を知らない生徒たちからしたら俺たちにもヘイトが来かねないような気がする…。
知り合いの先輩や、先生たちにも変な勘違いをさせてしまうかも…。
「ガレル」
俺が頭を抱えていると、ゼセスが念話で話しかけてきた。
「多分ウィリスの評判とかやってきた行為を鑑みての長考だろ?」
その質問に俺は小さく頷く。
「その気持ちは理解できる。でもこいつの差別主義は長年植え付けられた家系の教えのせいなんだ。今のこいつは、スレイナ先生にもレンティ先生にもコテンパンにやられて、家の教えが本当に正しいのか葛藤してる。俺たちが親友になって、こいつに正しい光の道を照らしてやるんだ!」
一瞬、『その計画に何故俺を巻き込むんだよ…』と思いもしたが、俺はゼセスのその計画を肯定することにした。
「分かった。お前と親友になってやるよ」
俺は終始きょとんとした顔のウィリスに向かって、そう告げる。
その返事を聞いたウィリスはいつもの冷静な顔では隠し切れないほど嬉しそうだった。
「ただ条件がある」
喜びの顔をするウィリスと安堵の顔をするゼセスを視界に収めながら、俺は話し始める。
「俺と一緒に、今度開かれる『学年間対抗戦』のチーム戦のメンバーになって欲しい」
俺がそうウィリスに話している間、相変わらずゼセスは笑顔だった。
学年間対抗戦、まぁ名前そのままの意味であり、学年別に分かれて魔術に関する対決をしていくっていう大会だ。
競技は3つ、魔法の撃ちあいである『決闘』、魔術の出来・精度・華やかさを競う『披露』、その場で発表されたお題に合った魔道具を創り、その早さ・精度・お題に沿っているかを競う『創造』。
そしてそれら3つの競技も1人で戦う『個人戦』と3人一組で戦う『チーム戦』が存在し、各学年で4人・4チームのトーナメント形式で進んでいく。
3試合中2本先取で勝利となり、チーム戦では一人ずつ1試合目・2試合目・3試合目と選手を変えなければならない。
その学年でナンバー1となった者・チームは学年代表として他の学年と戦うことになる。このアカデミアは6学年存在するため、個人戦だけ見ても『6学年×4人×1人×3競技=72人』という結構な大所帯になるこの大会は魔法学会でも大きな注目の的になる。
学年首席である俺は、まぁ半ば強引というか『学年首席がこの大会に出ないわけないでしょ~』といった周りの空気に押され、ゼセスとともに『決闘』のチーム戦に出ることになったんだ。
ただもう一人のメンバーが一向に集まらなかった。当たり前だが先輩たちに頼めるわけもなく、周りのクラスメイトに『チームにならないか』と誘っても入ってくれるわけがない。ゼセスの話術、というか言いくるめ力でもどんな人物も入ってくれなかった。
まぁそれぐらいこの大会は注目の視線を浴びるもの、ってことを分かってくれたと思いたい。
それで、そんなこんなで今に至るまで『あと一人…』ってのが埋まっていなかったんだが、丁度目の前に優良物件が転がってきたってわけさ。
こいつの持っている思想は一旦置いといて、魔術の腕は1年の中ではトップクラスでピカイチなウィリス、彼を仲間に引き込めば先輩たちにも引けを取らないであろうチームが出来上がる。
多分ゼセスもそのことを踏まえて、俺とウィリスを近づけようとしたんだろう。
「…そんなのでいいのか?」
ウィリスの返答は俺の予想していた返答と全く違った。というよりも数多の生徒を誘っても撃沈してきたせいで了承されるわけないと思っていたのだ。
せめて、もうちょっと詳細について聞いてくると思ったんだけどな…。
「そんなの…って一応今のアカデミアはおろか…魔術師界全体の注目の的だぞ、この大会は…。そんな二つ返事で了承するのか…?」
「お前と親友になれるならそれぐらい大したことは無い。親友というのはそういうものじゃないのか?」
一瞬ビックリした。確かにそうかもしれないが…お前はそんなに俺にこだわるのかよ…。
「お、おう。じゃあチーム戦のメンバーになってくれるってことでOKなんだよな。ゼセス、大会運営の人に後で伝えておいてくれるか?」
「別にいいけど、なんか用事でもあるのか?」
俺はついさっきまで忘れていた『レンティ先生に質問しに行く』という用事を今思い出した。
「あるからお前に頼んでるんだよ。じゃあ次の授業でな」
俺はそう言って足早にその場を立ち去った。
「気を付けろよ~」
手を振りながらそう言って見送る二人を背に、俺は講義室を出た。
「で、レンティ先生がどこにいるのやら…」
俺は食堂の隅のテーブルに腰掛け、頭を抱えていた。
それもそのはず、こんな広い学園の中でピンポイントにレンティ先生を見つけるなんて、『不可能』に近いからだ。
それに新任であるレンティ先生がいそうな場所なんて予想もつかない俺にとって、八方塞がりの状態だった。
(クソ…明日までお預けかよ…!あの眼に映った模様について聞きたくてしょうがないのに…!!!)
