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対妖  作者: 一途こころ
12/15

対妖12

 何度か頬や肩に薙刀を当てることができたが、緑先生に傷一つつけられない。

「ば、化け物ですか!」

「先生は化け物じゃないですー。水島くんより長く生きていて、さらに努力を惜しまずにいただけですよー」

「クソおおおおお!」

 水島は苛立って冷静でいられなくなってきた。先生に対しての苛立ちではない。背後から聞こえる雑談が神経を逆なでさせる。

「水島くんの薙刀でも、緑先生の硬気術は破れなかったかぁ」

「戦うの嫌ってるくせに、見学は真面目にするよね、枕子って」

「べ、別に真面目に見てないもん! 戦いって怖いし嫌いだし……」

「でも緑先生って硬くなれるなら、よける必要ないよね? どうして逃げまわってるのかな」

「それはそうでしょ。素早く動く妖を想定した訓練だもん。じっとしてるモノを攻撃するなら、相手は先生じゃなくてもいいし」

「それもそっか」

「緑先生に何回も重そうな薙刀を当ててるから、水島くんも結構強いんじゃないかな」

「へえ、さすが一班だね」

──勝手なこと言いやがって、四班の分際で……!

 高辻あいは、まだ許せる。あいつは戦闘能力に関しては水島を凌いでいる。『気絶するまで戦う』授業で何回か相手をしたが、勝てた試しがない。しかし、和歌山枕子、こいつは許せない。戦うのを怖がる弱虫で、対妖になるつもりもさらさらないくせに、なにを偉そうに人を『結構強い』などと評しているのか。水島は怒鳴り散らしたいのをがまんし、強く唇を噛む。

「緑先生は本気でよけてない気がするけどね。そうじゃないと授業にならないもん」

「あれで本気じゃないの……?」

「そうだよ。対妖には緑先生とか強い人がいるんだし、わたしなんかが訓練つまなくても──」

「うるさいぞ!」

 思わず水島が怒鳴ると、枕子は怯えたような表情でうつむいた。あいは怯えるどころか鋭い眼差しで水島を睨んでいる。

「水島くん、降参ですかー?」

 耳のそばで後ろから囁かれ、水島は慌てて振りかえりざまに薙刀で水平に薙ぐ。手ごたえはなかった。どうやら雑談で頭に血がのぼり、先生を背にして、あいたちのほうへ体を向けていたようだ。

「もし先生が相対していた妖だったら、水島くんは死んでいましたねー」

「すみません、先生……」

 謝ったが落ちこんでいる場合じゃない。緑先生に傷を負わせられれば対妖になれる。この学園に通う生徒は幼い頃から対妖になるための訓練をつんできた。刻呪や体術、それぞれ個人が得意とする特別な術や技能。そして優れた者だけが、社会と人々を救う対妖になれるのだ。落ちこぼれは焼かれて死ぬだけ。十八歳までに対妖の才覚なしとされた生徒は、生きたまま焼かれて石碑の下に埋められる。無能と恥の証としての罰。

──オレは憧れの対妖になって卒業するのだ。

 目の前の化け物に手傷を負わせて──

「水島くん。やる気がないなら、他の子に代わってください。時間の無駄ですよー」

「い、いえ! 続けさせてください!」

 今は外野に思考を乱されている場合じゃない。

──それにしても、子供みたいなのに恐ろしいやつだ。

 構えに隙はなく、無駄がない動きで攻撃をかわされる。若草色の髪に緑の道着、そして髪の色に合わせた眼鏡。どうみても強そうには見えない。

──待てよ? 眼鏡……?

「緑先生って、目が悪いんですか?」

「視力は3、0。動体視力にも自信がありますよー」

 それはそうだ。彼女は水島の攻撃を目で追っている。目が悪いわけがない。

──ファッションで眼鏡をつけてるのか?

 髪の色に合わせた服装をしているので、それもあり得る。よく見ると髪飾りも、深い緑色をしていて強いこだわりが見られる。眼鏡も伊達でつけているのかもしれない。

 しかし、どうだ。眼鏡なんて戦いでは邪魔だろう。先生っぽく賢そうに見えるとか、そういう理由で眼鏡をしているようには思えない。緑先生は数学が苦手なのを認めている。賢さをアピールなんて興味がないだろう。目が悪いわけでもない、ファッションでもないなら、どうして眼鏡をしているのか。ただ眼鏡が好きなのか。

──もしかして、目が弱点なんじゃないか?

 どうせ、つけいる隙がないのなら、その仮定に賭けてみよう。

「水島くーん。戦意喪失しているのですかー?」

「ち、違います!」

 目だ。目を狙ってやる。今までは顔を攻めていなかった。好きに攻撃してもいいと言われても、知人の顔に刃で斬りつけるのはためらってしまう。だが、この緑の生き物はただの知人ではない。斬っても斬れない化け物だ。顔を斬りつけても死にはしないだろう。

 ただ攻めてもだめなら、一か八かだ。

「覚悟しやがれ、緑野郎うううううう!」

 水島は気合をこめた横薙ぎを、緑先生の顔面に放つ。

 先生の顔が曇った! こいつはいけるかもしれない! そう発奮した刹那、顔面に衝撃が走り、水島は意識を失った。


挿絵(By みてみん)


