ガレルとゼセスとウィリス
「新しい教授の人、どんな人だと思う~?7」
「私は―――」
(うるさいなぁ…)
僕は心の中でそう文句を垂れる。
講義室は新任の准教授の話でもちきりで、とても騒がしく、まともに勉強できる空間じゃないのだ。
おっと、自己紹介を忘れてたね。
僕の名前はガレル・アンバーソン。
伯爵家アンバーソン家の末っ子で、『学年首席の天才』と言われている。
ただ、実際はちょっと努力ができる普通の男子学生さ。
今日もいつも通り、紅の教室で勉強をしようとしたのだが、誤算だった。
まさかこれほどにまで新任の教授に関する話題で埋まっていて、尚且つうるさいとは。
特にやかm、ゴホン、明るい奴らが多い戦闘部門の集団は一際ガヤガヤしている。
(相変わらず、戦闘部門の奴らはうるさい…)
僕はとある男を睨みつけながら、ため息をついた。
そいつの名前はゼセス・マーチェグラント。
公爵家のマーチェグラント家の一人息子で、僕の幼馴染だ。
ゼセスは僕の視線に気づいたのか、周りの取り巻きを置いて、こちらに向かってきた。
「うわ」
「うわって何だよ」
思わず声が出てしまった。
「何でそんな目で俺を見るんだよ~。親友~」
相変わらず面倒くさい絡み方をしてくる。
「お前が来ると一気に騒がしくなってまともに勉強できないからだよ…」
俺はふてくされた顔で頬杖を突き、そう文句を垂れた。
「そんなこと言うなよー。せっかく学園長に頼み込んで一緒の部屋になったってのに~」
「いい迷惑だよ。こっちとしては…」
こいつがそばにいるだけでいっつも調子が崩れる。
ゼセスは何故か、昔からの親友である俺に対しての愛が重い。
多分、その愛は性的愛情や恋愛感情ではなく親友としての愛なのだろうが、それにしては重すぎる。
「ゼセスー、その眼鏡誰だ?」
ゼセスが教室で絡んでくると、こうやって取り巻きの連中もこっちにやってくる。
「俺の親友のガレルさ。こいつ、滅茶苦茶頭がいいんだぜ」
さも自分のことかのように、胸を張って自慢するゼセス。
「ガレルって首席のあいつか?すげぇな。そんな奴も知りあいなのか、お前」
段々と話題と視線が自分から外れているのを確認した僕は、少しだけ奥に移動し、再び教科書を読み始めた。
隣から、騒がしい声が聞こえるがフル無視だ。
そうして間もなく、ゼセスの取り巻きがどっかに行った。
「なぁ、ガレル」
「なんだよ…」
ゼセスは懲りることなく、再び僕に構ってくる。
「お前は新しい教授の人、どう思う?」
やっぱりお前も聞いてくるか。
どこに行ってもその人の話でもちきりだもんな。
噂によるとスレイナ教授の弟子だとか助手だとか、学園長が自らスカウトした人物だとか言われているが、僕はそこまで興味がなかった。
「別にどうとも思わないけど」
「違う違う、もっとお前にもあるだろ?美人な人だといいなぁとか、おっぱいデカい人だといいなぁとか!」
そう言ってくると思ったよ…。
如何にも思春期の男子学生が思うこと筆頭の二大柱だが、それすらも特に興味はない。
いや、興味がないと言ったら嘘にはなるが、僕の中での優先順位的にはどうでもいい。
「欲を言えば…」
「欲を言えば…!?」
「真面目に授業してくれる人がいいかなぁ」
そう、僕にとって、真面目に授業をしてくれさえすれば他はどうでもいいのだ。
真面目に授業をしてくれるのであれば、美人であろうなかろうが、巨乳であろうなかろうが関係ない。
スレイナ先生も、あの美貌とスタイルを持って且つ、真面目に授業をして生徒と向き合ってくれていた。
「何だよそれ~。お前もいち、青春野郎だろ~?ちょっとぐらい邪なところを見せてくれても別にいいんだぜ?」
何でこいつは変に語彙が豊富なのだろうか…。
「顔やスタイルと授業の質は全くと言っていい程関係ないだろ…」
「いや、生徒側のモチベに関わる」
「真剣な顔つきでそんなこと言われても、説得力がないんだが…」
「美人に手取り足取り教えてもらった方が俄然やる気は出るもんさ!」
「まぁ…う~ん…?」
あまり理解しがたいが、多分ゼセスの方が一般の男子学生に近い考え方なのだろう。
「はぁ、お前に言っても単なる押し問答にしかならないかもだけど、いずれお前にも青春が分かる日が来るよ~」
そう言って、ゼセスは元居た席へと戻っていく。
「青春青春言ってないで、再来週のテストの勉強でもしたらどうだ~」
去り際のゼセスに向かって俺はそう言う。
ゼセスは「分かってる」という風に親指を立てて、去っていった。
ふと時計を見ると6時29分を指していた。いや、もう29.5分ってレベルだ。
