第六話 隠された魔法
ジージは奇跡的に火炎を回避したが、転んだ衝撃で古傷に激痛が走っていた。
魔物は体を捻り、起き上がった。
巨大な瞳が、ジージの姿を発見する。
魔物がゆっくりと、ジージの方へ近づいて来る。しかし、ジージは激痛のため動けない。
魔物はまるで怯える人間を見て楽しむかのように、いやらしくゆっくりと距離を詰めてきた。
すると突然……。
「わたしが相手だ!」
ロゼッタが間に割って入った。
「やめろ! ロゼッタちゃん!」
ジージが止めるが、ロゼッタは聞く耳を持たない。
彼女は、矢をつがえて弓を引き絞った!
「ジージに近づくな!!」
ロゼッタは、叫ぶと同時に矢を放った!
鋭い矢が風を切って、魔物を目掛けて飛んでいく。
しかし、魔物は動じる気配がない。まさか、正面から受け止める気か!
パシッ!
なんと、矢が弾かれた!
魔物は、あろう事か眉間で矢を弾いたのだ。
その様子は、まるでロゼッタのことを嘲笑っているかのようだった。
魔物は再び、ゆっくりと前進してくる。
それを見て、ジージが叫んだ!
「ロゼッタちゃん! 逃げろ!」
しかし、ロゼッタは、もう一度矢をつがえる!
だが、もう間に合わない!
魔物はその巨大な腕を振り上げ、ロゼッタに向かって真っ直ぐと叩き落とした!
ドーーーーーン!
魔物の攻撃と同時に、周囲には砂埃が上がった!
砂埃が舞う中、ジージは声が出せなかった。
ロゼッタが潰された!
あんな巨大な腕で叩き潰されたら、一溜まりもない。
ジージは、もうお仕舞いだと悟った。
もう、戦える者が誰もいない。
絶望的だった。
ジージは絶望の表情で、砂埃を見つめた。
すると!
何やら、砂埃の中に人の影があった。
目を凝らすと、その人影は振り下ろされた魔物の巨大な腕を支え、腕力で拮抗している様子だ。
ジージは、何事かと驚いた。
ウオオオオオオオオオオ!
砂埃が晴れると、そこには魔物の巨大な腕を素手で受け止めるクリフの姿があった。
その背後には、尻餅をついて座っているロゼッタがいる。
ジージは、信じられない光景に唖然としていた。
するとジージの元に、一人の若者が駆けつけた。
見回りに出ていた、村の若者の一人だ。
「爺さま! ご無事でしたか!」
「あ、あぁ……」
ジージは、ただただ驚きを隠せない。
目の前で、何が起きているのだ?
クリフの腕が、黄金に輝いている!
「うおおおおおおおお!」
クリフは雄叫びを上げて、巨大な魔物の腕を押し返した!
魔物は後ろへバランスを崩し、尻餅をつく。
クリフは自分の体よりも五倍は大きな魔物を腕で押し返したのだ!
それを見た誰もが、信じられない光景に目を疑った。
クリフはロゼッタを振り返り、声を掛ける。
「危なかったな! 怪我はないか?」
「クリフ!!」
ロゼッタが呼びかけると、クリフは指示を出した。
「ロゼッタ、ジージを安全な場所に避難させるんだ!」
「でも……」
「大丈夫、ここは俺が時間を稼ぐ!」
二人が話していると、魔物は勢いよく立ち上がった。
どうやら、クリフの様子を伺っている様子だ。
「ロゼッタ! 早く!」
「わかった!」
ロゼッタは駆けつけた若者と共に、ジージを安全な場所に避難させた。
クリフは、魔物の顔を鋭く睨みつける。
すると魔物は腹を膨らませ、火炎を溜めた。
このままでは、あの強力な火炎ブレスが来る!
しかし、どうしたことか。
クリフは大胆にも一切の躊躇なく、魔物に向かって突き進んで行った!
それに対して魔物は、先ほどよりも勢いを増した炎のブレスをクリフに目掛けて吹きかける!
すると、次の瞬間!
「我が脚は疾風となる!」
クリフがそう唱えると、急にクリフの脚が光り輝き、走る速度が増した!
なんと魔物の火炎ブレスを直前で避けて、一気に間合いを詰めたのだ!
魔物はそれを見て、たじろいでいる。
クリフは、魔物の懐に入り込み再び唱えた。
「我が拳は鋼となる!」
クリフは光り輝く拳を握り締め、魔物の腹に打ち込んだ!
魔物は、その衝撃で怯む。
どうやら、ダメージが通ったようだ。
一方その頃、クリフ達から離れた安全地帯で、ジージの応急処置が行われていた。
しかし、突然ロゼッタは、共にジージを運んだ村の若者に告げる。
「お前は、魔法でジージを治療しろ! 私は、あいつを助けに行く!」
「おい、お前が行ったところで、何ができるって言うんだ。おい!」
若者は、ロゼッタを引き止めた。
しかし、彼女は若者の言葉を無視して走り出す。
そのまま、一目散にクリフの元へと走って行った。
クリフは、息が上がっていた。
もう魔力が持たない。
思いの外、魔物が打たれ強かったために苦戦してしまっていたのだ。
あと一撃、あと一撃ならば魔物にダメージを負わせられる。
一撃で仕留めるためには、魔物の急所を突かなければならない。
先ほど打ち込んだ腹が、急所だということは分かっている。
しかし、魔物の方も学習したようで中々懐に入ることができない。
さて、どうしたものか。
彼が考えていると、背後から声がした。
「クリフ!!」
クリフは、声の方向に視線を送る。
するとそこには、ロゼッタの姿があった。
クリフは、彼女に叫び掛ける!
