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対妖  作者: 一途こころ
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対妖06

 真田がトラックの前方に向かうと、男女がこちらに向かってきている最中だった。運転席を見ると、運転手が目を閉じながら震えていた。男女に視線を戻すと、彼らは隠していた大きな刃物を取り出していた。

「キミたち、申し訳ないんだけど、車をどかしてもらえない?」

「匂いがする。仲間の匂いが」

 皮が剥がれているかのように、のっぺりとした肌の男が囁いた。鼻が小さく、魚人のように見える。妖に間違いない。

「今日も暑いからね。ボク、臭っちゃってるかい? 車、どけてよ」

 ハンカチで汗を拭きながら、真田は笑顔で拝むような所作をする。話が通じる相手だといいのだが。

「面白い物を隠してるだろ。よこせええええええ!」

 奇声を上げながら、女のほうが刃物を振りあげ、襲いかかってきた。真田は表情を変えず、半身を傾けて刃をよける。同時に彼女の首へと逆手に持ったナイフを滑らせた。

「バカが。オレたちにそんなナマクラが通用す──」

 にやける男が言葉を言いきる前に、女の首から鮮血が噴き出す。真田は出血を予想していたので、素早く移動して血をさけた。

「このナイフに刻まれてる文字、見える?」

 男は返事をせず、怒りの表情で真田を睨んでいる。今にも襲ってきそうだ。

「鋭くなるように呪が刻んであってね。キミたち妖には通常の武器は通じにくいけど──」

 真田はナイフを振って露を払う。

「──こいつはよく切れるよ」

 真田のナイフを凝視しながら、男は怯えたように後ずさりした。そうやって彼と対峙して、三分は経過しただろうか。

「向かいあっててもしょうがないよ。車、どかしてもらえないかい?」

 男は頷きかけたが、目を見開き、恐怖に怯えきったような表情で硬直した。

「どうした? 邪魔さえしなければ殺したりしないよ」

「こ、この匂い、まさか……!」

 男の視線は真田に向いていない。後ろのトラックを見ているようだ。そのトラックから悲鳴のような叫びが聞こえてきた。気にはなるが妖から目を離すのは危険だ。

「ちょっと待て、なんてモンを運んでやがるんだ……」

 彼の言葉には答えず、真田は眉をしかめる。男が荷の中身に気がついたのかもしれない。彼から妖の仲間へ紫水姫の話が広まれば、輸送に支障をきたすかもしれない。もっと強い妖の興味を引いて、さらなる襲撃を誘発するのは困る。

「もう話しあわずに始末することにしたよ」

 真田はナイフを握りなおした。

「うわああ、紫水姫かよ!」

 彼の叫びと同時に、背後から激しい金属音が轟いた。普段は対峙した妖から目を離したりしない真田だったが、思わずトラックのほうへ振り向いてしまった。それは妖と戦う者にとって許されない、隙を生む行為だった。

──まずい、攻撃される。

 慌てて妖のほうへと向きなおったが、彼は刃物を捨てて叫びながら真田から遠ざかっていた。男は恐ろしい恐ろしいと連呼しながら走りさっていく。トラックのほうへ再び振り向くと、荷台が内側から強い力で叩かれたように歪んでいた。そのさらに後方には大きく歪んだ扉が倒れている。

