対妖05
「真田さーん、この仕事、退屈じゃないッスか」
「退屈じゃないと困るよ、翔くん」
「翔、少しは真面目にやれ。真田さんに失礼だろ」
「うるせー、敬一。初仕事だからって張りきんなよ」
「お前も初仕事だろ!」
「ヘイヘーイ」
揺れる護送車の荷台で、背広姿の真田は深いため息をつく。荷台の外枠には座席が設置されており、中央には古めかしい棺が置かれている。難解な文字が書かれた大量の符が貼られた棺を挟んで、四十代の真田と十代後半の新米二人は向かいあっていた。運転手は対妖ではなく、棺を保管していた施設の職員だ。その施設が老朽化で閉鎖することになり、真田が輸送を指揮するはめになったのだ。
「対妖も人手不足か……」
「なんスか、真田さん」
「なんでもないよ」
真田は再びため息をつく。卒業したての新米二人のおもりをしながら、危険な妖を運送する任務につくのは不安で気が進まなかった。誰でも新米の時期はあるし、真田にも若い頃は彼らのように良い意味でも悪い意味でも元気な時期もあった。しかし、失敗したら大惨事に繋がる輸送任務に、熟練の対妖一人と新米二人では有事に対処しきれないだろう。
「本当は明日、校外学習の引率をするはずだったのになぁ……」
生徒を連れて弱い妖を見つけては狩る。のんきな授業になるはずだった。
「今頃は静岡の綺麗な山で、キャンプの準備をしてたはずなのに」
「萌芽町の山ッスか」
「そうだよ。翔くんも校外学習で行ったろう」
「良いところだったッス」
「それがねぇ……」
真田は幾度か目のため息をつく。そのため息に翔は不快そうに眉をしかめた。
「それがオレたち新人と『こいつ』のおもりになって、不満たらたらってかんじッスか」
翔は皮肉混じりに言って、荷台中央にある棺を蹴る。中には危険な妖が納められているにも関わらず。
「やめなさい!」
「怖いんスか? こいつ、そんなに危険な妖なんスかね?」
「危険だよ。蘭央町事件を知らないの?」
「知ってるッスよ」
翔は棺の上で足を組み、真田を挑発するような笑みを浮かべる。
「お、おい、翔!」
「足を下ろしなさい! 死にたいのか!」
腰を上げて怒鳴る真田に、翔は表情を硬め、足を下ろした。
「ビビりすぎッスよ、真田さん。ムカつくなー」
「頼むよ、翔くん。本当に危険なんだ、こいつは……」
ああ、学園で数学を教えていたい。真田は心底そう思う。
翔は今年の春に学園を卒業するまで、真田が数学を教えていた生徒の一人だったが、当時から反抗的だった。
「真田さん、怖いんスか? ちょっと蓋開けて、中を見てみましょうよ」
「もし本気で言っているなら、わたしは今すぐキミを殺さなければならない」
「はぁ? 殺ってみろよ、クソ野郎が!」
蓋に手をかけながら翔は自らの鼻にベロを伸ばし、妙な顔で真田を挑発してきた。
「マジで、やめとけって、翔!」
──紫水姫の復活を企てたとして殺すか。
嫌いな相手が、自ら殺すチャンスを与えてくれている。危険な妖を強奪、及び復活させようとする相手は、殺害してでも排除するのが輸送任務に就く者の勤め。翔をここで始末しても誰にも文句を言われる筋合いはない。
「実に良い生徒だよ、キミは」
「あんたはクソ野郎ッスよ」
真田はニッコリと微笑み、ベルトのポーチにおさめられているナイフの柄を指でなぞる。
その直後だった。荷台が激しく揺れたのは。急ブレーキでもかけたのだろうか。真田は踏みとどまったものの、座っていた新米二人は荷台の前方に倒れこみ頭を打った。
「クソ、なんスか、いったい!」
「頭が痛え! チクショウ! 」
棺は強く固定されていたため、特に破損やらの問題はなさそうだった。悪態をつき続ける新米を尻目に、真田は荷台と運転席を繋ぐ小さな窓を叩く。その窓以外は金属製の壁に遮られて運転席の様子はうかがえない。その窓が開き、狼狽した運転手の顔が見えた。
「た、大変です、真田さん! ヤバそうな連中が道をふさいでます!」
「なんですって!?」
──紫水姫を狙った連中か?
窓から覗きこむと、外はすっかり暗くなっていたが、護送車のヘッドライトのおかげで、先にある大型の車両が視認できた。バスのような車両は横向きに止められており、確かに道をふさいでいる。
「か、顔がのっぺりした男と女が、こっちに来てます! 来るなああ!」
運転手が悲鳴を上げている。小窓からはよく見えないが、彼の必死な叫びから察するに、恐ろしいなにかが迫っているのは間違いないだろう。真田は荷台の後部に向かい、扉のロックを解除するボタンを強く押した。
「妖ッスか! よっしゃああ! やっと殺せるぜぇ!」
「真田さん、自分たちも行きます!」
息巻く二人を広げた手で制し、真田は荷台を降りる。
「わたしが外に出たら二人はすぐにドアをロックして。棺から目を離さないで」
「はぁ!? 手柄は一人占めッスか!?」
「そうですよ、一人じゃ危ないですよ!」
「いいから。棺になにかあったら危ないどころじゃないんだから」
頼んだよ。そう言い残し、真田は荷台の扉を閉めた。