対妖07
「──詳細は省きますが、荷を落としました。周知をお願いします、緑先生」
真田は通話を切り、スマホを胸ポケットに戻す。すぐさま荷台へ向かいたかったが、もしも紫水姫が復活していた場合、一人では手にあまる。
最悪なのは紫水姫に逃げられた上で真田が殺されて、現状を誰にも伝えられない場合だ。そのために連絡を優先した。
「なにがあったか知らないが、新米二人に荷を任せたのは判断ミスだったかな……」
トラックに駆けよりながら、真田は後悔をたっぷりと含んだため息を吐いた。外にいた妖を新米に任せてもよかったのだが、どんな相手かもわからなかったので真田が出るしかなかった。あの妖の一人をあっさりと倒せたのは、長年の戦闘経験のおかげだ。新米二人が戦っていたら勝てたとしても重傷を負わされるくらいには手強い相手だった。
「だからボクと新米二人だけじゃ対処しきれないって言ったんだ……」
対妖にも上下関係があり、上からの指示で真田は輸送任務についた。人手が足りないと何度も上にいる連中へ伝えたのだが聞いてもらえなかった。回せる人材がないらしい。
「なにかが起こったら現場の責任だってのに」
不満を漏らしながらトラックに近づくと、うつむいて反応のない運転手の姿がフロントガラス越しに見えた。運転席側のドアを開くと、眼窩から血を流し絶命している彼の顔が確認できた。恐怖に固まるように歯を食いしばり、恐ろしい死に顔をしている。荷台と繋がっている窓が破損しているのを見ると、何者かに後ろから襲われたのだろう。真田はドアを閉めて、荷台のほうへと向かう。荷台の扉は消えていた。いや、正確には向こうのほうに転がっているが。
「こいつは酷い……」
中には変わり果てた新米二人の姿があった。それよりも真田を驚かせたのは、棺の蓋が開いていることだった。
「やはり蘇ったのか」
荷台に上り、敬一を見ると彼は大きく口を開き、苦悶の表情で仰向けに倒れていた。翔も同様な顔で座席に座っている。彼らは眼窩から涙のように血を流し、青ざめていた。それ以外に出血らしい出血はないが、生きているようには見えない。
「この殺し方は、やつに間違いない……」
これから真田はどうすればいいのか。死体の始末をするか? 紫水姫を追うか?
「まずは死体の始末が先だ」
あの女に殺された人間は動き出す。そう真田が思いだした直後に新米二人はゆっくりと起きあがった。
「こいつはまずい……!」
弾けるように荷台から飛びおり、真田はナイフを逆手に構える。それを追うように、二人の死体が荷台から降りてきた。喉から絞り出すような唸り声を上げながら。運転席のほうからもガタガタと物音が届いてくる。運転手の死体も動きだしたのだろう。
「キミも殺されちゃったか」
翔を見ながら、真田は呟く。
「どうせ殺されるなら、ボクの手で殺したかったよ」
ナイフを片手に、真田は教え子だったモノたちへと歩きはじめた。
「ここって不思議な場所だよね」
あいの問いに枕子は首を傾げる。
「ここって、学園の中って意味?」
枕子に頷き、あいは周囲を見回す。ここは学園の敷地内にある道路。道路を挟んで一戸建てやマンションが点在している。ちょっとした町並みが学園の敷地内に存在していた。その町の中をあいと枕子は目的もなく散歩している。自宅でパソコンのゲームをしていたら枕子に連れだされて今にいたる。
「学園にも町にも名前がないのって不思議じゃない?」
「不思議かな。名前はあるもん。学園は学園。町は町」
きょとんとして答えた枕子に、あいは苦笑する。枕子が肩にかけているスクールバッグから、カラカラと乾いた音がした。きっと空の弁当箱が鳴らす音だ。
「普通は、なんとか学園って名前がついてるよね」
「普通って? わたしは生まれた時から、学園の外に出たことがないんだよ。外の普通を語られても、わかんないもん」
「それもそうだね。ごめん」
普通や常識は人や場所で違う。それに普通を語れるほど、あいもまともな人生を送っていない気がする。
「あいは転入生だから、外との違いに戸惑うのもしょうがないけど」
転入してきて何年だっけ、と問われてあいは考えこむ。
「三年と数か月くらいかな」
「それじゃ友達になった三周年をお祝いしないと!」
「お祝いに一緒にゲームしようよ!」
「……デジタルなのは苦手なんだってば。それより──」
枕子は微笑み、あいの手を握る。
「あいの好きな食べ物、用意するよ。なにがいい?」
「あ、甘くない物ならなんでも」
父親代わりの桜が甘い物ばかりを好み、あいはお菓子やらケーキやらを与えられて育った。そのせいか、逆に甘い物が苦手になってしまった。
「なんでもっていうのが一番困るよ」
「枕子の作ってくれる物はなんでも美味しいから」
「え? そう? そっか」
照れながら嬉しそうに笑う枕子に、あいもつられて微笑む。
「あ。思いだした」
そう言って枕子は足を止めた。彼女は暗い表情をしている。
「なにを思いだしたの?」
「前に緑先生から聞いた話なんだけどね。学園の外の人は、この場所を知らないから、名前は必要ないんだって」
枕子は無表情で言った。呼ばれることがなければ名は必要ないということか。対妖関係者が学園と口にすれば、例外なくこの場所をさしているのだから。
「わたしたちは誰にも知られない存在。誰がなんのために傷つきながら妖と戦っているのか、外の人は知らない。わたしたちが辛い訓練をしてるのはなんのためなのか知らない」
淡々と、呟くように枕子は言葉を続ける。彼女の視線は、あいから外れて遠くを見ている。その視線を追うと、先には大きな石碑があった。3メートルほどの平らに削られた石が立てられて、そこにはなにやら文字が刻んである。
「あいは、あの大きな石がなんだか知ってる?」
「お墓」
「そうだよ。この学園で亡くなった人や戦って死んだ人が、みんな燃やされて、あの石の下に埋められてる」
枕子は眉間に皺を刻み、震える声で言った。初めて見るような友人の深刻そうな表情に、あいは言葉をかけられなかった。
「わたしのパパとママも埋まってる。妖と戦って殺された」
彼女はあいと繋いだ手をほどき、石碑へ近づく。
「二人がどうやって死んじゃったのか、わたしはよく知らない」
知らないんだよ、と枕子は繰り返した。
「対妖は人々を妖から守るために戦ってるらしいけど、わたしは知りもしない世界や他人なんかを守るために傷つくのも死ぬのも嫌だ」
「……枕子」
「対妖になんてなりたくない。戦う訓練なんて大嫌い」
「……ならなければいいよ」
枕子は、あいのほうへ振りかえり、首を振った。
「あいは対妖になれなかった生徒がどうなるか知らないの?」
今度はあいが首を振る番だった。
「生きたまま燃やされて埋められるんだよ。あの石の下に」