第六十七話 不死身の肉体
ハウンドは、王都の住宅街に来ていた。
彼は数人の部下を引き連れて、一件の民家の前に立つ。
ここは、カミーリャとワンの住む家だ。
ハウンドは、王都に住むパペッティアの住所は大体把握していた。
この民家の主人は、既にパペッティアの族長と共に世界樹の上で死んでいたが、恐らく魔具が残されているはずだ。
ハウンドは、その魔具を押収するためにここへやって来たのだ。
トントントンッ。
彼は、家の中には誰もいないと思いながらも、念の為玄関の扉をノックした。
すると……。
「はーい」
「!」
建物の中から、返事があった。
中から聞こえたのは、女性の声だ。
ハウンドは、驚く。
すると彼の背後で、部下達が魔法の杖を抜いた。
パペッティアが現れたら、すぐに捕らえられる様に準備をしたのだ。
彼らが待ち構えていると、やがて玄関の扉が開く。
すると中から突然、白髪の老婆が現れた。
見知らぬ顔だ。恐らくパペッティアではない。
ハウンドは、突然の出来事に唖然とした。
老婆は、そんなハウンドを不思議そうな顔で見つめる。
「どうされました? 我が家に何か御用でしょうか?」
「え? わ、我が家? おかしいなぁ……」
ハウンドは、焦った。
記憶違いで、間違った家を訪ねてしまったのだろうか。
彼は、老婆の目の前であたふたとした。
背後からは、二人の部下達がその様子を見ている。
彼らは、呆れていた。
「おいおい、間違いかよ。とんだ駄犬だぜ……」
「これが俺らの隊長さんかよ、萎えるわー」
部下達は、愚痴をこぼしながら振り返った。
そしておもむろに、通りへと戻って行く。
ハウンドは、老婆に対して謝った。
「申し訳ありません……家を間違えました……」
ハウンドはそう言うと、そそくさとその場を後にしてしまった。
老婆は、彼らが立ち去るのを見届けて玄関の扉を閉める。
そして老婆は、扉をしっかりと閉めると静かに背後を振り返った。
すると、奥の部屋から一人の女性が現れる。
カミーリャだ。
彼女は、ワンを抱き抱えていた。
老婆は、カミーリャを見て微笑み掛けた。
「カミーリャちゃん! 何とか追い払ったわ!」
「お婆さん、ありがとうございます!」
「いいのよ! あなたの主人には、生前随分とお世話になったんだから」
それを聞いてワンは、カミーリャの腕から飛び降りた。
彼も、老婆に感謝する。
「婆さん、何も礼が出来なくてすまねぇな!」
「あなた達が無事でいてくれれば、私は嬉しいわ」
彼女達が話をしていると、突然!
外から、男の叫び声が聞こえた!
「裏切り者ぉおおおおおお!!」
カミーリャ達は、驚いて窓の側に駆け寄る。
そして、外の様子を伺った。
すると、一人の男が複数の兵士に取り押さえられているのが見えた。
その傍らでは、ハウンドが尻餅をついて怯えている。
取り押さえられた男は、再び叫んだ!
「ドレイク! 裏切り者! お前は絶対に許さない! 絶対に許さないぞ!!」
ハウンドは、頭部から血を流して呼吸を荒くしていた。
男に、鈍器で殴られたのだ。
彼は、声を震わせながら部下達に命じた。
「お前達! 早く、そいつを連行しろ!」
「チッ」
部下達は、情けなく喚き散らすハウンドに対して舌打ちをした。
そして、そのまま男を連行していった。
その夜、ハウンドは鏡を見ながら恐怖に襲われていた。
流血は治ったが、頭部に傷跡が残っている。
彼を殴った相手は、パペッティアだ。
自分は族長を裏切り、同胞を狩って回っているのだ。
パペッティアには、相当恨まれているのだろう。
しかも、ウィザードも彼のことを嫌悪していた。
あの部下達の態度は何だ。
彼らはハウンドの事を、ゴミを見るような目で見ていた。
ハウンドは、いずれ自分は恨みを買って誰かに殺されるだろうと思った。
自分を殺しにくるのは、パペッティアかも知れない、ウィザードかも知れない。
彼は、世の中の何もかもが自分の敵のように感じて怖かった。
「死にたくない……死にたくない……死にたくない……」
ハウンドは、必死にこの状況を何とかしようと考えた。
彼は、何か現状打破のヒントが無いかと考え、辺りを見回す。
すると、部屋の隅に放置してあった、ある物が目に留まった。
それは、動かなくなったドールだった。
以前、族長の護衛として使っていたのだが、今は役目を終えて機能を停止していたのだ。
ハウンドは、ドールを見て考えた。
ドールならば、死ぬことはない。
ドールのような、不死身の肉体が欲しい!
