黒猫ツバキと銅鏡ちゃん・前編
登場キャラ紹介
コンデッサ……ボロノナーレ王国に住む、有能な魔女。20代。赤い髪の美人さん。
ツバキ……コンデッサの使い魔。言葉を話せる、メスの黒猫。まだ成猫ではない。ツッコミが鋭い。
アマテラス……天照大神。日本神話の最高神。10代の少女の姿をしている。コンデッサたちとは、旧知の仲。
用語説明
古代世界……コンデッサたちが生きている時代より、数億前の地球(つまり、現代の地球)。
オーパーツ……古代世界から伝わる、謎の器物。用途不明なケースが多い。
柱……神様の数え方。「1人、2人」では無く、「1柱、2柱」と数える。
岩戸隠れ……日本神話のエピソード。須佐之男命と喧嘩した天照大神が、天の岩戸(岩でできた洞窟)の中へ緊急避難した事件。太陽神である天照大神が引きこもってしまったため世界は闇に閉ざされ、みんな迷惑した。
ここは、ボロノナーレ王国の端っこにある村。
魔女コンデッサが、クワを使って、せっせと畑を耕していた。
「まったく、なんで魔女の私が、畑仕事なんぞしなくちゃならんのだ」
「畑の持ち主のユゲノお爺ちゃんが、腰を痛めてしまったのニャ。お爺ちゃんからはいつも野菜を無料で貰っているんだし、こんにゃ時こそ、お礼をするニャン」
使い魔の黒猫ツバキが、主の魔女へ道理を言い聞かせる。猫なのに、偉い。
「まぁ、別に私も恩返しするのがイヤな訳ではないのだが……。というか、ツバキ! お前、何を寛いで日向ぼっこしてるんだ。少しは手伝え!」
猫は、やっぱり猫だった。見~て~る~だ~け~。
「猫に、畑仕事は無理なのニャ。代わりに精一杯、ご主人様のこと応援するニャン。フレ~、フレ~、ご主人様。フレ~、フレ~、クワをフレ~。もっと、気合いを込めてクワを振れ~、にゃん」
「聞いていると、無性に腹が立ってくる声援だな」
コンデッサが勢いよくクワを振り下ろすと、その先端部分にガチンと何かが触れた。
どうやら、畑の土の中に硬いモノが埋まっていたらしい。
「なんだ、コレ?」
コンデッサは掘り起こしてみる。出てきたのは、円盤の如き物体。金属製のようだ。
「丸くて平べったいにゃん。お盆みたいニャ」
「直径は20センチ程度か……。厚みもそれなりにあるし、かなり重いな」
表面に付いていた土を、コンデッサが無造作に手で払い落とす。
「……ほほぉ、珍しい。これは、銅鏡だな」
「銅鏡って、ニャニ?」
「古代世界で使用されていた、オーパーツの1種だよ。早い話が、銅で出来た鏡だ」
銅鏡をしげしげと眺め、コンデッサは考え込む。
「しかし、不思議だな。この銅鏡、地中に長い年月埋まっていただろうに、ちっとも変質していない。作られたばかりのように、美しい色合いをしているぞ」
「でも、鏡にゃのに、ご主人様の顔が映っていないニャン」
「そこも、妙なところだな。表面は、こんなにツルツルしているにもかかわらず……」
コンデッサが銅鏡の表面を指先で撫でていると、「出してくれ~、出してくれ~」という声が何処からともなく響いてきた。
「わ! ご主人様。鏡の奥から、誰かが話しかけてくるニャン」
「どういうことだ? 何者かが、銅鏡の中に隠れ潜んでいるのか?」
「きっと、モンスターにゃ。鏡の中にズッといたせいで干からびちゃった、ミイラに違いないニャ。鏡の中のミイラ――《妖怪ミラー=ミイラ》にゃん」
「そうか! 出てこい、妖怪ミラー=ミイラめ! 退治してくれる」
「モンスターをやっつけるニャ!」
魔女と黒猫が、勇んでいると――
「誰が、妖怪ミラー=ミイラじゃ!!!」
鏡の表に、パッと少女の顔が現れる。黒髪で黒い瞳、10代半ばの女の子だ。
「あ、アマちゃん様にゃ」
「これはこれは……アマテラス様では無いですか。鏡の中で、何をしておられるのですか?」
「う……うむ。それは……な」
口ごもる、鏡の中のアマテラス。話しにくい、事柄らしい。
「分かりました、アマテラス様。詳しい事情は、私の家で伺いましょう」
「けど、ご主人様。ユゲノお爺ちゃんの畑、まだ耕し終わっていないニャン」
「用事が出来てしまったからな。サッサと終了させる事にしよう。《耕耘
魔法》!」
コンデッサが魔法を唱えると、空中に無数のクワが出現した。クワたちは一斉に大地へ躍りかかるや、クワクワクワクワクワ!!!!! と、アッと言う間にユゲノの畑を耕してしまう。
「こんにゃ事なら、最初から魔法を使えば良かったニャン」
「魔法に頼り切るのは、宜しくない。人間、自分の手足を動かすことが大切なのさ」
「ご主人様は、立派にゃん」
