第六十一話 空飛ぶ箒
大通りには、騎士団の声が響いていた。
「街に危険人物が潜伏している為、住民は家から出ないように!」
ロゼッタ達を逃さないために、街に外出禁止令が発令されたのだ。
恐らくロゼッタ達が人混みに紛れたり、住民を人質に取ることを防ぐためだろう。
これで騎士団は、戦闘が発生したとしても心置きなく戦うことが出来る。
ロゼッタ達は風神のテラス付近の路地裏から、周囲の様子を窺っていた。
彼女達は、人っ子一人いなくなった広場を見つめる。
そしてロゼッタは、マックスから空飛ぶ箒を受け取った。
彼女は、マックスに礼を述べる。
「感謝するぞ、マックス。仲間を救ったら、必ず礼をしに来るからな!」
「いやいや、お気になさらず。実はオイラも、箒がこの坂を駆け上がるところを見たいと思っていたんだよ!」
風神のテラスからは、丘の上まで真っ直ぐと長い坂が続いていた。
その頂上にある回廊の先に、ロゼッタ達が目指すポータルがある。
道中には沢山の商店があったが、今は外出禁止令のお陰で人が誰もいない。
これは逆に、ロゼッタ達に都合が良かった。
これからこの坂を、箒で全力疾走するのだ。
途中に障害物が無いなんて、天が与えたチャンスとしか思えない。
するとロゼッタは、箒を観察した。
そして、マックスに尋ねた。
「これは本当に、魔法の杖無しでも動かせるのだな?」
「もちろんさ! 君にあげたフクロウを参考にして、予め内部に風魔法発生装置を仕込んだんだ。それに刺激を与えて、風を発生させる仕組みさ!」
「なるほど……それなら、わたしの糸でも操作できそうだな!」
ロゼッタは言うと、箒に魔力の糸を繋いでみた。
すると魔力の糸は箒の表面から内部へと侵入し、風魔法発生装置へと接続される。
次の瞬間!
ブワッ!
周囲に、強い風が発生した!
ロゼッタは、箒から手を離してみる。
すると箒が、彼女の腰の高さくらいの位置で浮遊した。
それを見て、全員が驚きと喜びに満ちた表情を浮かべる。
そして早速、ファングが告げた。
「さあ! 警備に見つからねぇうちに、さっさと行くぞ!」
ロゼッタは頷く。
そして三人は、箒に跨った。
一番先頭はロゼッタが座り、箒を操作する。
その後ろにカミーリャ、そしてファングの順番で乗った。
この箒は一人乗り用なので、若干狭いが仕方がない。
本来は定員オーバーなのだが、どうやら問題なく浮いている様子だ。
恐らく、かなり強力な装置が組み込まれているのだろう。
カミーリャは、その箒のパワーに驚いていた。
彼女はマックスを褒める。
「これは凄いですよ! まるで、パペッティアの魔具みたいです! ゼロからこれを作ったなんて、マックスさん天才ですね!」
マックスは、少し照れた。
そして説明をする。
「いや~何回も試行錯誤を重ねた結果だよ。003号は暴走してどっかに飛んで行っちゃって、004号は空中で爆発しちゃったんだ!」
「え……」
「この005号は、その実験結果を踏まえて作ったのさ!」
それを聞いて、箒に跨った三人は青ざめた。
ファングが、心配して確認する。
「おい、これ爆発したりしねぇよな……」
「それは、飛んで見ないと分からないね」
「おいおい、マジかよ……」
ロゼッタは、箒の柄を強く握りしめた。
そして、後ろの二人に告げる。
「大丈夫だ! 私が上手く制御する!」
するとカミーリャが、ロゼッタの腰に手を掛けた。
そして、ロゼッタに伝える。
「ボクも、出来る限りサポートしますね!」
ロゼッタは頷く。
そして、マックスを見た。
「それじゃあ、マックス。借りていくぞ!」
「うん。気をつけてね!」
マックスの返事を聞いて、ロゼッタは発進した。
三人が跨った箒が、ゆっくりと進み出す。
するとカミーリャは、マックスに手を振った。
「今度、お掃除しにきますね!」
彼女がそう言うと、箒が急加速した!
そして、広場を抜けて長い坂の方へと走り出す。
マックスは路地から、飛び去っていく彼らの背中を見送った。
坂の途中では、巡回中の騎士団が周囲に呼びかけていた。
「街に危険人物が潜伏している為、住民は絶対に家から出ないように!」
彼らが家々に声を掛けていると、丘の下の方から何かが接近してくるのが見えた。
彼らは、接近してくる物体に目を凝らす。
すると……。
ゴオオオオオオオオオオオッ!
一瞬のうちに、彼らの横を箒に乗った逃走犯達が駆け抜けていった!