「なぜ、戻ってきた!」
「わたしに、考えがあるのだ!」
考えがある?
彼女は、いったい、何を言っているのだ?
クリフは、心配そうな目でロゼッタを見る。
するとロゼッタは、ポーチから古いクマのぬいぐるみを取り出した。
テディだ。
ロゼッタは、テディを見つめておばあちゃんの言葉を思い出していた。
おばあちゃんは言っていた。
この魔法を使うのは、自分の身に危機が迫った時。
つまり、今がそうだ!
ロゼッタは突然、クリフの方に視線を送った。
そして、作戦を告げる。
「私が敵を撹乱するから、クリフはその隙に弱点を突いて!」
「何を馬鹿なことを! そんな、ぬいぐるみで!」
「クリフ! 前!!」
クリフが振り向くと、魔物が急接近していた!
彼は、すんでのところで魔物の攻撃を回避。
もう余裕がない。ここは、ロゼッタの提案を受け入れてみよう。
クリフは、ロゼッタに全てを託した!
「ロゼッタ! 頼む!」
ロゼッタは頷いた。
お婆ちゃんは言っていた。念ずればテディは応えてくれると。
ロゼッタは、テディを天に掲げて叫んだ!
「テディ! わたし達に力を貸して!!」
すると突然、どこからともなく不思議な声が聞こえてきた。
「戦闘態勢ニ移行シマス」
テディが喋ったのだろうか? いや、頭の中で声が響いていたような気がする。
その直後、ロゼッタは驚いた。
掲げていたテディが、急にキラキラと輝きだしたのだ。
そして、もっと驚いたことがあった。
なんと不思議なことに、テディの視点から見える世界が感覚として分かったのだ。
天に掲げられたテディの視点は、ロゼッタの普段の視点よりも高かった。
その高さから見える景色が、はっきりと感覚として伝わって来た。
「え!?」
ロゼッタの指先とテディの体を繋いだ魔法の糸から、テディの全てが伝わって来た。
彼女はその時、テディの隠された魔法の全てを知ったのだ。
「……分かったよ、テディ。……わたし、戦えるんだね!」
クリフは、もう息が持たなかった。
先ほどから敵の攻撃を回避し切れず、防御をして凌いでいた。
クリフの足元がおぼつかなくなってきた、その瞬間!
魔物が、巨大な腕で大きな縦振りの攻撃を仕掛けてきた!
クリフは、ギリギリで回避する!
しかし!
魔物は、まさかの行動を取った!
魔物は、腕を地面に叩きつけた直後、そのまま巨体を宙に浮かせたのだ!
魔物は空中で一回転し、クリフの頭上に追撃を打ち込んできた!
「しまった!」
これは、避けられない!
クリフが死を覚悟した、その瞬間!
突然、魔物の脇腹に光り輝く物体が衝突!
魔物の巨体は、弾き飛ばされてしまった!
魔物は、急に地面に打ち付けられて動揺している様子だ。
クリフは一瞬、何が起こったのかが分からなかった。
しかし、すぐに彼女がやったのだろうと察した。
ロゼッタが、唖然とするクリフに歩み寄ってくる。
「よっ! 大丈夫か?」
「あれは、君がやったのか?」
「そうだぞ、魔物に殺されそうになっていたお前を助けてやったのだ。感謝しろ」
ロゼッタとクリフは、共に微笑んだ。
魔物は、得体の知れない力に警戒している様子だ。
ロゼッタは、そんな魔物の前へと進み出る。
「よくも、わたしの村をメチャクチャにしてくれたな! その罪を償ってもらうぞ!」
魔物はそれを聞いて、距離を取った。
そして、腹を膨らませた。
どうやら、火炎を溜めている様子だ。
それを見て、ロゼッタは鼻で笑った。
「ふん、ワンパターンだな!」
魔物は気づいていなかったのだ。いや、気づくはずがない。
先ほどから、ロゼッタの周りにテディがいない。
突然ロゼッタは、右腕を天に掲げた。
「テディ! やれぇぇええええ!」
魔物が火炎ブレスを吹こうとした、その瞬間!
空の上から光り輝くテディが、一直線に急降下して来た!
それはまるで、隕石のようだった。
テディは、魔物の頭上に直撃!
魔物は、溜めていた火炎ブレスをその場にぶちまけてしまった。
辺りに炎が飛び散る。
魔物は、何が起こったのかが分からなかったらしい。
周囲を見回すが、自らが吐き出した炎のせいで周りの様子が把握できない。
魔物が辺りを警戒していると、突然!
正面の炎を割いて、テディが現れた!
テディは高速で突っ込み、今度は魔物のアゴにアッパーを食らわせた!
強力な一撃だ! 衝撃波と共に魔物がよろめく。
仰け反って胴体がガラ空きになった!
そのガラ空きになった胴体に、クリフが飛び込む!
「我が拳は鋼となる!!」
直後、魔物の柔らかい腹に、クリフの輝く拳がめり込んだ!
ギヤアアアアアアアアアアアアア!
魔物の悲痛な叫び声が、遥か遠くまで響き渡った。
魔物は、再起不能となったのだ。