「こ、こりゃ、大変だ」

 声が震える。確認したわけではないが、恐れていた事態が起きてしまったと予想できる。

「考えていてもしかたがないか」

 仲間に連絡しなければ。真田は背広の内ポケットからスマートフォンを取り出した。




「あいつ、マジでムカつくよな」

「あいつって真田さんのことか?」

「そうだよ、敬一。お前もムカついてるんだろ?」

 敬一は首を振る。真田は数学を教えてくれた先生なので恩師ではあるが、好きでも嫌いでもない。

「オレは、あいつが前から嫌いなんだよ」

「どうして、そんなに嫌うんだ」

「真田は生徒や仲間のことなんて、なんとも思ってないからだよ!」

 すぐ隣に座っている翔が叫んだので、敬一は不快感を覚えた。

「狭いところで大声を出すなよ」

「うるせえ」

 うるさいのはお前だ、と言いかえしたかったが、喧嘩になりそうなので敬一はこらえた。翔は同期だが心底、反りが合わない。

「真田に媚売りやがって、お前もムカつくんだよ」

「媚なんて売ってないだろ」

 翔が答えなかったので、敬一は棺に目を向ける。

「敬一、お前もそいつが怖いのか?」

「怖いよ。紫水姫の話は母さんから飽きるほど聞かされてる。翔は怖くないのか?」

「怖い」

 意外な答えに、敬一は翔を見た。

「怖いのかよ」

「オレの親父は紫水姫に殺された死体の処理をした一人だ。どれだけ無残な亡骸だったか、それこそ飽きるほど聞かせれてるからな」

「それなら棺に足をのせんなよ……」

「足のせたくらいで封印は解けないだろ。真田がムカつくからイジってやったんだよ」

 敬一は視線を棺に戻して押し黙った。

「オレは寝る。真田のやつが戻ってきたら起こせ」

 そう吐き捨てて、翔は向かいの座席へ移動して横になってしまった。彼の物言いや行動に敬一は怒りがこみあげてきた。彼とは幼少の頃からの中だが、良い思い出など一つもない。翔とのやり取りは、ただ不快だった。

──オレもからかってやるか。

 棺に手をかけて、敬一は強く念じる。

「蓋くらい開けても大丈夫だろ」

 敬一の家系は封術に長けている。この棺にかかっている封印も敬一の母親が十六年間、施してきた。自身もその術を教わっており、解く方法も知っている。

「もう少しで解けるな」

 敬一がさらに強く念じると、棺に貼られた符の文字が一瞬光り、全て破れた。

「見てろよ、この野郎」

 寝息を立てている幼馴染を見下ろしながら、敬一は棺の蓋を強く引く。

「なんだこれ。重いな……」

 必死に引くと鈍い音を立てて、棺は開きはじめた。その刹那、棺の中から、おぞましいなにかが漏れ出てきたように敬一は錯覚する。おそるおそる棺の中を覗くと、そこには干からびた死体が納められていた。

「思ったより怖くないな。ただの干物みたいだ」

 こんな物が再び動きだして、人を襲うとは到底思えない。妖とはは何度も授業や校外学習で戦ってきた。だから存在を否定するつもりはない。しかし紫水姫に関しては、母親や先生たちが尾ひれをつけて生徒に吹きこんでいるだけのように思えた。

「こんな干物を怖がるなんて本当にバカみたいだ」

 敬一はさらに蓋を引く。紫水姫の亡骸を引っ張り出して、翔の上にのせるというイタズラをするつもりだ。死体に触るのは気持ちが悪いが、怯える翔の顔を見るためならたえられる。笑いだしそうなのをガマンしながら、敬一は紫水姫の肩に手をかけた。

「い、痛ッ!」

 肩に触れている右手のひらに痛みが走り、敬一は思わず声を出してしまった。その声で翔が飛びおきた。

「なんだよ、うるせえな」

「起きんなよ! チクショウ!」

 痛む右手のひらを逆の手でおさえると、ねっとりと液体の感触がした。見ると血が垂れている。

「なんだこれ。どこで切ったんだ?」

 棺の中を見ても鋭利な物はなにもない。あるのは干からびた死体だけだ。

「け、敬一……お前、マジでなにしてんだよ!」

「ちょっとお前をからかってやろうと思っただけだよ。その怯えた顔、笑える」

「……笑えねえよ! 笑えねえ!」

 翔は心底、怯えた表情で開いた棺を凝視している。笑いがこみあげてきた。

「今、封印しなおしてやるから心配す──」

 敬一は言葉を切る。眼前へ現れたモノに目を奪われたからだ。音もなく、ふわりとした動きで半裸の美しい女性が現れたのだ。彼女は棺の中から上半身だけ起こしている。

 敬一から見て女は荷台の後部へ向いており、横顔しか見えない。左目だけが見える。黒に近い紫色をした宝石のような瞳。

──なんて美しいんだ。

 透明感のある長い黒髪。端正で美しい横顔。二重の大きな目に長い睫毛。眩暈がするほどの甘い香り。こんな美しい少女は目にしたことがない。意識を奪われるような美しさから敬一が正気を取り戻せたのは、棺の重い蓋が床に落ちる激しい音がしたからだ。

「うわあああああああああああああああああああああああ!」

 翔の叫び。

──この女、どこから現れた? 棺の中から? 棺は半開きにしてあった。オレが必死に引いてやっと開くような重い蓋がのせられて。その中から出てきた? 蓋を軽々と押しのけて?