俺は響かない程度の力で机をたたく。
「大丈夫?頭を抱えてるみたいだけど」
ふと誰かから声を掛けられた。もちろんその声に反応し俺は頭をバッ、と挙げる。
「え?」
思わず声が出た。何てったって奇跡が起きたのだから。
「レンティ先生…?」
俺の顔を覗いていたのは紛れもなく彼女、瞳に謎の模様を浮かべながら少し微笑んでいるその姿はレンティ先生に他ならなかった。
「名前覚えててくれたのね。確か君は後ろの方で、熱心に私の話を聞いててくれた子でしょ?」
「は、はい。そうです」
実物を見ると明らかに迫力が違う。その美貌というのもあるが、まるで体中の魔力という魔力が、彼女の放つ少量の魔力に気圧されてるようだ。
「それで?何で頭なんか抱えてたの?」
…どうしよう、正直に事情を説明した方がいいのだろうか。それとも『何でもないです。それよりも先生に質問が…』って感じで素早く本題に入った方がいいのだろうか。
いやまてよ、もし後者の返しをした場合『何でもない』という誤魔化しを『何でもないわけないでしょ』と言う風にカウンターされかねない。
というかそのカウンターをスレイナ先生にされたことがある。
「実は…」
結局、俺はレンティ先生の魔力の圧と、『心配』しか感じ取れない眼に押され、今までのことを正直に言うことにした。
「プッ、あはははwそんなことで頭を抱えてたのw?」
大笑いする先生に少しイラっと来てしまった。
何てったってこっちとしては先生を探していた身、もしかしたらこのまま見つからずに明日になるまで質問できなかったかもしれないというのに、それを『そんなこと』で一蹴する先生に少しばかりの理不尽な怒りを感じたのだ。
「そんなことって、この学園はダンジョンと同じかそれ以上複雑なんですよ!?その中で先生一人を見つけるなんて不可能じゃないですか!」
「でも今こうして会えてるじゃない」
きょとんとした顔で平然と答えてくる。
「それは奇跡が起きたからですよ!」
「奇跡を引き寄せる運も実力のうちでしょう?それにこの学園ごときの広さ、魔力地図を作ればいいじゃない」
またもやさらっととんでもないことをあたかも当たり前のような顔で話す先生。
『魔力地図』ってのはめちゃくちゃ微量で薄くて他人に感知されないレベルの魔力をあたりに放ち、それから得た地理情報をもとに脳内に地図を作るって魔法だ。
だがこの『めちゃくちゃ微量で薄い魔力』を『あたりに放ち』、『そこから地理情報を得る』、この3つの要素が本当の本当にあり得ないぐらい難しいと言われている。
普通の魔法使いが全力で習得して全力で使用しても、せいぜい周囲20~30m程度、しかも遮蔽物の先は探知が難しい。熟練の魔法使いでも100mいけばいい方で、遮蔽の先にある物体を言い当てられたら『凄い』ってレベルだ。
それをあたかも当然のように、そして100mなんて話にならないほどでかいこの学園全体を覆うほどの魔力地図を作れる人物なんて頭がおかしい。
「驚きの際中にごめんだけど、私に質問って何?」
あっ、そういえばそのことを忘れていた。
「先生の『眼』について質問があって」
俺が『眼』まで発音した時、先生はハッとした顔した。そして俺が言い終わった瞬間、普段の顔へと切り替わった。
「『眼』がどうかしたの?」
先生はそんなことを聞いてくる。その頬にはとても小さな汗があったのを俺は見逃さなかった。
「先生が講義室に入ってから今に至るまで、ずっと眼にうっすらと変な模様が見えるんです。それが何なのかな~って」
「あぁ…えー、うーん………」
先生の顔は先ほどまでの笑顔からでは考えられないほど、驚きと焦りに包まれていた。
そして額には今までの先生の姿からは想像もできないほどの冷や汗の数。
もしかして俺は聞いちゃいけない地雷を踏んでしまったかもしれない…。
はい、地雷踏んだ―
ってことで何となく読者の皆様も予想してるかもしれませんが、ここからガレル君の人生が大きく方向転換していきます。楽しみですねぇ。
今話での内容ですが、グレイアもまさか自分の『眼』について聞かれるとは思ってもいなかったようですね。
もう僕の中で閉じ込めておくのも苦しいだけなので話しますが、グレイアの持つ『メビウスの眼』は簡単に言えば『魔力の無限回路』、のようなものなのです。
このチートとしか言えない眼ですが、数十億人に1人の確率で発現する『突然変異』でして、人間が『より魔力をうまく扱えるように進化をしようとした名残』です。
そしてメビウスの眼が持つ特徴の一つとして、『同じ眼を持つ者にしか模様を認識できない』というのがあります。
アレイアとグレイアが出会ったシーンを憶えてますでしょうか?
あの時アレイアがすぐさまグレイアの存在に気が付けたのも、グレイアが自身の姉だと気づけたのも、彼女がグレイアと同じメビウスの眼を持っていたからです。グレイアのクローンであるアレイアも『メビウスの眼』を持っていますので、そこで判別つくのは言うまでもないでしょう。
…そして今、グレイアは予想だにしてない方向から、予想だにしてない質問を、物凄い速さでぶん投げられたのです。
そう、自身の生徒であるガレルから。
あ、そこのあなた、今こう思いましたね?
『同じ眼を持つ者になら見えるんだったら、グレイアもガレルが同じ眼を持ってることが分かるんじゃないの?』って。
その質問、待ってました!三文節で片づけてやりましょう!『彼の眼は覚醒前』だと!!!
以上!後書きコーナー終わりっ!!!!(長くなって申し訳ないです…)