箒が通り抜けると同時に、物凄い疾風が街の中を吹き抜ける!
「うわッ! なんだっ!?」
騎士団は、突然の出来事に驚いた。
彼らは、風で巻き上げられた砂埃を手で防ぎながら叫ぶ!
「いたぞ!! 逃亡者だ!!」
しかし彼らが気付いた頃には、ロゼッタ達は遠くへと行ってしまっていた。
それを見て、一人の兵士が杖先を光らせる。
そして、その光に向けて告げた。
「こちらパトロール! 逃亡者を発見した! 奴らは坂の中央を駆け上がっている!!」
一方その頃、ファングは箒の後ろで笑っていた。
まさか、こんなに上手く行くとは思わなかったのだ。
「ハッ! 最高だな! てめぇらといると、マジで飽きないぜ!」
彼が喜んでいると、突然!
遠く前方の路地から、複数の兵士が現れた。
彼らは陣形を組んで、魔法障壁を展開する。
壁を作って、道を塞ぐつもりだ!
ロゼッタは焦った。
「マズいぞ!!」
彼女が叫ぶと突然、ファングが告げた!
「任せろ!! てめぇら、耳塞いでな!!」
「なに!? わたしは、手が離せないぞ!」
ロゼッタが言うと、カミーリャが後ろからロゼッタの耳を塞いだ。
すると、次の瞬間!
「ウオオオオオオオオオオオオンッ!!」
ファングが大音量で、鳴き声を上げた!
同時に、周囲には衝撃波が走る!
その影響で前方の道を塞ぐ兵士たちが、一瞬怯んで転んだ!
展開していたシールドが、崩れる!
地面に転がる兵士たちの上を、箒に乗った三人が通過した!
箒も衝撃波でグラグラと揺れるが、ロゼッタがなんとかバランスをとった。
ロゼッタは、一瞬ファングを見て怒鳴る。
「馬鹿者!」
「ハッ! 上手くいったから良いだろうがよ!」
ファングは、得意げな表情をしている。
すると、彼女達の後方から魔法攻撃が飛んできた!
路地から次々と兵士が現れて、攻撃を仕掛けてきたのだ!
それを見てカミーリャがチラリと振り向き、右手のひらを地面へと向けた。
すると突然!
彼女の手から、煙が発生!
煙幕だ。
箒はモクモクと煙の尾を引きながら、坂を駆け上がった。
後方の騎士団は、視界不良で魔法が撃てない!
それに気づいて、ロゼッタは笑顔でカミーリャに声を掛けた。
「流石だ、カミーリャ!」
「いえ、まだ安心するのは早いですよ!」
「?」
「丘の上に、かなりの数の兵士が集まっている気配を感じます!」
「なんだって!」
カミーリャの言う通り、丘の上には無数の兵士たちが集まっていた。
彼らの前衛は魔法障壁を張り、後衛は杖を構えて待機していた。
彼らの後ろには回廊の入口があるが、これでは突破不可能だ。
ロゼッタは考えた。
そして、箒の中身を解析する。
彼女は、箒の耐久性を確認していたのだ。
その確認を終えて、ロゼッタはカミーリャに告げた。
「カミーリャ手伝ってくれ! 箒の速度を、限界まで上げるぞ!」
「分かりましたっ!」
「チッ、またこのパターンかよ!」
ファングは彼女達がやろうとしていることを察して、カミーリャの腰にしっかりと掴まった。
すると、ロゼッタが叫ぶ!
「振り落とされないように、掴まっておれ!!」
彼女が言うと、箒が急加速した。
グオオオオオオオオオオオオオンッ!!
箒の中に組み込まれた風魔法発生装置が、全力で稼働する!
すると箒のスピードが、ぐんぐんと上がっていった!
しかし、それだけでは終わらない。
全力稼働する装置に、ロゼッタとカミーリャは追加の魔力を流し込んだのだ!
二人は叫んだ!
「フルパワアアアアアアアアアアアアアッ!!」
大量の魔力を流し込まれた装置は、悲鳴を上げた!
ギュイイイイイイイイイッ!!
三人を乗せた箒は、目にも留まらぬ速さで坂を駆け抜けた!
そして、丘の上へと差し掛かる。
すると、信じられないことが起こった!
彼女達は坂を走っていた角度のまま、上空へと飛び立ったのだ!
丘の上を埋め尽くしていた兵士達は、その光景を見て唖然とした。
彼らの上空を、箒に跨った三人が弧を描いて飛んでいく!
ロゼッタ達は兵士達の遥か頭上を飛び越えて、回廊へと入っていった。
なんと、軽々と騎士団の防衛網を突破してしまったのだ。
三人は箒に乗ったまま、歓声を上げて回廊の奥へと去っていった。




