対妖02
「あんな棒の授業とか術の練習して、なんになるのかわかんないもん」
「妖と戦う時、役に立つんじゃないかな」
棒術の授業を終えての昼休み。あいと枕子は校舎の横にあるベンチに並んで座って、弁当を食べながら会話をしている。ちなみに二人はシャワーを浴びて制服に着替えているので汗臭くない。
「強い妖なんて本当にいるのかな。授業で戦う式神だって、弱っちいもん」
「緑先生は、わたしたちのレベルに合わせて弱い式神を使ってくれてるんじゃないかな」
「そうなのかな。とにかく、強くて怖い妖なんて、わたし見たことないもん」
式神とは対妖や術者が、なんらかの方法で妖を支配下に置き、使役している存在だ。ゲームで例えるなら、仲間にしたモンスターのようなものだ。
「野良妖の強さだって、授業で戦った式神と同じようなもんでしょ」
「野良妖って」
「わたしが頑張らなくても誰かがやっつけてくれるもん」
「それはそうかもしれないけど」
あいは苦笑しながら、膝の弁当箱から卵焼きを箸でつまみあげる。今日は八月一日で真夏日なのだが、ベンチは木陰にあるので涼しく、弁当は美味しそうだ。幸せを感じる。いつの間にかあいの表情は苦笑から、微笑みに変わっていた。
そういえば世間の学生はこの時期、夏休みなのだろうか。この学園には夏休みなんてものはない。春休みも冬休みもない。当然ながら秋休みもないし祝日もない。自由に過ごせるのは日曜日と夕方以降だけだ。自由といっても学園の敷地外へ無許可では出られないし、インターネットも制限されている。娯楽施設もコンビニも、ある程度は敷地内に点在しているので際立った不便さはない。それでも少し窮屈だ。
あいの表情は微笑みから苦笑に戻った。
「笑ってるけど、あいだって、こんな授業なんか意味ないって思うでしょ? 妖は十五年くらい大きな事件を起こしてないじゃない」
「大きな事件があった時のために、戦える人材を育ててるんじゃないかな」
「必要あるのかな。妖なんて、銃とかで撃っちゃえば勝てるでしょ」
「妖を撃ったことがないから、わかんないよ」
あいは答えつつ、弁当箱からシイタケの煮物をつまむ。
「ところで、お弁当、美味しい?」
「美味しいよ。さすが枕子。お料理上手だよね」
「えへへ、そうでしょ」
得意げな顔で微笑む枕子に、あいも笑顔で返す。
「毎日、お弁当作ってくれて、ありがと」
「わたしがお弁当作ったげないと、あいはお昼ご飯、ちゃんと食べてくれないんだもん」
生徒には学園から金銭が支給されるので、食事は学食やコンビニで済ませばいいのかもしれない。しかし、あいは欲しいゲームのために、食費を抑えて駄菓子で間に合わせていた。それを知った親友が心配して、毎日のように弁当を作ってくれているのだ。
「お弁当代、払うのに」
「いいのいいの。お金を請求したら、ゲームに使うお金が減るっていって、お弁当作りを断る気でしょ」
そのとおりなので、あいは笑ってごまかした。
「ご飯を抜いてまで欲しいゲームって、そんなに楽しいの?」
「楽しいよ。外れもあるけど」
「ふーん。美味しいお弁当を食べるより楽しいんだ」
枕子は目を細めて、あいを見つめてきた。
──まずい。拗ねてる時の顔だ。
枕子は友人として好きだし、イイヤツだとは思うが、拗ねるとちょっと怖い。
「お、お弁当は美味しいけど、食べたら終わっちゃう。ゲームはしばらく楽しめるから……」
クスっと微笑み、枕子はあいの頭をなでた。
「あいがゲームで楽しめるように、お弁当作りがんばるよ」
「ありがとう、枕子様ー! 一緒にゲームやろうよ」
「わたし、デジタルな画面は苦手だもん」
「小さな頃、ベビーシッター的な人にゾンビゲームをやらされて吐いちゃったんだっけ」
「3Dで酔っちゃって。それ以来、スマホの画面も見られないよ」
枕子は胸元を押さえて、ぷるぷると震えた。
「もうゲームに誘わないから震えないで」
「誘われないなら誘われないで、寂しいもん。誘ってよ。断るけど」
「やっぱり断るんだ」
あいは苦笑して、唐揚げを口に入れた。
実に美味しい。弁当なので冷めているのは当然だが、それでもなお、パリパリとした歯ごたえがある。
「美味しい?」
嬉しそうに聞いてくる枕子に、あいは頷く。
「やっぱりお弁当代、払わせてよ」