自分も、ドールになりたい!
しかし、彼は首を横に振った。
人間がドールになるなんて不可能だ。
もし実現しようとすれば、人智を超えた魔法でも用意する他ない。
けれど彼は諦めきれず、部屋の中をウロウロと歩き回った。
彼は、部屋の中を行き来して必死に考える。
彼は、何かを思いついては首を横に振ると言うことを、ただひたすら繰り返した。
すると突然、彼は窓の前で立ち止まる。
そしておもむろに、遠くの景色に目をやった。
彼は、窓の外を見ながら口元に笑みを浮かべて呟いた。
「あるじゃないか……人智を超えた魔法!」
彼が見つめる先には、巨大な世界樹が立っていた。
彼は世界樹を眺めながら、自問自答する。
膨大な魔力を持つ世界樹のエネルギー源は何か?
その答えは簡単だ。
「生贄……」
ハウンドは突然、ニヤリと不気味な笑みを浮かべて部屋を出て行った。
そして、地下室へと降りて行く。
彼は地下室に実験場を作り、何やら怪しげな研究を始めたのだ。
それからしばらく、ハウンドはパペッティア狩りを続けながら、地下室での魔法実験を行った。
彼は、捕虜にしたパペッティアの一部を地下室へと連れ込んで、何かをしていたのだ。
彼の部下達は、地下で何が行われているのかを知らされ無かった。
彼らは、日々地下室に連れ込まれては消えていく捕虜達の姿を見て、ただただ不気味がっていた。
そんなある日、王城から一人の兵士がハウンド邸を訪れた。
ハウンドは玄関で直接、その兵士を出迎える。
すると、兵士が急な知らせを告げた。
「陛下が、謎の奇病に侵されている。貴様も、王城へと出向せよ!」
「なんとっ!」
ハウンドは一瞬驚いたが、兵士に対して、すぐに城へ向かうことを告げた。
彼は兵士を見送りながら、口元に不気味な笑みを浮かべる。
そして彼はそっと、謎の刻印が刻まれた右手で扉を閉めた。
ウィザードの王は、玉座にもたれかかって呼吸を荒くしていた。
王の顔には、赤い鉱石がベタベタと張り付いている。
これは魔鉱病だ。
王の隣では、レインドロップが心配そうに王を見守っていた。
そして王の目の前には、ロックウォール、ウィンドソング、サンフレイム、そしてハウンドの四名が並んでいる。
王は彼らの顔を見渡し、告げた。
「私はもう、長くは無い……。街の医療魔術師を呼び寄せたが、この病は原因不明だと言う……」
「陛下! そんな弱音を!」
ロックウォールが悲しみの余り、王の前に跪いた。
王は弱々しく腕を上げようとするが、王の腕は全く動かない。
どうやら、体の自由が効かない様子だ。
その痛々しい様子を見て、ウィンドソングが叫んだ。
「何か、何か手はないのか! レインドロップ!」
その問いかけに対して、レインドロップは俯いて力なく返事をした。
「私に出来ることは全てやった。しかし、もう打つ手なしだ……」
王の守護者達は、落ち込んだ。
何なんでも良い、何か助ける方法はないのか。
彼らが考えていると、突然!
ハウンドが、皆に明るく声を掛けた!
「まだ、諦めるのは早いですぞ!」
「ん?」
全員の視線が、ハウンドに刺さる。
しかし、ハウンドは恐れずに続けた。
「陛下! この私が、解決策をお持ち致しました!」
そのハウンドの言葉に、サンフレイムが声を荒げた。
「貴様! 適当な事を!」
「待て……」
怒るサンフレイムを、王が制す。
すると王は、レインドロップを近くへと呼び寄せた。
そして王は、彼の耳元で何かを囁く。
レインドロップは、王の言葉を聞いてハウンドに向き直った。
そして告げた。
「よかろう、貴様の解決策とやらを試してみよ」
他の守護者達が驚く中、ハウンドはニヤリと笑った。
そして彼は、パンパンと手を叩く。
すると、後方からハウンドの部下達が何かを運んできた。
王と守護者達は、運ばれてきた物をまじまじと見つめる。
それはなんと、一体のドールだった。
どうやら、王の姿を模して作られている様子だ。
そのドールは、王の前へと設置された。
ドールは俯いた状態で、床に座っている。
ドールの設置を確認して、ハウンドは説明を始めた。
「これから、こちらのドールに陛下の魂を移植致します!」
「なんと!」
守護者達は、驚愕した。
しかし、王は真剣な表情で聞いている。
すると、レインドロップが心配そうにして王に声を掛けた。
「陛下、お考え直しになった方が……」
しかし、王は首を横に振ってレインドロップを制する。
それを見て、ハウンドは両手から魔力の糸を伸ばした。
片方の手から伸びた魔力の糸は、まずドールの体へと繋がる。
そして反対の手から伸びた糸は、王の体へと繋がった。
次の瞬間!
