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蛙の子は蛙、紅蓮の推薦者は未知数

先生のその一言は、講義室全体を震えさせ、あの問題児ウィリスさえも少したじろぐほどだった。

そしてレンティ先生の優しそうな顔は一瞬にして、怒りの顔に切り替わっている。



皆が瞬きをした瞬間、レンティ先生はウィリスの席の横に立っていた。

(あの数秒で瞬間転移…!?直線距離でも十数メートル離れているというのに…)

全員が驚きで声すらあげれなかった。

(瞬間転移魔法は確か禁忌の魔法の一つだ…そんな魔法をあの一瞬で使うなんて…)

目の前で起こった出来事は彼女が普通の魔法使いじゃないということを如実に表している。



そして先生はウィリスの顔を顎の下から掴み、頬を握った。

「小鳥のさえずりよりもやかましいねぇ?この口は。一回スレイナにお灸を据えられただろうに、まだこんなに動くなんて」

「うぐ…むぐぐ……」

ウィリスは両腕で、自身の顎を掴む先生の右腕をはがそうとしていた。が、彼の力が加わっているのかすら分からないほどに先生の腕はびくともしていない。


「敵に近づかれたらすぐさま防御魔法。必ず最初に叩きこまれることなのだけど、もう忘れたのかしら?」

『接近されたら反射的に防御魔法を使えるようにする』、この学園に入って最初に習うことの一つだ。

というよりも魔術師を目指すのであれば、常識の一つだった。

ただ、この時のウィリスがそのことを忘れていたのではなく、レンティ先生が速すぎるだけ、と言った方がいいだろう。



「…その特徴的な女性蔑視、高圧的な態度、そして『反撃されると思ってすらいなかった』というような目。君、バーデミントン家の連中でしょ?」

ウィリスとは初対面だというのに、先生はウィリスの家系を言い当てた。

「ハァ…相変わらず数十年前から何も変わってないのね」

先生は過去にバーデミントン家と何かあったのだろうか。

彼女がついたため息は、安堵と失望が混ざっているようにも見えた。


「私はスレイナみたいに器用な魔女じゃないの。それに長い間魔法の研究で引きこもってたから手加減の仕方を忘れちゃったのよ。…何を言いたいか、分かるよね?」

講義室にいる全員に鳥肌が走る。

「これ以上喚き散らすのであれば、しばらくはこの教室に来ることはままならないかもね?」

にっこりと笑う彼女の意図は単純明快、『黙らないとぶっ飛ばすぞ』、だった。


ウィリスはというと、完全に委縮していた。

まるで袋小路のネズミみたいだ。


「貴方はまだうら若い学生でしょ?そんなしょうもない考えに固執する暇があるならもっと魔法について学んだらどう?」

レンティ先生はウィリスのことを解放し、そんな言葉をかける。

「しょうもない考えなんかじゃ…!」「だ・ま・れ❤」

最後まで抵抗しようとするウィリスだったが、先生の笑顔の圧によって遮られた。

大方、自身が尊敬する先祖の考えを否定されたのが悔しいのだろう。


スレイナ先生に叩きのめされ、レンティ先生にも実力の差を徹底的に刻み込まれたウィリスが、しばらくの間大人しくなったのは言うまでもない。




「じゃ、続きを始めるね。さっきどこまで話したっけ?」

レンティ先生は何事もなかったかのようなケロッとした顔で、教壇に立っている。


(スレイナ先生の代わりなだけあって、桁違いな先生だな…)

そんなことを思っていると、一人の生徒が発言し始めた。

「この1週間何をしたいか、みたいな話じゃなかったですか?」

その生徒をよく見たら、ゼセスだった。


「そう!それそれ!……で。君は何か提案とかある?何でもいいよ?暇さえ潰せればいいから」

ふとレンティ先生の顔を見てみると、先ほどまでの鋭い目つきはとうに消え、のんびりとした目つきで教卓に立っている。

「提案…、じゃあこの時間は魔法についての豆知識とかでいいんじゃないすか?先生としてはうんちくを語るだけで授業を潰せますし、僕たちとしては役に立つことを学べる可能性があるので」

