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最弱魔術師のパペッティア  作者: がじゅまる
サブストーリー1
9/94

ロゼッタのアカデミー時代

 王立魔法アカデミーは、全国民に魔法の基礎教育を受けさせるために設立された。

 魔王が生み出す魔物の脅威から、自らの身を守るため。

 そして、いつの日か魔王を倒す最強の魔術師を育てるためにアカデミーは存在した。

 アカデミーに通うことは、全国民の義務であった。


 幼き日のロゼッタもまた、このアカデミーで魔法の訓練を受けたのだった。


「よし! 次の者、前へ出ろ!!」


 アカデミーの中庭に、鬼教官の図太い声が響き渡った。


「は、はい!」


 短い魔法の杖を持った幼い生徒が、緊張した面持ちで前へ進み出る。

 約50m先に的が設置してある。


「いいか! ファイアーボールは魔術師の基本だ! この程度のことも出来ずに、世の中に出てやっていけると思うな!!」


「……(ゴクリ)」


 幼い生徒は、ガタガタと体を震わせながら、杖の先を的へと向けた。

 手が震えて、狙いが定まらない様子だ。


「ファ、ファイアーボール!!」


 生徒が叫ぶ!

 すると握っていた杖の先から小さな火の玉が勢いよく飛び出し、的を目掛けて真っ直ぐと飛んでいった。

 火の玉はシューーーと音を響かせながら、的に接近する。


 しかし、残念ながら的に辿り着く前に失速してしまった。

 やがて火の玉は、地面に落下して燃え尽きた。


「バカァもおおおおおおおおおおおん!!」


 鬼教官の怒号が響く!


「敵は無傷だぞ!! 敵はお前の存在に気がついた!」


 生徒は震えていた。


「奴の鋭利な牙がお前の喉を切り裂いて、お前は死ぬ!」


 鬼教官は震える生徒に対して、喉を切り裂くジェスチャーをして見せた。


「うわあああああああああああああ!」


 生徒は、恐怖の余り泣き崩れてしまった。

 他の生徒が見かねて駆けつけ、介抱する。

 鬼教官は呆れ果てた様子で、ハアッと一つため息をついた。


「教官! 次は、私の番です!」


 そう言って進み出たのは、眼鏡を掛けた黒髪の女子生徒だった。

 アカデミーで一番の秀才、ハルだ。

 街の良家の御令嬢で、凛々しく、堂々とした強者の風格がある。

 その立ち居振る舞いから、家庭での躾の厳しさが窺える。

 鬼教官は、ハルのその堂々とした姿に何も掛ける言葉がなかった。


 ハルは的に向かって、真っ直ぐと杖の先を向ける。

 そして唱えた。


「ファイアーボール!」


 ハルが唱えた瞬間、杖の先から激しく燃える炎の球が出現し直進した!

 その炎の球は、まるで巨大な鳥が羽ばたいているかのように見えた。

 皆がその炎の眩しさに、思わず目を覆う。


 ドーーーン!


 皆が気がついた時には、爆音と共に、的が跡形もなく燃え尽きてしまっていた。

 それを見て、鬼教官は笑顔になる。


「素晴らしい! 素晴らしいぞ、ハル!」

「教官の日頃の、ご指導あってのことです」


 鬼教官と生徒達はハルに拍手を送ったが、彼女は特に鼻にかける事もなく後方へと戻っていった。


「さて、次は誰だ? まだ実技訓練をやっていない奴がいるな!」


 鬼教官は、生徒たちを見渡した。

 そして彼は、生徒たちの後方に隠れていた一人の女子生徒を発見した。


「お前だ! ロゼッタ! 前へ出ろ!」

「うっ……」


 ロゼッタは、嫌々ながら皆の前へ進み出た。

 鬼教官は、恐ろしい顔でロゼッタを睨んでいる。


「お前、ちゃんと予習はして来たんだろうな?」


 ロゼッタは無言で的の前に立ち、杖を構えた。

 彼女は、しっかりと的を睨み付けている。


 そして彼女は、大きく静かに深呼吸をする。

 そうやって彼女は心を落ち着かせ、叫んだ!


