ヒキニートの魔女
とある世界に一人の魔女がいた。
名を「グレイア・ウェンリース」と言う。
彼女は常にカズーラの森にある自分の家に引きこもり、人間との交流を完全に絶っていた。
簡単に言ったらヒキニートだ。
ただ彼女は世界トップクラスの実力を誇る魔法使いでもあった。
彼女の知り合いの魔女伝いでしか彼女の情報は手に入れられないため、ほとんどの素性は謎に包まれていた。
そんな彼女を人々はいつしか「白隠の魔女」と呼ぶようになった。
チュンチュンチュン♪
「…んん…もう朝ぁ…?」
私は小鳥のさえずりで目を覚ました。
いつもの朝のルーティーンだ。
というか多分、この小鳥たちは私になついているのだろう。
ある日を境に毎朝、窓のすぐ外にある木の枝にとまって自慢の歌を披露してくる。
『やっと起きた』『寝坊助だなぁ』『僕たちに感謝してね』
小鳥たちの声が聞こえる。
(恩着せがましいけど、実際に起こしてもらってるし…)
「…いつもありがとね」
窓を開けてそう言うと小鳥たちは満足したのか去っていく。
普段と変わらない。
いつも通りの日常だ。
下に降りて朝食を食べようとする私に、どこかしらから会話が聞こえる。
『紅の魔女がまた森に来たって』『あの人も懲りないよね。彼女は外に出るのを嫌うってのに』
多分、「彼女」というのは私のことなのだろう。
「あの赤女、また来たか」
私はうんざりとした顔で机に立てかけていた杖を持った。
「五重結界」
私の足元を起点に五角形の魔方陣が広がっていく。
そして家を全体を包んだ。
「まぁ、どうせ破られるけど、無いよりかはマシでしょ」
私は眠い目をこすりながら、キッチンへと向かった。
キッチンに着いた私は一目散に冷蔵庫を目指す。
冷蔵庫から取り出したパンにジャムを塗って、食べる。
シンプルで庶民的ではあるがやっぱりおいしい。
「やっぱガルナベリーのジャムはおいしいわね…!」
この森で採ったガルナベリーをふんだんに使った自家製ジャム。
パンとの相性は相変わらず最高だ。
いつまでもこの生活が続けばいいのになぁと思ったり思わなかったり。
私がそんな感じに椅子に座って呆けていると、外の方から物凄い爆音と衝撃波、そしてガラスが割れたような音が聞こえた。
「やっぱ来たかぁ…」
この感じ覚えのある熱い魔力と爆音、そんなのを放つのは一人しかいない。
紅蓮の魔女「スレイナ・ハーネット」。
家の壁を挟んで数十メートルも離れているというのに感じられるほどの魔力。
今にも服が焼けこげそうなほど熱い魔力は少し怒りを帯びているようにも感じた。
「扉…開けるしかないかぁ…」
抵抗を諦め、扉を開けるために玄関に向かおうとするグレイア。
そんな彼女の真横を扉だった木片が吹っ飛んで行った。
「グレイアーーーーーー!!!!!!!!!!!!」
自分の名を呼びながら、身体強化魔法で強化した脚をこれでもかと見せつける赤髪の女が目の前には立っていた。
「うっさい!!!!」
朝っぱらからいろんな意味で暑苦しすぎる。
せめて朝だけは静かに過ごしたいというグレイアの願いも現在進行形で砕け散っていった。
「あら!?今日は珍しく、自分で起きたの?」
ドアを蹴飛ばした女は珍しいものを見た顔でそう尋ねる。
「…その前に、何かやることがあるんじゃないかしら…?」
身体を小刻みに震わしながら怒りに耐えるグレイア。
「……その、ごめんなさい」
やっと冷静になったのか、スレイナは申し訳なさそうな顔をして謝った。
「再生魔法を使うこっちの身にもなってほしいのだけれど…?」
腕を組みながら、文句を垂れるグレイア。
それもそのはず、今回のドア破壊も含めてスレイナの家破壊は100回をゆうに超えていた。