「では、《転移魔法》で家へ帰るとするか」
「そうするニャ」
「そこは、自分の足で歩いて帰るべきではないのか?」
アマテラスが鏡の中からツッコむが、コンデッサにもツバキにもスルーされてしまった。
人間も猫も、楽できるなら楽したいのだ。
♢
自宅に戻ったコンデッサは、取りあえず銅鏡を井戸の水で洗い流した。製作し立てのようにピカピカになった鏡面には、相変わらずアマテラスの顔が映し出されている。
「アマちゃん様。何で鏡から出てこないニョ?」
「そ、それは……」
ゴニョゴニョと口を濁す、アマテラス。
「ツバキ、察してやれ。アマテラス様には、きっと何か深い事情がおありなのだ。古の賢人曰く――『人は、神に問うべからず』」
「さすが、コンデッサじゃ。敬神の心掛けを忘れないとは……改めて、お主を褒めてつかわそう」
「ありがとうございます」
「アタシは、アマちゃん様が出てこない理由を知りたいだけなニョに……」
不満げなツバキを、コンデッサが教え諭す。
「アマテラス様は、引きこもりのプロなのだ」
「引きこもりにょプロ?」
「ああ。聞くところによると、イヤなことがあったら、すぐに岩戸の中へ泣きながら駆け込むのを日課としておられるそうだからな。今回も、どうせしょ~もない理由で鏡の中へ引きこもっているだけなのだろうよ。詮索するのも、面倒だ」
「誰が、引きこもりのプロじゃ!!!」
コンデッサの説明に抗議する、アマテラス。
「違うのですか?」
「当たり前じゃ」
「それじゃ、アマちゃん様はど~して鏡の中へ入ったにょ?」
ツバキが尋ねると、アマテラスは急にエラそ~な態度になった。
「うむ。そなた等は、妾が高天原の最高神であることは知っておるな」
「ハイ」
「知ってるニャ」
「最高神であるからには、敬われ、尊ばれ、崇められ、チヤホヤされ、上げ膳据え膳、日がな一日ノンビリ、ダラダラと暮らしたところで誰にも咎められる謂われなど無いはずじゃ」
威張る、最高神。
「…………」
「……ニャ~」
魔女と猫のジト目に気付かず、最高神は愚痴をこぼす。
「ところが高木神のヤツが、年がら年中ガミガミガミガミ……やれ『規則正しい生活を送りなさい』、やれ『勉学に励みなさい』、やれ『機織りをしなさい』、やれ『太陽神としての自覚を持ちなさい』と、妾の暮らしに毎日干渉してくるのじゃ。彼奴、妾の教育係じゃからと言って、張り切りすぎじゃ。そのあまりの横暴さに耐えかね、妾はしばしば〝自由への飛翔〟を試みるのじゃが……」
「つまり、〝脱走〟ですね」
「タカちゃん神様はアマちゃん様のことを思って、厳しくしてるに違いないにょに……可哀そうニャン」
神様に同情する、猫。
「可哀そうなのは、妾じゃ! 高木神のヤツ、妾が山へ行こうと、海へ行こうと、人里へ行こうと、星の彼方へ行こうと、すぐに見つけだして高天原へ連れ戻してしまうのじゃ」
「タカちゃん神様、凄いニャン」
「う~ん……。高木神様の正式な神名は、確か《高御産巣日神》……別天津神の1柱ですからね。ある意味、アマテラス様の導き手のような存在とも言えますし」
「コンデッサは、詳しいの」
「少し興味がありまして……《解読魔法》を使用して、古代の文献を読み漁りました」
コンデッサは、意外に勉強熱心であった。アマテラスも、少しは見習うべきだろう。
女神が、鏡の中で溜息を吐く。
「そういう訳で、どこへ行っても高木神の眼から逃れることが出来んのじゃ。この間なぞ、金星まで赴いてヴィーナスと『スッポンポンごっこ』で遊んでいたところを捕まり、大目玉を喰らってしまった」
「〝スッポンポンごっこ〟……いかがわしい雰囲気が」
「ハレンチにゃ」
常時スッポンポンのツバキが述べる。
「誤解するな。処女神である妾は、慎み深いのじゃ。フルタイム・ヌード女神のヴィーナスとは違う。『スッポンポンごっこ』とは、ポン酢を掛けたスッポン料理の早食い競争……その、大会名じゃ」
「アマテラス様……そんな大会に出場なさったのですか。それは、高木神様に叱られて当然かと」
「アマちゃん様、全然慎み深くないニャン」
魔女と猫の言葉を、女神は聞き流す。
「それはさておき、高木神の魔手より逃れようと悪戦苦闘していた妾は、ついに最適な隠れ場所を探し当てることに成功したのじゃ」
「ひょっとして、それが〝銅鏡の中〟なのですか?」
アマテラスが首を縦に振る。
「そうじゃ。そもそも妾の御神体である八咫鏡も、紛うこと無き銅鏡じゃからな。妾と銅鏡は、相性が良いのじゃ。たまたま散歩中に畑の中に埋まっている、この銅鏡と出会い……」