ハウンドの右手の甲に刻まれた刻印が、禍々しく輝き出した!
そして魔力の糸に、闇の魔法が流れ込む!
「うおおおおおおおおおおおおお!!」
王が突然、叫び声を上げた!
「陛下!!」
守護者達も、驚いて叫ぶ!
しかし、すぐに王の叫び声は止んだ。
王が意識を失ったのだ。
それによって急に、部屋の中が静かになった。
そして……。
突然、王の目の前に座っていたドールが、ムクリと起き上がった。
守護者達は、それを見て後退りをする。
レインドロップは、起き上がったドールに対して静かに声を掛けてみた。
「陛下……なのですか?」
すると……。
「レインドロップ、この体は素晴らしいぞ!」
「おぉ!」
ドールが喋り出した!
守護者達は、驚きと喜びの入り混じった声を上げる!
しかし、レインドロップは急に冷静になり、魔法の杖を抜いた。
そして、杖先をハウンドへと向ける。
「貴様は、もう用済みだ!」
他の守護者達が驚く中、レインドロップは杖先に魔力を集中させた!
その時!
「待てっ!」
王が、レインドロップを制止した!
王はレインドロップを睨み付け、静かに告げる。
「先ほどの命令は、無かったことにする」
「し、しかし……」
それを聞いてハウンドは、静かに口元に笑みを浮かべた。
そして王はハウンドに向き直り、彼を誉める。
「ヘル・ハウンドよ、大義であったぞ! 褒美に、貴様の地位を守護者と同等にまで上げてやろう!」
「陛下!!」
レインドロップは、王の言葉に耳を疑った。
そしてすぐに、王に対して杖を向ける!
「貴様は、陛下ではない! 卑怯なパペッティアめ、陛下に何をした!!」
「レインドロップ!! 控えよ!!」
王は、再びレインドロップを睨み付けた!
レインドロップは、その視線に困惑する。
言動はおかしいが、目の前のドールからは何故か王の雰囲気を感じるのだ。
彼は、どうして良いのかが分からず、一先ず杖を納めた。
ハウンドは、その様子を後ろから見つめて笑顔を浮かべた。
そんなハウンドの頭の中では、王の声が響いていた。
(一体どうなっておるのだ! 体の自由が効かん!)
(陛下……。いや、我が忠犬よ!)
(ハウンド!?)
ハウンドは、王の体を魔力の糸で動かしていたのだ。
彼は、王の言動と記憶を完全に掌握した。
そして彼は、王を使って守護者達に退出するように命じる。
やがて部屋には、ハウンドと王が二人きりになった。
するとハウンドが、王に対して質問した。
「どうだ? 首に紐をつけられた気分は?」
「貴様ぁ! 図りおったな!」
「いずれは、守護者達も同じ運命よ! そして、この王国は私のものだ!」
「おのれぇ……」
「ハーハッハッハッ!」
ハウンドは、何だか何もかもがおかしく思えた。
同胞を裏切った卑怯者の自分が、一瞬にして簡単に国を乗っ取ってしまったのだ。
最後に全てを手に入れたのは、理想を掲げた同盟軍でもなく、謀略に長けたウィザードでも無い。
裏切り者の自分が、全てを手に入れたのだ。なんてくだらない世の中だ。
理想も正義も力も、何もかもが馬鹿らしい。
ハウンドは、笑うしか無かった。
それからしばらくして、ハウンドは王から様々な特権を与えられた。
国中の何もかもが、彼の思い通りとなったのだ。
しかし、彼の中には特に野心など無かった。
不死身の彼からしたら、金も地位も名誉もくだらないものに見えたのだった。
ハウンドは、自分の邸宅の豪華な椅子に座り、パンパンと手を打ち鳴らした。
すると、赤い衣を着た初代ウィザードの王が、彼の元にお茶を運んで来る。
彼の目の前では、四人の王の守護者達が掃除をしていた。
ハウンドはその光景を眺めながら、優雅にお茶を啜った。
そして、忠犬となった彼らに対して告げる。
「なあ、お前達。この世はくだらないな!」
「……」
返事をする者は誰もいない。
ハウンドは、それを見て一瞬口角を下げた。
しかし、すぐにニヤリと不気味な笑顔を浮かべる。
そして、テーブルからヤギの頭蓋骨を取り上げ、静かに頭へと装着した。
彼は何やら楽しそうにして、再び忠犬達を見渡す。
そして唐突に、両手で天を仰いで告げた。
「お前達! このくだらない世界を、存分に楽しもうではないか!」