ゼセスにしては結構真面目な提案だった。


「…まぁ、それでいっか!」

ふにゃふにゃしながら、適当に許可するレンティ先生。

「これで大丈夫なのか…?」

そう呟きながらも、僕はノートを取り出し、メモをする準備をした。


「それで迷える子羊たちにどんな豆知識を教えてあげようかな~…。あっそういえば、貴方たちに聞くのだけど、紅蓮魔法について知りたい?」

『紅蓮魔法』、それは紅蓮の魔女であるスレイナ先生の十八番(オハコ)であり、この世界における最も威力の高い魔法の種類の一つだ。

もちろんスレイナ先生の教え子である僕たちも紅蓮魔法を習得するために日々鍛錬を積んでいるのだが、未だこの学園で紅蓮魔法を習得した者はスレイナ先生以外にいない。

まぁ、この学園はおろか世界中で紅蓮魔法を完璧に習得した人物はいないらしいため仕方ないと言えば仕方ない、そんなことをスレイナ先生が言っていたが、やはりスレイナ先生の教え子として紅蓮魔法が使えるようになりたいと思うのは当然のことだ。


そんな魔法に関する情報を貰えるのだったら、この講義室にいる全員が飛びつくのは当たり前だった。

先ほどまで面白おかしく授業を聞いていた一部の生徒たちも、好奇心と知識欲が詰まった眼でレンティ先生を見つめている。

「フフ、やっぱりみんな、空腹の猛獣みたいに食いつくねぇ?君たちの期待にも応えるために、結構いい情報を教えてあげる」

先生のその一言に、講義室は期待でいっぱいになった。


「まず紅蓮魔法は城一つ吹き飛ばす程の威力で有名よね?でもその代わりに莫大な魔力と精密な魔力操作の技術、そして複雑過ぎる魔方陣の理解を求められるっていう代物でもある」

レンティ先生の言う通り、紅蓮魔法は圧倒的破壊力の代わりに、多大な努力が必要な魔法なのだ。

魔力量に関しては才能だったり生まれた時に決まる素質だが、他の二つは努力でカバーできる。

だからこそ紅蓮魔法は、多数の魔法使いから多くの称賛や支持を受けていた。


「まぁまさにスレイナだからこそ生み出せた魔法と言っても過言じゃないレベルで高難度な魔法なんだけど、そんな紅蓮魔法を〝比較的″簡単に作る方法があるの」

レンティ先生のその言葉に誰もが驚き、これ以上に無いほど興味の目を向ける。


「それは、『強い意志で自分に言い聞かせること』よ」

…突然の抽象的すぎる単語に皆、目を円くした。


「例えば、目の前に『壊さなければいけない大きくて頑丈な壁』があるとする。それを魔法で壊す時、君たちは何を考えてる?」

「…『壁を壊したい』…じゃないんですか…?」

一人の生徒がそう答える。


「そう。普通の人はそんなことを考える。でも普通の人は『壁を壊したい』という漠然とした特に深い思いも込められていない意志だけで魔法を完成させてしまうの」

…確かに、僕たちはどんな魔法を使うときもあらかじめ意志や目的を持っている。

ただ、その意志に深い思いを込めたことはほとんどない。ただその目的に特化した魔法を適当に選んで使っているだけに過ぎなかった。


「そんな魔法に、『絶対に壁を壊す!何が何でも!』みたいな具体的且つ強い思いを加えるの。そうすれば、その魔法は数倍の威力に跳ね上がる。数値で言えば2~3倍はゆうに超えるでしょうね」

驚きの情報に、講義室の生徒たちの眼はさらに新円に近くなる。


「そしてその強い意志は魔法を放つ時よりも、魔法陣を作成する時に本領を発揮するわ。『必ず紅蓮魔法を習得する!』という強い意志は、君たち自身の魔力にも影響を及ぼす。それはまるで軍勢を率いる将軍が兵士たちを鼓舞するかのように、強い意志が魔力を鼓舞するの」

