対妖08
あいはしばらく唖然としていた。
「そんなの酷すぎるよ……」
悲しみがこみあげてきた。クラスメートと仲が良いとは言いがたいが、彼らが生きたまま燃やされるような扱いをされるいわれはないはずだ。もし、対妖になれなかったら、あいや枕子も──
「あいは普通って言葉を使ってたよね」
「使ってた」
「この学園の中じゃ、その酷すぎることが普通なんだよ」
普通で済ますには、あまりにも酷い。あいは普通という言葉が嫌いになりそうだった。
「でもね、それでも今はマシになったらしいよ」
「マシってなに? 生きたまま燃やされるより酷いことってあるの?」
不快感が溢れる表情で、枕子は頷いた。
「学園の周りって森に囲まれてるよね?」
枕子の言葉どおり、深い森に飲まれるように学園は存在している。周囲は森か山か空しか見えない。実際に今も背の低い建物越しに木々が見える。でも──
「森がなにか関係あるの?」
「十年くらい前は、死んじゃった人はね、あの森の中に掘られた穴へ投げすてられてたんだって」
「なにそれ! 非人道的ってレベルじゃないよ……!」
悲しいといった感情をとおりこして怒りがこみあげてきた。
「当時、対妖になれなかった生徒は、燃やされるなんて生易しい処分方法じゃなかった──」
「……もういい。聞きたくない」
枕子は力なく頷く。
「わたしはね、学園のやりかたに不満を持ってる。だからみんな厳しくしてくるの。わたしは異端だから」
健二や他の生徒が枕子に冷淡な理由がわかった気がした。彼らにとって対妖になるのは正しく、その道を好ましく思っていない者は目障りなのだろう。
「それは不満だって持つよ。生きたまま燃やすとかわけわかんない」
「そんな、あいが好きだった。学園の『普通』に染まってないから」
あいを見つめる枕子の目から涙が溢れた。
「今は、あいだから好き。いつも優しくて守ってくれて、お弁当を美味しいって言ってくれるの」
「ずっと美味しいって伝えるよ」
涙をぬぐい、微笑みながら枕子は頷いた。
「わたしが作るよ」
あいは力強く言った。
「……え? なにを?」
「友達になった三周年記念のお祝い料理! わたしが用意する!」
その言葉に枕子は目を見開き、嬉しそうに笑った。
「本当に!? 嬉しいかも!」
「そんな嬉しい顔されたら、引っこみがつかないし、がんばるよ!」
「あい大好き!」
愛情いっぱいに抱きつかれて、あいは照れくさくなった。
「うぎゃああああああああ!」
「きゅ、急に叫ばないでよ、枕子。なんなの!?」
本日、最初の授業を受けるべく、あいは枕子と教室へ向かって廊下を歩いていた。その最中、枕子が急に奇声を上げたので、驚いてしまった。
「昨日の……あいの料理を思いだしたらね、しんどくて」
「料理がしんどいって、あんまりじゃないの?」
「抑えきれないなにかが、こみあげてきちゃったんだもん。うええ」
枕子は嗚咽を漏らし、口元をおさえる。
「まあ料理を作るのって初めてだったから、しょうがないね」
「しょうがないねじゃないよ。初めってって、どういうこと!?」
「料理は茨ちゃんがしてくれてたから、自分で作るのは初めてだったの」
茨は料理を作るのも食べるのも大好きな鬼なのだ。三食、すべて彼女が用意してくれていた。桜は生活能力が皆無な上に甘い食べ物しか与えてくれなかったので、茨がいなかったら虫歯地獄だったかもしれない。
「料理したことないのに、どうして記念日に作るって言ったの……!」
「元気づけようと思って」
「確かに昨日は元気になったけどね、うん……」
今日は元気じゃなくなったもん、と枕子は青ざめた。そんな彼女に苦笑しつつ、あいは教室を通りすぎる。
「あれ? どこ行くの?」
「職員室。授業の前に緑先生に話があって」
「ま、まさか昨日のシリアスな話題と関係ある系……?」
「うん。生きたまま生徒を燃やすなんて絶対おかしい。待遇の改善を要求する!」
「や、やめようよ。緑先生に言ってもしょうがないし……それに──」
言いよどんだ枕子へ、先を促すようにあいは目を細める。
「あの大きなお墓が十年前に作られて、亡くなった人を弔うようになったのも、緑先生のはからいなんだよ」
「そうなの? どうして先生が?」
「緑先生はこの学園でも、どちらかっていうと生徒よりなの。他の先生は生徒の命なんて軽く思ってるもん……」
真田先生なんて本当に怖い、と呟き、枕子は青ざめた顔をもっと青くした。恐怖に満ちた表情で周囲を見回す。
昨日の話を聞くまで気がつかなかった。枕子を引っこみ思案だと思っていたが、違う。いや、引っこみ思案なところもあるかもしれないが、それ以上に彼女は周囲にいる人間を怖がっていたのだ。先生や他の生徒たちを。
「あいが転入してきてから、何人の生徒が卒業した?」
「なんなの急に」
「いいから答えて」
「他のクラスを含めて十五人くらいだっけ?」
「正確には十六人」
「それがどうしたの」
枕子がなにを言いたいのかわからず、あいは怪訝な表情を浮かべる。
「この三年で対妖に採用されたのって五人だよ」
枕子の言葉を、あいは少しの間、理解できなかった。
「それってつまり」
「そういうこと」
あいは目を見開き、硬直する。名前も思いだせない十六人。親しかったわけではない。それでも同じ屋根の下で授業を受け、同じ校舎で生活をともにした人たちだ。そのうち十一人も焼き殺されていたのか。
「立ち話もなんだし、教室に入ろっか」
「ちょっと待ってよ、枕子」
こちらに背を向けて教室へ入ろうとしていた彼女を、あいは呼びとめた。
「それならどうして授業を真面目に受けないの?」
「なにが?」
「対妖になれないと殺されちゃうんだよね!?」
「こ、声が大きいよ」
枕子は慌てて振りむき、あいの口を右手でふさいできた。
「死にたくないけど、しょうがないもん。わたしは戦うのって好きじゃないし……」
「しょうがなくないよ。枕子が殺されるなんて、やだ」
「……痛いのも痛い目にあわせるのも、殺すのも殺されるのも嫌なんだもん。相手が鬼でも妖怪でもね」
そう強い口調で言って、再び背を向けた友人の腕を、あいはつかむ。
「枕子に夢はないの? 将来、やりたいこととか、なりたい職業とか」
「あるよ」
「だったら。生きてないと夢を目指せない」
あいの言葉に枕子は唇を強くかむ。涙をこらえるように。
「料理の学校に通って勉強したかったよ……」
枕子の腕をつかんでいた、あいの手から力が抜けていく。
「この学園の生徒に将来を選ぶ権利なんてないの。きっと外の世界以上にね」
枕子はあいの手を振り払い、教室の中へと消えていった。