対妖03
「くっしゅん!」
キッチンシンクの上に腰かけている赤いフードを被った少女。そのフードから流れるような金色の前髪が右目を覆っている。名は茨。鬼である。ギュウウと茨の腹が悲しげに鳴った。
「なんだ、茨! 風邪か! 鬼のくせに、生意気に風邪をひくのか!」
近くの冷蔵庫をあさっていた男が、茨に辛辣な言葉を投げかけてきた。冷蔵庫のドアを閉めた際の風圧で、彼の白銀色の長く美しい髪がなびく。
「桜、お前な。鬼のくせにって酷いだろ」
「キミが風邪を何回ひいてもかまわないが、ボクにうつすのは許さない!」
「風邪じゃないぞ。誰かが、あたいの噂してやがるんだ」
「クシャミが出ると噂をされているか。都市伝説だな!」
「あたいの場合は名前を出されると、本当にわかるんだよ」
「それより空じゃないか、冷蔵庫! 冷蔵庫が空でなにも貯蔵してないなら冷庫と呼べ!」
「呼べと言われてもな」
素っ頓狂な声でわけのわからないことを口走っているが、彼は優秀な対妖だった人物。名は高辻桜。茨を倒し、式神とした憎たらしい相手だ。
「ボクは原稿で忙しい。キミと関わってる場合じゃない!」
「関わってきたのは、そっちじゃないか」
「ボクは甘い物を食べないと脳が働かない。働かなければ原稿が締め切りに間に合わない。間に合わなければ、ボクの作品が世に出ない。ボクの漫画のファンは嘆き、ボクも悲しみを味わう!」
甘い物はどこだ! と叫びながら、桜はキッチンの戸棚や引き戸をあさっていく。
「あんま散らかすなよ。どうせ片づけるのは、あたいなんだから」
「甘い物がないぞ! 欠片もない!」
「甘い物はあんたが一日で全部喰っちまったろ」
「なんて使えない鬼だ! まさに鬼畜!」
「人の話を聞かないやつだな」
「人の話なら聞くかもしれないが、キミは鬼じゃないか」
「それもそうだ」
「甘い物を出せ!」
「いいか、桜……」
ギュウウと茨の腹が鳴る。
「あたいは腹が減ってるんだよ! 甘いもんの話ばっかりしやがって! あんたを喰ってやろうか!」
「キミが嫌がるから甘い物の話をしてるんだ! 嫌がってるのか? それなら最高だ!」
桜の頭を握りつぶそうと素早く腕を伸ばすが、その刹那、茨の指先から肘にかけて亀裂が走り、激しい痛みに襲われる。
「主に逆らえると思うな。鬼め」
「こいつ……! あたいを自由にしやがれ!」
「キミはボクの許可なく、なにも襲えないし誰も喰えない。自由なんて与えない。いつか必ず滅ぼしてやる」
「あたいをいつまでも式で縛っておけると思うなよ……」
「諦めるんだな」
「自由になったら、まずあんたを喰って、吐くまで人間どもを喰い散らかしてや──」
「いいから甘い物を買ってこい! 三千円、預けるぞ!」
言葉を遮られ、茨は表情をしかめる。
「チッ……! スルメを三千円分、買ってやる!」
「マシュマロか、ゼリーか、チョコか、ケーキか、カステラか! まあ、とにかく甘い物だ! 甘くない物を一つでも買ってきたら、全身に符を貼りつけて、軒先に三十時間は吊るしてやる!」
「わかった、わかった! 買ってくればいいんだろ! スルメだって美味しいのに、クソッ!」
茨は渋々とシンクから降り、桜から三千円を受けとった。