「あっ」

 緑は多少の動揺を浮かべ、自分の拳と吹っ飛んだ生徒を見比べる。

「やっちゃいましたー」

 つい手が出てしまった。緑は幼い頃のトラウマで、目になにかが近づくのをとても嫌悪している。後ろから『だーれだ』と両手で目を覆われた日には、その相手の両腕をねじ切って、叫びをあげる口につっこんでしまうかもしれない。そんな緑の目へ、水島が攻撃をしかけてきたので薙刀の刃先を指でつまみ止めるのと同時に、彼の顔を殴りあげてしまった。いわゆるアッパーである。緑に殴られた水島は吹き飛び、転がって壁に当たり止まったのだが──

「水島くん、無事ですかー?」

「無事じゃないみたいです」

 水島に駆け寄った生徒たちが緑に答える。

──殺っちゃいましたかねー……。

 学園内で不遇な扱いを受ける生徒たち。緑は極力、彼らを尊重して教師を続けていたつもりだった。それなのに授業中、生徒を殺めてしまったら他の教師と変わらない。水島だって可愛い生徒の一人だ。心配になって緑も彼に駆け寄ると、水島の顔は緑色に変わり、鼻や口から血を噴き出していた。

「水島くんを至急、保健室へお願いしますー」

 彼のそばにいた生徒たちが頷き、水島をつれて道場を出ていった。

「舌を噛んでいないようなので安心なのですよー」

「あ、安心ですか? 水島、緑色になってましたよ?」

 疑問を投げかけてきたのは高辻あい。引退した対妖に引きとられて、鬼と一緒に育った少女。

「先生は硬気術の他に、体内にしこんだ毒を使って戦いますー」

 近くの壁に手を添えて、緑はあいのほうへ体を向ける。

「いいですかー、高辻くん」

 緑は壁に添えた手に軽く力をこめる。するとブスブスと嫌な音を立てて壁が溶けはじめ、やがて大きな穴になった。エアコンのきいた道場内へ、外から熱い風が入ってくる。溶けた壁は緑色の液体にになり、立ちのぼる気体も同じ色をしている。

「先生はおさえていても毒気が漏れてしまいますので、毒に浸食された水島くんは変色していましたが──」

 壁だった液体が畳を伝って足元に近づいてきた。

「溶けず、緑色になる程度なら問題ないのですよー」

 あいに視線を戻し、緑はそう伝えた。溶けてないなら大丈夫なのかーと、あいは納得したようだった。

「それに安心してくださいー。保健の先生は優秀ですので、多少は溶けていても治してくれますよー」

 自分で言っておいてなんだが、まったく安心できないと思う。生徒たちも同じなのか、とても動揺した様子を見せている。しかし、授業は大切だ。生徒たちが対妖になれば、緑よりも危険な相手と戦わなければならないかもしれない。

──紫水姫が復活し、姿を消した今は特にです。

 緑は眉をひそめる。真田からの第二報を思いだしたからだ。彼は鬼と化した同僚二人と運転手を始末し、輸送車の荷台を調べ、あるモノを発見した。荷台の壁に書かれた血文字だ。そこには『がくえん』と書かれていたらしい。位置関係から、稗田敬一の手によって書かれた文字だと真田は推測していた。

──真田先生には意味がわからなかったようですがー。

 緑には理解できた。紫水姫が『探しモノ』を求めて学園にやってくるという意味だろう。緑は知っている。紫水姫が切望している存在を。それが、この学園にあるということも。

「……緑先生、大丈夫ですか?」

 あいが心配そうに声をかけてきた。

「まあ大丈夫ですよー。それより──」

 あいの横に座っている少女が気になった。

「和歌山くん、どうしてそんなにニヤニヤしてるのですかー?」

 緑に声をかけられて驚いたのか、枕子は笑顔を消して動揺した様子を見せた。

「そ、その……水島くんが、あんなになっちゃったし、授業は中止かなーって」

「水島くんの状態が授業の継続になんの関係があるのですかー?」

「み、緑先生が水島くんを心配して、保健室に様子を見にいったりしたらいいなーって……」

「行きませんー。先生が様子を見にいっても、水島くんが回復するわけでもないですし、保健の先生を信頼しているのですよー」

「授業は継続ですか……」

「無論ですー」

 緑が言いきると、枕子は肩を落とした。

「それでは次の相手は和歌山くんにしましょうー」

 緑の言葉に枕子は目を見開き硬直した。

「み、緑先生! 次はわたしが立候補します!」

「高辻くん。却下ですー」

「わ、わたし、授業が終わるまで見学してたいです……」

 助けを求めるように友人へ視線を送り、枕子はガタガタと震えはじめた。

「和歌山くん、前に出てきてくださいー」

 今日にでも学園へ紫水姫がやってくるかもしれない。枕子は見学していたいと逃げている場合ではないのだ。緑は心を鬼にする決意をした。

「あなたは高辻くんを好きなのですよねー」

 緑の言葉に枕子は動揺して、周囲を見回す。周りの目が気になったのだろう。

「す、好きですけど……」

「高辻くんを守りたいと思いますかー」

「思いますけど……」

「はっきりしてくださいー」

 緑の強い口調に、枕子は怯んだ様子を見せたが、唾を飲みこんだ後に何度も頷いた。

「守りたいです」

「それなら戦う覚悟を決めてくださいー」

 紫水姫の探しモノは『高辻あい』なのだから。


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