第六十六話 ヘル・ハウンド
––ここは、約500年前の王都。
王城の一室には、六人の男達が集まっていた。
初代ウィザードの王と、その四人の守護者、そしてドレイクと言う名のパペッティアの若者だ。
彼らは、部屋の傍らで円を描いて立っていた。
すると突然、厳つい大柄な男が、大きな布袋を床に降ろした。
男は袋の紐を解いて、周りの者たちに中身を見せる。
すると……。
「なんと、おぞましい!」
一人の気品のある貴族の男が、声を上げた。
彼はハンカチで口を覆い、気分を悪そうにして袋の中身から目を背ける。
なんと、袋の中からオオカミ型の魔物の死体が出てきたのだ。
貴族の男は、大柄な男に告げた。
「ロックウォール! もう十分だ、それを閉まってくれ!」
ロックウォールと呼ばれた大柄な男は、肩をすくめて貴族の男を見た。
そして男を小馬鹿にするように、返事をする。
「ウィンドソング家の当主が、この程度で狼狽えるとは情けない」
そんなロックウォールの言葉に対して、ウィンドソングが反論した。
「お主は、少し野蛮すぎるぞ!」
ロックウォールはそれを聞いて、仕方なく魔物をしまった。
そして王と四人の男達は、各々長机の席に着いた。
机の一番上座には、王が座る。
次いでレインドロップとウィンドソング、サンフレイムとロックウォールの順で向かい合って座った。
しかし、ドレイクだけが席がない。
彼は、部屋の端の方に一人立っていた。
すると全員の着席を確認して、王が発言した。
「諸君に今見て頂いた魔物は、世界樹から現れたものだ。近隣の村を襲っていたのをロックウォールが仕留めた」
王は一瞬、ロックウォールを見た。
ロックウォールは、それに対して軽く会釈する。
すると、王は続けた。
「恐らくパペッティアどもが、魔物を生み出す何らかの仕掛けを残していったものと思われる」
王が発言していると突然、一人の男が挙手をした。
手を挙げたのは、レインドロップ家の当主だ。
王は、彼に発言を求めた。
すると、レインドロップが王の発言に補足をする。
「異変は、魔物の出現だけでは御座いません。世界樹のポータルも、途中で分断されてしまいました。現在、次々と世界樹の中に不思議な世界が出現しております」
他の男達は、静かに聞いていた。
レインドロップは続ける。
「また頂上の神殿の中では、パペッティアの糸に繋がれた供物の牛が、何かに取り憑かれた様に暴れております」
王は、深刻そうな顔をして口を挟んだ。
「世界樹の入口からも、大量の水が湧き出ておる。このままでは、頂上へ供物を供えにいく事が出来ぬ……」
聞いていた男達は、俯いた。
このまま世界樹に供物を供えられない状況が続けば、いずれ世界樹は枯れてしまうだろう。
この集まりは、その問題を解決する為の会議だったのだ。
すると、一人の男が発言を求めた。
テーブルに着いている者達の中では、一番若い男だ。
彼は、サンフレイム家の当主である。
先代の当主が急死した為、まだ若い彼が家督を継いだのだ。
サンフレイムは、部屋の端にいるドレイクを睨みつけて発言した。
「此奴に、世界樹の防衛装置を解除させればよろしいのでは?」
「……」
他の男達は、ドレイクに視線を送る。
するとドレイクは、恐る恐る返事をした。
「……申し訳ございません。……パペッティアの族長が、世界樹の装置に強力な鍵を掛けてしまったようで……申し訳ございません……」
ドレイクは、男達に平謝りをした。
その様子を見て、ロックウォールが呆れる。
彼は、王の方を向いて発言した。
「陛下、このような役立たずを、いつまで飼っておられるつもりですか!」
「うーむ」
「申し訳ございません……申し訳ございません……」
ドレイクは、彼らの力になれないことを必死に謝った。
すると、再びレインドロップが発言を求める。
王は、彼に発言を促した。
「陛下、実は私に妙案がございます!」
「ほう、何だね?」
「物語を作るのです!」
「ん?」
レインドロップは、よく悪知恵の働く男だ。
また何か、とんでもないことを思いついたに違いない。
王は、そんな事を考えながら話の続きを聞いた。
すると、レインドロップは続ける。
「世界樹の頂上には、魔王がおります」
「?」
彼の発言に一同、呆然とした。
しかし、彼は続ける。
「地上に魔物が現れるのは、悪い魔王の仕業です。その為、国は魔王を倒す強い魔術師を募るのです!」
「ほう」
王は、何となく話が読めたようだ。
しかし、ロックウォールは話が見えないようで困惑している。
彼は、レインドロップに質問をした。
「どう言うことだ? 強い魔術師に、牛でも引かせようって言うのか?」
「まさか」
「ん?」
ロックウォールは、意味がわからず天井を見つめる。
すると、次の瞬間!