「学園からもらってるお金、わたしにとって料理以外にほとんど使い道ないから、本当に気にしないで」
「気になるし感謝してるよ。枕子は欲しい物ってないの?」
「欲しいモノかぁ」
「そう、欲しい物」
抱きついていたあいが枕子から離れると、彼女は空を見上げながら考えこむように顎に指を当てた。
「欲しいモノは、あいがくれたよ。物じゃなくてモノだけど」
「わたしが欲しいモノを? なにそれ?」
「友達」
そう言って枕子は満面の笑みを、あいに向けてくれた。
「う、嬉しいこと言ってくれるね」
「たった一人の親友ちゃんだもん」
優しげに微笑む親友に、あいは感激して涙がこぼれそうになった。
「わたしも学園じゃ枕子が、たった一人の友達だよ」
その返事に喜んでもらえるかと期待していたのだが、枕子の反応は冷たかった。目が半開きになって真顔になっている。
「ど、どうしたの?」
「学園『じゃ』たった一人? 学園の『外』にも友達いるの?」
たった一人の友達という特別感を演出したつもりが、学園外にも友人がいるのをさとられてしまった。別に他の友達がいても問題なさそうだが、枕子が相手の場合はそうはいかない。この子とは数年の付き合いだが、その独占欲たるやかなりのものだった。
「そ、外の友達は人間じゃないから、人の友達は枕子だけだよ」
「ふーん。わたしとどっちが好き?」
どっちが好きかなんて、友達を比べられないよ! と言いたいところだが──
「ま、枕子のほうが好き」
「そっか。わたしもあいが大好きだよ」
──機嫌を損なわないように嘘をついてしまった。
友人に嘘をついた一抹の罪悪感と、お調子者な答えをしてしまった自己嫌悪に、あいの笑顔は引きつってしまった。しかし、枕子が嬉しそうなので、まあいいかと無理に納得した。
枕子の欠点は、その強い独占欲だが、あいは気にしていない。あいにも欠点はある。ゲームを買うために食を細くして友人に心配かけたり、勉強が苦手だったりする。欠点を飲みこんだ上で、あいは枕子を友人として好きだ。
──お弁当も作ってくれるし。
「わたしって学園の外に一回も出たことがないけど、楽しいとこ?」
「楽しいかは人それぞれじゃないかな」
「あいは外の生活、楽しかった?」
「楽しかったよ。辛いこともあった気がするけど、思い出せない」
「ふーん。ちょっと興味あるけど、わたしには関係ない話だね」
「次に実家へ帰る時、一緒に来ない?」
あいは年に一度だけ、実家のある東京への外出を許可されている。
「うちのお父さんって元対妖で、凄かったらしいから、術を教わるとか適当に理由つけて外出届け出してみたら?」
「桜さんかぁ」
あいの育ての親である高辻桜。引退して漫画家になったが、過去は優秀な対妖だったと緑先生から聞いている。
「お父さんに紹介してくれるの? 恋人みたいに」
「な、なに言ってるの!?」
「恋人のお父さんに会う時って、どんな服を着ればいいのかな」
「恋人、違う! 友達だってお父さんに紹介くらいするよね!?」
「するよねって言われても、わたし学園外のことって、よく知らないもん」
「わ、わたしも他に友達いないから、わかんないや」
「人間じゃない友達っていう人は? ……人間じゃないのに人っていうのもなんだけど。その子もお父さんに紹介したの?」
「紹介するもなにも、外の友達はお父さんの式神だから」
「それってつまり、式神が友達なの!?」
枕子は驚いたのか、目を白黒させている。
「あいにも式神の友達がいたなんて、ちょっと驚いた」
「あい『にも』って、どういう意味? 枕子にもいるの? 式神の友達」
「わ、わたしの友達は、あいだけだよ」
──なんか、はっきりしない言い方。
「まあ、その式神の子とは小さい頃から一緒に暮らしてたの。そもそも妖とか人とか意識したこともなかったよ」
「妖と友達になれるなんて、素敵だね」
「クラスの子たちとも友達になれたいいんだけどね」
あいと枕子はそろって苦笑いを浮かべた。
「枕子は強くて怖い妖を見たことがないって言ってたけど、だからね、わたしは一人知ってるの」
「強くて怖い妖を? あ……高辻桜さんの式神って、確か」
「そう。有名な茨木童子」
あいは弁当箱を見ながら呟く。
「とっても食いしん坊なんだ」