「ファイアーボール!」


 ……。


「ファ、ファイアーボール!」


 ……。


「おい! 何をしている! 火花すら見えんぞ!」


 鬼教官が怒鳴りつけるが、何ともならない。

 ロゼッタは、もう一度叫んだ。


「ファイアーボール!」


 後方の生徒達から、ヒソヒソと笑い声が聞こえる。

 ロゼッタは悲しくなり、目に涙が溢れた。

 鬼教官はお怒りの様子だ。


「なぜ、この程度のことができんのだ! お前はふざけているのか!」

「わたし、ふざけてなんかいません!」


 ロゼッタは、嗚咽混じりの声でそう言った。


「このままでは、アカデミーを卒業することはできない! お前は最弱だ! 最弱の魔術師だ!」


 ロゼッタは杖を落とし、その場で項垂れて動けなくなってしまった。

 鬼教官が何やら怒鳴っているようだが、悲しみの感情が心を支配してしまい外界の音が聞こえない。


 どうして、どうして自分は魔法が使えないのだ。

 どうして、出来ないことで怒られなければいけないのだ。


 本人は真面目にやっているつもりなのに、誰もがロゼッタを怠けていると思っていた。

 それが何よりも悲しかった。

 誰も彼女のことを理解してくれない。

 理解してくれる人など、誰一人としていないのだ。




 鬼教官の説教から解放されるのには、随分と時間がかかった。

 もうすぐ下校時間だ。

 ロゼッタは、しょんぼりとしながらアカデミーの門へと向かっていた。


 彼女がとぼとぼと歩いていると突然、何人かの生徒が彼女の行く手を遮った。


「おい最弱!」

「……」

「お前、なんで真面目にやらねぇの?」

「……」

「お前を見てると、ムカつくんだけど!」

「……」


 ロゼッタは無視して通り過ぎようとしたが、生徒の一人がロゼッタの肩を掴んできた。


「おい! 無視すんな!」

「触るな!!」


 ロゼッタは肩を掴んできた生徒を、手のひらで突き飛ばした!

 生徒は転んで尻餅をつく。


「いってぇなぁ!」


 今度は、押し倒された生徒とは別の生徒が叫んだ!


「おい! お前、服見ろ! 服!!」


 尻餅をついた生徒が自分の服を見てみると、何やら光る糸が何本かくっついていた。

 その糸は、ロゼッタの指先から伸びているようだった。


「きめぇ!!!!」

「きゃあああああ!!」

「気持ち悪い!」


 生徒達は叫ぶと、逃げ出した。

 ロゼッタは何事かと思い、手をぶんぶんと振って糸を振り解こうとした。

 すると、すぐに糸は薄れて消えた。

 彼女は、何がなんだか状況が飲み込めない。


「いったい何なの……いったい、わたしが何をしたって言うのよ!」


 ロゼッタは泣きながら、校舎の外へと駆け出した。




 --夕暮れ時。


 ロゼッタは町外れの丘で、夕日を眺めて泣いた。

 とにかく、何もかもが嫌だった。

 どこか知らない世界へ行ってしまいたいと思った。

 彼女は、遠くの方に見える巨大な世界樹をぼんやりと眺める。

 すると……。

 

「おい、ロゼッタ!」


 後ろから誰かが名前を呼ぶ声がした。

 振り返ってみると、そこにはハルの姿があった。

 ロゼッタは、ハルを睨みつける。


「なんだ?」


 ロゼッタが声を掛けると、ハルは普段通りの真面目な顔で言った。


「ロゼッタ、私も初めの内は魔法が得意ではなかったのだ。今の私があるのは、日々の訓練のおかげだ」

「……」

「だから、努力を続けていれば必ず報われる日が来る」

「……黙れ! 何も知らないくせに!」


 ロゼッタは怒って、村へ繋がる森の方へと駆け出してしまった。

 ハルは、黙ってその背中を見送った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ロゼッタの辛かった過去や状況がよく分かりました。前話で報われたと分かっていなければ、かなり胸の痛む話だったように思います。 [一言] そしてハルの優しさは不器用さんですか。力づけたい、寄り…
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