「前々回は火力の調整ミス、前回は身体強化魔法の解除忘れ、今回は怒りに身を任せた渾身の蹴り。いくら私の胃を痛めれば気が済むのかしらねぇ…?」
笑顔でそう言う、グレイアの下瞼はピクピクと痙攣していた。
「なら毎回お気持ち程度の五重結界やめてよ。アンタの五重結界、破壊もしにくいし解除もしにくいで面倒くさいったらありゃしないんだから」
「そりゃ私の平穏な日常をアンタが邪魔しに来るからでしょ」
「……アンタの魔物や動物の声が聴けるっていう能力さえなければ、不意打ちをできるのに…」
「不意打ちって………まぁ、いいわ。それで要件は何?また『外に出ろ』っていう内容だけなら今度こそ封印魔法も辞さないわよ」
グレイアはうんざりとした表情でそう忠告する。
「フフフ、今回はいつもとは違うわよ。アンタが外に出るようになるいい仕事を持ってきたからね」
奥の手を持ってきたというような雰囲気のスレイナ。
「嫌な予感しかしないのだけれど…」
「多分その予感は当たってるわ。グレイア、貴方、『教授』というのに興味はない?」
「…教授ぅ?別に興味すらないけど…。というかスレイナはケレディック・アカデミアで教授をしてなかったっけ?」
「えぇ、そうよ。貴方とだと話が早くて助かるわ…」
スレイナは疲れ切った顔をしている。
「まるで私以外とだと話の進みが遅いみたいな言い方だけれど…」
「そりゃそうよ!あのジジイども、私が伝説の魔女の一人だからって大量の仕事を擦り付けやがって…!!!」
「あぁ、だから魔力にも怒りがこもってたのね…」
「それで聞いてよ、グレイア~。あのジジイども、いきなり『准教授を付けろ』って言ってきて…」
「だから私に『教授にならない?』と…」
「どうせ暇でしょ?名目上准教授になってくれるだけでもいいから…」
「…んまぁ…アンタには結構な借りがあるから別にそれぐらいはいいけど」
グレイアは久々に他人に頼られたせいなのか、まんざらでもなさそうな顔をして、そう了承した。
「あぇ?」
「何よ。いきなりそんな腑抜けた声出して」
「いつもは外に出たくない、人間怖いって喚き散らすアンタがそんな簡単に了承するとは思わなくて」
眼をこれでもかと丸くするスレイナ。
「『人間怖い』なんて一度も言った覚えがないのだけれど…。まぁ、別に准教授なってやってもいいけど条件があるの」
「条件…?応えられる範囲なら何でもいいけど」
「高給。残業無し。かといって仕事量が多くてもダメ。そして偽名で登録してほしい。この四つ」
「まぁ、あの学園長なら前の三つぐらい簡単に了承してくれると思うし、元から偽名使う気だったから、いいんじゃない?」
「ならこれで交渉成立ね♪」
グレイアは少し上機嫌そうにそう言った。
「それじゃ、私はこれd…あっ」
帰ろうとしていたスレイナはいきなり動きを止め、くるっと振り返ってからこう続ける。
「言い忘れてたけど国からの要請で私はこれから1週間ぐらい魔物との戦場に行かなきゃいけないの。だから准教授に着任して初日から私の代わりに授業を丸々やってもらうね」
さも、当たり前かのように衝撃の事実を告げるスレイナ。
「…は?」
当然、そんなこと1ミリも知らなかったグレイアは凍った。
「まぁ、『准教授になる』って親友の願いを無下にするのは人としてダメよね~。上には私から言っておくから。てことで明日からよろしく、准教授さん♪」
そう言い、スレイナは飛んで行った。
「……」ドゴォン!!!!!!!!
グレイアは壁を思いっきり殴った。
身体強化魔法をしていないのにもかかわらず、壁は粉々に砕け散る。
「あんの…クソ尼ぁぁ…次会ったらぶっっ殺してやる…」
…ヒキニート魔女の新たな物語の始まりである。