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対妖  作者: 一途こころ
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対妖01

 わたしは生首。


挿絵(By みてみん)


頬に当たる床がやけに冷たい。視界の先には美しい夜空。大きい満月から青白い光が降りそそいでいる。

──綺麗な月。

 声にしたつもりが、肺が無いので喉から音が出なかった。喋るどころか、そもそも身動き一つとれない状況だ。生首なので、そもそも動かす『身』がない。

 どうしたものだろうかと思案していると、男が月明かりを遮るように近づいてきた。




「うぎゃああああああああ!」

 学園の道場内で、窓ガラスをも砕きそうな叫びが轟いた。

「ごめん、枕子!」

「ちょっと、あい! こんな練習で死んじゃったら、どうすんの!」

 二人は棒術の練習をしていたのだが、その中であいの棒が枕子の頭を強打してしまった。枕子は自分の頭頂部をおさえて、頬を膨らませている。彼女は薄茶色の巻き毛で、柔らかそうな髪をしているのだが、衝撃吸収の役には立たなかったようだ。涙の浮かぶ上目遣いで睨まれて、あいは後ずさる。

「頭が割れちゃいそうだもん……」

「ご、ごめんってば」

 木製の棒は1.5メートルほどの長さ。軽い素材で作られているものの、殴られたらそれなりに痛いだろう。

「ちょっとは手加減してよ……」

「手加減してたら練習にならないよ」

 あいが苦笑すると枕子は拗ねたように再び頬を膨らませた。二人が通う学園は妖怪や鬼、ひっくるめてあやかしと戦う『対妖』と呼ばれる人材を育成する場所だ。妖と戦うために超常的な術を教わったりもするのだが、格闘技や武器を扱う授業も多い。棒術の訓練もその授業の一つだ。あいは本気で授業に取り組んでいるのだが、枕子は適当に棒を振り回しているだけ。危機感を覚えれば少しは真面目に訓練をしてもらえるかと考え、鋭く棒を振りおろしたのだが、枕子は反応してくれなかった。

 そんな枕子の様子をみた他の生徒が笑いはじめた。

「失敗した人を笑うなんて酷いよ」

「高辻、お前が殴ったんだろ」

 手にした棒を回転させながら、背の高い男が言った。彼の名は稗田健二。あいを敵視してくるクラスメートだ。理由は知らない。その健二は生徒たちの中から前に出て、こちらへ棒の先を向けてくる。

 ちなみに高辻とは、あいの名字だ。

「お前も殴ってやろうか?」

 あいは答えず、彼を一瞥して、枕子へ視線を戻す。

「枕子、頭は大丈夫?」

「たぶん、だいじょ──」

「そいつの頭は殴らなくてもイカれてんだろ」

 健二の言葉に、周囲の生徒が爆笑する中、あいは冷ややかな表情で棒の握りを強める。

「あい! やめ──」

 枕子の言葉を遮るように激しい打撃音が鳴った。頭をおさえながら畳の床にうずくまる健二。彼が落とした棒が畳に転がる乾いた音。周囲の笑いはやみ、凍りついたような空気が道場内に漂う。

「健二も頭を殴られたよ。みんな笑わないの?」

 誰も笑わない。周囲を見回すと健二と笑っていた数人以外は、無視を決めこんで訓練を続ける者がほとんどだった。

「てめえ、ぶっ殺してやる!」

 落とした棒を拾い、彼は怒り狂った表情であいに迫ってきた。

「受けて立つよ」

 棒の先を健二に向け、あいは冷静な表情を崩さない。まずは棒先で健二の腕を払おうかと力をこめた瞬間、道場に小さな女の子が入ってきた。

「はい、喧嘩はそこまでですよー」

 その一声で、あいと健二は動きを止めて、道場は静まりかえる。彼女は学園の先生の一人、冷泉緑。緑は生徒よりも背が低く、眼鏡をかけた子供にしか見えない。愛称は緑先生。服装も眼鏡のフチも緑色で統一されている。威厳の欠片もない外見とは裏腹に、声は通っており、相手を従わせるような迫力がある。

 暴力に訴えずに済んで、あいは胸をなでおろす。

「高辻くんも稗田くんも同じ四班でしょう。仲良くしてくださいー」

 渋々といった様子で、健二は棒を下げる。あいも棒先を彼から床に向けた。稗田とは健二の苗字だ。

「さすが落ちこぼれの四班。見苦しいよな」

 小声だが確かに背後から、そう聞こえた。生徒の誰かが囁いたのだろう。押し殺したような笑い声も聞こえる。あいは受け流したが、健二は激昂したようで怒声を上げながら棒を振り回した。

「ふざけたこと言いやがって! どいつだ、ぶん殴ってや──」

 無差別に他の生徒たちへ殴りかかる勢いで、健二は駆け出したが、彼はいつの間にか床に倒れていた。健二は音もなく、緑先生の手によって回転するかのように床へ転がされたのだ。

「喧嘩はそこまでと言ったはずですよー。後ろの子たちも悪口はいけませんー」

 緑先生はそう言いながら眼鏡のツルをツンと指先で突いた。

「おしおきしちゃいますよー?」

 生徒たちが委縮し、道場内は静まりかえった。その気持ちはあいにも理解できる。緑先生は戦闘関連の授業全般を受け持っているだけあって、とてつもなく強い。そして、怒らせたくないという威圧感をもっている。

「はい、みなさん。授業の続きをしましょうねー」

 生徒全員が返事をし、それぞれ棒を手にした。

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