だというのに、未だに新任の人はこない。
教室内も少しざわつき始めた。
(期待した僕がバカだったのかな…)
そう思いながらため息をついた瞬間、教室の扉がゆっくりと開いた。
皆が一斉に扉をを見つめる。
「失礼しま~す…」
扉を開けて入ってきたのは、白銀の髪をした若そうな女性だった。
自信過剰過ぎだとは思うが、彼女が扉を開けてから教卓に目を向けるまで、しばらくの間、僕と目が合ったような気がする。
彼女は少し早歩きで教卓に立った。
「これから、講義を始めま~す」
少しのんびりとした口調で彼女は講義を始めた。
「あ、ちなみに私の名前は『レンティ・ヴァーディウス』ね。名前ぐらいは憶えてくれると嬉しいかも」
いきなりの展開に皆驚きを隠せない。
スレイナ先生も結構突飛な人だったが、レンティ准教授も突飛な人のようだ。
「レンティ先生…か」
僕は後ろの方の席で視力上昇と遠視の術を使って彼女の顔を確認した。
先ほど、彼女と目が合った時に何か違和感を感じたからだ。
「何だあの眼の模様…?」
その違和感は彼女の眼にあった。彼女の瞳にうっすらと変な模様が見えたのだ。
「∞?いや、…メビウスの輪だっけ?」
メビウスの輪の模様が瞳に映っている人物なんて聞いたことも見たこともない。
自分の目を擦って、もう一度彼女の眼を覗いても、その模様はうっすらと映っていた。
「えーと、これからスレイナの代わりを務めるレンティよ。まぁ、1週間ぐらいの短い付き合いかもだけどよろしく」
レンティ先生はたどたどしい声で自己紹介をした。
「一番最初の授業だけど…逆に何かしたいこととかある?」
一気に講義室が少しざわついた。
「あ、別に私がサボりたいとかじゃなくてね!?多分、この授業で教わることのほとんどはスレイナに任せた方がややこしくならなくて済むと思うし、私はこの1週間の空いた期間の橋渡し程度で雇われたから特に教えたいこととかがないんだよね~」
レンティ先生は早口でそう説明した。
生徒側も少し納得しつつ、小さな笑みを浮かべている者が大半だ。
「質問がある」
そう言って、一人の人物の声が響いた。
先生も生徒も皆、その人物に視線を向ける。
その声の主はウィリス・バーデミントン。
簡単に言ったら、天才の問題児だ。
「何か?そこの君?」
先生はウィリスのことを指した。
「アンタ、ホントにこのアカデミアの教授にふさわしいのか?」
ウィリスは〝いつもの”質問をした。
彼の家系であるバーデミントン家は極度の実力主義且つ女性蔑視の激しい家柄だった。
何故そんなに思想が強くなったのかは知らないが、その家の生まれであるウィリスもまた才能に恵まれており、傲慢で差別の激しい性格をしていたのだ。
スレイナ先生が初めてこの授業を受け持った時も、そんな質問をして、逆に実力を見せつけられていた。
(またか)(懲りないなぁ…)
講義室はそんなひそひそ声で埋まっていく。
「ふさわしいってどういうことかな?」
「この授業を受け持つスレイナ先生は魔ノ十二傑の一人だ。そんな人の代わりに、アンタみたいなポッと出の魔女ごときが勤まるわけがないんだよ」
彼の女性蔑視がこれでもかと炸裂する。
彼はスレイナ先生に実力を見せつけられ負けて以来、スレイナ先生の実力を認めていた。それどころか何となく憧れてもいたのだろう。
そんな憧れの人本人から推薦されて准教授になったレンティ先生に、嫉妬しているのではないだろうか…?
「…」
レンティ先生は俯いて、しばらく黙っていた。
「何か言えよ。…どうせ、金とコネだけで生きてきたんだろ?なぁ!?レンティさんよぉ?」
誰も彼を止めなかった。というより止められなかった。
何故なら、こんな風に暴走した彼を止める役目は、いつもであればスレイナ先生が担っていたからだ。
先ほどから少しなよなよしく、大人しめなレンティ先生では、彼の暴走は止められない。講義室の全員がそう思っていただろう。
そして数十秒の沈黙の後。
「ハァァァ……」
レンティ先生は長いため息をつき、こう喋った。
「舐めるなよ、クソガキ」
この話で登場した3人の青年。
そのうちの一人であり、この話での視点を担っているガレル君ですが、どうやらグレイア(レンティ)の眼にどうやら変な模様が見えるみたいですねぇ~。
前話で出てきた『メビウスの眼』というのに関係があるのでしょうかね~?
あ、本当に当然ですが、今頃ネレス君はどうしてるかというと、エリスちゃんの部屋で学食やらお菓子やらを貪っております。
まぁ、この世界に転生してから動きっぱなしだから仕方ないね。
以上、一言コメント、終わり!