レインドロップは、恐ろしい発言をした!
「強い魔術師を、生贄として捧げるのです!」
「なんと!?」
一同驚愕した。
しかし王は、なるほどと頷いている。
王は感心して、レインドロップに確認をした。
「それであれば、わざわざ手間をかけて供物を運ばずとも、供物が勝手に頂上へと歩いて行ってくれる訳か」
「はい、陛下。左様で御座います」
「なるほど、良い案ではないか!」
他の守護者達は驚いていたが、王が認めるのならば逆らう理由はない。
全員深く考えず、レインドロップの意見に賛成した。
これで世界樹に供物を送り届ける方法は確立され、問題が一つ解決されたのだ。
王は、満足げに全員の顔を見渡した。
そして、再びロックウォールの方を見る。
ロックウォールの後ろには、袋に詰められた魔物が床に置かれていた。
王は、それを見て静かに告げる。
「魔物についても、大した脅威ではない。魔術師一人でも仕留めることが出来る程度だ。何も恐れる必要はない」
王はそう言うと、再び全員の顔を見渡した。
そして、力強く告げた。
「そなたらの知恵と力が有れば、我らが王国の威光は永遠に続くであろう!」
一同それを聞いて、喜んで頷いた。
そして、部屋から緊張感が消えた。
問題が解決されて、全員安心したのだ。
しかし一人、まだ解決すべき問題があると考えている者がいた。
サンフレイムだ。
彼は再び、ドレイクを睨んだ。
そして、王に提言した。
「恐れながら陛下! もう問題は解決したのですから、此奴は不要で御座いましょう。さっさと始末してしまうべきかと思います」
「そ、そんな!」
ドレイクは狼狽えた。
彼は突然、地面に這いつくばって命乞いをする。
「どうかっ! どうか、命だけはお助けください! 何でもしますから!」
王は髭をいじりながら、床で狼狽えているドレイクを眺めた。
確かに世界樹の問題も解決した事だし、不要と言えば不要だ。
下手に生かしておいて、寝首でも掻かれたら敵わない。
王はそう考えて、ドレイクを処分しようと思った……。
しかし突然、何か閃いた様子で発言した。
「国内には、未だパペッティアの残党が潜伏しておる……」
「!?」
「貴様には、その残党狩りでもして貰おうか!」
「残党狩り……」
王の守護者達も、王の発言に対して成程と頷いた。
同胞のパペッティアを殺させることで、ウィザードへの忠誠心を測る事ができる。
同時に、国内の危険分子を一掃できるのだ。
また同胞や国民にも嫌われて、クーデターの心配もなくなる。
一石二鳥、いや一石三鳥の大変素晴らしい案だった。
王は、席を立ち上がってドレイクに告げた。
「貴様は、本日よりヘル・ハウンドと名を改めよ!」
王は言いながら、口元に笑みを浮かべた。
そして、更に続けた。
「貴様には、パペッティア討伐部隊を付けてくれよう。部隊名はそうよのぉ……」
王は、髭をいじりながら考えた。
そして突然、何か良い名が浮かんだらしく、再び笑みを浮かべた。
王は、ハウンドをしっかりと見つめて言い放つ。
「部隊名は、王の猟犬! 本日より、パペッティアの首を余に献上せよ!」
「……」
王が言い放った直後!
「ハッハッハッハッハッ!」
部屋中に、笑いが起こった!
そして、ロックウォールがハウンドに声を掛ける。
「お主! 遂に、名実共に犬となったか! これは傑作!」
「おぉ、哀れよのぉ」
「紐でも付けた方が良いのではないか?」
ウィンドソングは目尻に涙を浮かばせて笑い、サンフレイムは首元を指してハウンドを馬鹿にした。
王と守護者達は、王の猟犬の名前が気に入ったらしく、ずっと笑い続けていた。
一方、当のハウンドは唖然としていた。
これから自分は、同胞であるパペッティアを殺して回るのだ。
自分は、裏切りに裏切りを重ねて生き延びるのだ。
彼は余りの罪の重さに耐えきれず、おかしくなりそうだった。