「散歩中……また、高木神様より逃げていたんですね」
「逃走中にゃ」
「と、ともかく、この銅鏡の中へ入り込んだところ、高木神のヤツ、妾を発見できずに通り過ぎていってしまったのじゃ。彼奴の焦った顔を見られただけでも、痛快じゃ」
得意気な表情になる、アマテラス。
「つまり、高木神様はもうこの辺りには居られないのですよね? それならば、銅鏡の中より出て来られては如何ですか?」
「う……うむ。それが、困ったことに……」
「出られないニョ?」
その時、新たな神の声が。
「本来、この銅鏡は吾の御神体じゃからな」
鏡面に、アマテラスの他にもう1人(?)の少女が姿を現す。黒い髪に黒い瞳、その容貌は、少しばかりアマテラスに似ている。古風な喋り方も共通だ。ただ彼女は10代後半の姿をしており、年齢はアマテラスよりチョット上に見える。
2柱の女神が並ぶと、姉妹のようだ。
「アマちゃん様のお姉さんかニャ?」
「吾は、このような不肖の妹を持った覚えは無いぞ」
「失礼なことを言うな! 咲蘭殿。妾は、日本神話の最高神なのじゃぞ。もっと、敬え!」
「咲蘭……様? 貴方様も、神様なのですか?」
コンデッサが訊くと、咲蘭はコックリと頷いた。
「うむ……吾は《小説の神様》なのじゃ。もともとは、霜上神社に鎮座しておってのぅ。世の物書きどもへ、御利益を授けておったのじゃ」
「どのような御利益を?」
「吾に1回祈ると、小説執筆が10ページにつき1文字分、余計に進むのじゃ」
「10ページにつき、1文字……」
〝何と述べれば良いの分からない〟といった顔つきになる、魔女。
「5回祈ると、50ページにつき6文字進む。1文字は、おまけ」
「そこはせめて、『5回祈ったら、10ページにつき5文字』にしていただかないと……」
「微妙すぎな御利益ニャ」
「そんな次第で吾は世の物書きどもより信仰されておったんじゃが、イロイロあって、時代も転換したしの。御神体である銅鏡の中で、しばらく眠っておったんじゃ。そしたら吾が就寝中なのを良いことに、わが家へ不法侵入してきたヤツが居る」
「わが家……ですか?」
「御神体の銅鏡は、わが家も同然」
「悪気は無かったのじゃ~」
アマテラスが、咲蘭へペコペコ頭を下げる。最高神としての威厳、ゼロ。
「如何に最高神であるアマテラス様とは言え、住居不法侵入は許されざる重罪。罪は、償って貰わなければ」
「要するにアマテラス様は現在、咲蘭様に拘束されているのですね」
「逮捕されたのニャ」
「釈放してくれ~」
アマテラスが、咲蘭へ土下座してヘコヘコする。最高神としての威厳、マイナス。
「咲ちゃん様。アマちゃん様も、反省しているみたいニャン。許してあげられないニョ?」
「吾も神。別に、鬼ではないぞ。アマテラス様が吾の出す条件に応えてくれさえすれば、すぐにでも解放すると、告げている」
コンデッサが、咲蘭へ質問する。
「その条件とは?」
「吾は、《小説の神様》じゃからな。『小説のネタになるような、面白い噺を提供してくれ』とアマテラス様に頼んだのじゃ。ちなみに、噺のお題は『銅鏡』じゃ」
「銅鏡ですか……」
「簡単そうニャ。アマちゃん様、なにか銅鏡に関する噺をしてあげれば良いにょに」
「妾は咲蘭殿に、面白い噺をたくさんしたぞ! 妾は賢い神ゆえ、銅鏡関連の噺なぞ、脳内より無限に湧いて出てくるのじゃ。ところが、咲蘭殿はどの噺にもダメ出しばかりして……意地悪じゃ!」
憤慨するアマテラスに、咲蘭がアッサリ言い放つ。
「だって……どの噺も、ツマラナイ」
「言い掛かりじゃ! 咲蘭殿の感性が、オカしいのじゃ。普通の感覚なら、大笑いの噺ばかりなはずじゃ!」
「イヤ、本当に面白くなかった」
「酷い!」
「吾は《小説の神様》なので、内容についての妥協は出来ぬのじゃ」
「咲蘭殿は、頭が固すぎる。銅鏡のように、カタい!」
鏡の中で睨み合う、2柱の女神。
「……良かろう。だったら、アマテラス様。貴方様の噺、魔女さんと猫さんへ語ってみせてくれ。面白いか否か、判定してもらうとしよう」
「望むところじゃ!」
ツバキ「後編に続くニャン」
アマテラス「妾の超絶面白い噺、期待せよ!」
咲蘭「期待厳禁」
コンデッサ「…………」
♢
※注 『咲蘭』は、本作オリジナルの神様(『霜上神社』もオリジナルの神社)です。執筆時に、他の作者様の作品と設定を共有したので……もちろん、本作のみ、ご覧いただいても特に問題はありません。
〝小説の神様〟と言えば、文豪の志賀直哉がそのように称されたのが有名ですね。