僕たちは唖然とした。

ここにいるどの生徒も知らないことだったからだ。


「おっと、ちょっと早口になり過ぎたかな?大丈夫?ついてこれてる?」

未知の知識に脳を蹂躙されている生徒たちを、先生は心配そうな目で見つめている。


我々第1学年は、魔法の種類や各魔法の大まかな性能は教えられたが、魔法に関する詳しい仕組みは上澄みを舐めた程度でしか教えられていない。

僕のような知識欲に体の主導権を握られているような者はまだしも、そんな1年生にとって先生の言っていることは別世界の言語なのだろう。

この講義室にいるほとんどがポカーンと口を開けていた。


まぁ…かくいう僕も、『強い意志が魔法の精度を向上させる』という点しかメモできていないのだが…。


「…簡単にまとめるけど、『紅蓮魔法を習得したいなら、まず強い意志を持て』ってこと。魔力操作の技術とか魔方陣の理解とかの前に、まず『絶対に紅蓮魔法を習得する』という意志を持った方が、習得が早くなるわ。強い意志は魔法を習得するための大きな手助けになるのよ」

実際にやってみないと分からないだろうが、この知識は紅蓮魔法に限った話じゃない。全ての魔法に言えることなのだろう。豆知識の域をとうに超えていた。


「一度使えるようになった魔法を脳や感覚は忘れないわ。成功時の感覚を思い出せば、強い意志という手助け無しでも、いずれ必ず使いこなせるように出来てるものなの」

確かスレイナ先生も同じようなことを言っていた覚えがある。

『一度覚えた魔法は絶対に忘れることはない。貴方の脳が忘れていたとしても、身体が覚えてるものだからね』

レンティ先生にスレイナ先生の面影を感じたのはそのせいか。

どうやら紅の教室を受け持つ人物は似ている者同士なのかもしれない。


そんな中、一人の人物の質問が教室に響く。

「…ホントに強い意志を持てば習得できるのか?」

そう質問したのは何とあのウィリスだった。

「もちろん、意志の強弱に比例して魔法は強くなるわ。『使用者の思いに魔法が応えてくれる』『自分の意思と魔力を協調させる』そんな感じでしょうね」

『やっと正気に戻ったか。感心感心』とでも言うような顔をして返答するレンティ先生。


先生の返答を聞いたウィリスは、少し考え込んだ後、再び口を開いた。

「…アンタが魔法を使う時も、常に強い意志を魔法に込めてるのか?」

どうやらウィリスは反省したらしく、他のどの生徒よりも熱意のこもった眼をしている。

…というよりも僕とウィリス、そしてゼセスの3人以外は、ほとんど頭の上に小さな「?」を浮かべている状況でもあったのだが…。


「私?私は~…、そもそも、強い意志を込めずともほとんどの魔法が使えるからね~…そこまで考えたことは無いかな。…というよりも、戦場でいちいち魔法一つ一つに意志を込めてる余裕はなかったってのもあるけど」


…サラッと物凄い事実が口に出された。

目の前にいる白銀の准教授は、元『魔術兵士』だったのだ。



この作品の主人公でもあり最も謎の多いグレイアですが、一体どんな経歴の持ち主なのでしょうかねぇ?

ということで今回の後書きではグレイアの過去の姿の一つ、『魔術兵士』について話していきたいと思います。


まぁその名の通り魔術を専門とした兵士たちの総称なのですが、結構深い職なんです。

簡単に説明したら、彼らの職場が戦場だからですね。

単なる魔法の撃ち合いではなく、『人間を襲う魔物』という『どうやって人間を殺すか』しか考えていないような奴らと彼らは殺し合っています。

どこから襲われてもおかしくなく、敵からの捨て身の自爆特攻なんて当たり前。

殺しても殺しても次から次へとやってきては、段々と自分たちの戦い方を学習してくる魔物たち。

そんな奴らと殺し合う彼らは、そこら辺の魔術師とはまた違った技術を持つ者たちと言えるでしょう。

『敵を確実に殺す』、そんなことを念頭に置いていないと自分がやられかねないですからね。


そうした常に『死』と隣り合わせな彼らの一人だったのが、過去のグレイアなのです。

いつかグレイアの過去について詳しく語った話を作ろうとは思いますが、それまでは『ただのマイペースな元引きこもりの最凶魔女』と覚えておいてください。

以上、今話の作者の一言コメントでした~。

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