 敬一の脳内は疑問で溢れかえり、次の行動が取れない。助けを求めるように翔へ顔を向けると、彼は顔を両手で覆いながらガタガタと震えていた。その姿につい笑いが漏れた。その笑いに反応したように紫水姫の瞳がこちらへと向いた。その視線に気がついた敬一と彼女の目が合う。

「あんた、まさか……紫水姫か?」

 女は答えず視線を前に戻すと、微笑みながら棺の中で立ちあがった。同時にグチュっとなにかが潰れるような音が聞こえた気がした。彼女はいつの間にか、和服のようなものをまとっている。


挿絵(By みてみん)


「探しモノ」

 甘く、耳障りの良い声色。

「探しモノ……?」

 敬一のオウム返しに頷き、紫水姫はこちらへ首を傾けた。そして彼女の顔を正面からみた敬一は硬直する。

──右目がない。

 紫水姫の眼窩は、夜の井戸のように深く黒く、まるで穿たれた穴のようだった。

「驚かせちゃった? つけなくちゃね。右目」

 鈴のように可愛らしく笑い、彼女は右目に左手を添える。その手を離すと右眼球が入っていた。ツツツとその右目から赤い涙が零れる。

「ああああああああああああ……!」

 麻痺していた恐怖が心の底から溢れてきた。紫水姫の左目は敬一を見下ろしていたが、右目はあさってのほうを向いている。それが独立した生き物のように回り、敬一を見つめ静止した。今は彼女の両目が敬一をとらえている。恐怖のあまり、彼女から目をそらすとそこには眼球のない翔の無残な姿があった。大きく開いた口は歯を食いしばり、両目から血を流している。

「これ。あまり」

 にっこりと微笑みながら、紫水姫はなにかをつまみあげた。彼女が人差し指と親指でつまんでいた物は人の眼球だった。紫水姫が殺した相手から目玉を奪う理由がわかった気がする。その眼球を投げ渡されて敬一は悲鳴を上げてしまった。

「しょ、翔の目玉かよ、チクショウ……!」

 慌てて眼球を投げすて、服で両手を拭う。翔の血やら涙の混ざった液体と、右手から零れる自らの血液で服が汚れてしまった。

「ところで──」

 彼女はクンクンと鼻を小さく鳴らしながら、敬一に顔を近づけてくる。

「知ってる匂いがする。あなたたちから」

「な、なにが匂いだ! 封印してやる!」

 まだ血の止まらない右手を使って、敬一はポケットから符を取り出した。符に書かれている文字には妖を封じる効果がある。書かれている文字で効果が違うが、そんなことは今どうでもいい。

 この符と敬一の術で妖を封じる。それを封術という。

 しかし、術を施すよりも早く、紫水姫の手が敬一の顔に触れた。

「痛くしないよ。抵抗しなければ」

 一瞬の痛みの後に、血の気が引いていく。

「どこからきたの。あなた」

 囁くような言葉が、朦朧とした敬一の耳に届く。

「いいよ。答えてくれなくても」

 その優しい声色が逆に恐ろしい。

「教えてくれる。血が全部」

 頬に触れた指先へとなにもかもが吸われていくように、全身の感覚が薄れていくのがわかる。

「学園ね。見つけた。探しモノ」

「ど、どうして学園を知ってるんだ……」

 紫水姫の口ぶりから、彼女が学園へと向かうつもりだと敬一は察した。彼女の行き先を、どうにか真田に伝えなくては。この化け物をなんとかしてもらわなければならない。学園内には敬一の母親や弟も住んでいるのだから。

「おやすみ。稗田敬一」

 それは敬一が聞いた最後の言葉になった。

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