第五十四話 世界樹計画
平野での決戦は、同盟軍の勝利に終わった。
ウィザード軍は態勢を立て直せず、撤退。
彼らは、甚大な被害を受けた。
しかし、被害を受けたのはウィザードだけではなかった。
同盟軍の側も、大量の死傷者を出したのだ。
同盟軍はそれを踏まえて、陣営にて今後の方針を決める軍議を行なった。
軍議にはパペッティアをはじめ、同盟軍に参加した部族の族長達が一同に介していた。
彼らは円卓を囲み、話し合いを行う。
すると突然、一人の男がテーブルを叩いた!
銀髪の小男が、椅子の上に立ち上がる。
男は背丈こそ小さかったが、筋骨隆々とした体に大きな髭を蓄えており、戦士の風貌を備えていた。
男は鼻息を荒くしながら叫んだ!
「ワシは納得がいかん!! 停戦協定を結ぶだと!? 何を寝ぼけた事を!」
男は円卓に並んだ族長達を、黄色く輝く鋭い目で見渡しながら続けた。
「ワシら獣人は、奴らに仲間を虐殺されたのじゃ! 奴らも同じ目に合わせてやらねば、収まらん!!」
すると、一人の赤髪の女が男を制した。
彼女は、パペッティアの族長だ。
彼女は獣人族の族長に対し、静かに告げた。
「我々パペッティアも、多くの仲間を失ったよ。しかし、私はこれ以上無意味な犠牲を増やしたくはないのだ」
「しかし!!」
獣人族の族長が、反論しようとした。
すると今度は、腰に剣を携えた厳つい男がそれを制した。
魔剣士の一族の長だ。
「獣人族の悲しみは、痛いほどに分かった。しかし、このまま行くと更に悲惨な状況になるのは目に見えているぞ!」
「ガルルルルルッ」
獣人族の男は、不機嫌そうに唸り声を上げた。
そして腕組みをして、ドカッと椅子に座り直す。
それを見て、赤髪の女は一同に語りかけた。
「それでは各々方、ウィザードと停戦協定を結ぶという方針で話を進めてもよろしいかな?」
獣人族の族長は、首を縦に降らなかった。
しかし、その他の部族の族長達は彼女の提案を了承した。
これによって、同盟軍はウィザードとの停戦協定を結ぶことを決めたのだ。
数日後、同盟軍の陣営にウィザード側の使者が訪れた。
テントの中に、凛々しい戦士の男が入ってくる。
するとそれを見て、円卓に着いていた赤髪の女が立ち上がった。
女に倣って、他の族長達も立ち上がる。
ウィザードの使者の男は、同盟軍の面々に向かって丁寧な挨拶をした。
「私は、王の使者として参りました。サンフレイム家の当主で御座います」
男は姿勢を低くして、お辞儀をした。
ウィザードの王には、四人の守護者がいた。
ロックウォール、レインドロップ、ウィンドソング、そしてサンフレイム。
どうやら今回ウィザードの王は、守護者の一人を使者として派遣して来たらしい。
獣人族の族長は、ウィザードの王が直接出向かなかった事が気に入らなかった。
彼は、不機嫌そうな顔をする。
しかし赤髪の女は、紳士的に振る舞う使者の男を見て微笑んだ。
そして、声をかける。
「よくぞ、来てくれたね。どうぞ、椅子へかけてくれたまえ」
使者の男は、促されて席に着いた。
同盟軍の族長達も、着席する。
すると、赤髪の女が続けた。
「我々は、これ以上の戦いを望まない。ウィザードはどうかな?」
「はい……」
一同が見守る中、使者の男は言葉を発した。
「我らの王も、停戦を望んでおられます」
「うむ」
女は頷き、男を見据えた。
「それでは、我々からの条件を述べるよ。まずは、各々の部族に土地を返すこと」
「はい……」
「そして我々が新たに創る共和国に、ウィザードも加盟すること」
「共和国?」
使者の男は困惑した。
赤髪の女は、微笑みながら続ける。
「ああ、我々は全ての部族で協力して新たな国を創るのだ!」
「国を……」
「そして、この大陸中央の平野に首都を建てる!」
「なんと! この平野に!」
使者の男は、突然の話に驚いた。
この平野に、全ての部族が暮らす街を建てるというのだ。
これは、とてもスケールの大きな話だ。
しかし、この平野は土地も痩せていて水も少ない。
そんな大きな街など、建てられるはずがないのだ。
男は夢物語を聞かされているようで、返事に困ってしまった。
すると、赤髪の女が解説した。
「我々パペッティアには、長年温め続けてきた計画があるのだよ!」
「計画……。それは、いったいどのような計画なのですか?」
男が聞くと、赤髪の女は微笑みながら言い放った。
「世界樹計画さ!」
その後、同盟軍とウィザードの間には停戦協定が結ばれた。
彼らは約束通り、平野に首都の建設を開始する。
各部族はウィザードへの恨みを引きずりながらも、未来を見据えて良好な関係を築いた。
首都の建設が進む中、平野の中央にはパペッティアの集団が集まっていた。
彼らはゴーレムや魔法の糸を使い、巨大な建造物を組み立てていく。
やがて、神殿が完成した。
その神殿の中に各部族の族長達と、ウィザードの王が集まった。
彼らに向かって、赤髪の女が解説をする。
「この場所に定期的に、各部族が交代で供物を捧げるのさ! 家畜とか野菜とかをね!」
女が言うと、入口から一人の男が牛を引いて入ってきた。
牛は、神殿奥の祭壇の前へと連れて行かれる。
そして、大きな牛は祭壇に乗せられた。
それを確認して、赤髪の女は解説を続けた。
「あの様に供物を捧げれば、後は自動的に世界樹が供物から養分を吸い上げて成長する仕組みさ!」
女が言った瞬間!
天井から、パペッティアの魔力の糸が降りてきた。
魔力の糸は、静かに牛の体に繋がる。
しかし、牛は気にしていない様子だ。
何も知らずに、くちゃくちゃと口を動かしている。
ウィザードの王は、不気味なものを見るような顔で牛を眺めていた。
「なんとまた、奇妙な魔法よのぉ……」
赤髪の女は、微笑む。
「いずれ世界樹は、莫大な資源を生み出すからね! それをみんなで山分けして、平和に暮らそうじゃないか!」
各部族の族長達は、それを聞いて喜んだ。
もう、少ない資源を巡って血を流す時代が終わるのだ。
やっと、平和な世の中が訪れる。
彼らは希望に満ちた眼差しで、くちゃくちゃと反芻している牛を眺めた。
それから数年で、世界樹は急成長した。
最初地上にあった神殿は、世界樹に持ち上げられてどんどん空高くへと昇っていった。
それに合わせて、パペッティア達は世界樹の中にポータルを開き、一気に頂上まで移動できる仕組みを開発した。
彼らの技術力は、計り知れないものがあった。
首都の中央に建てられた宮殿も、その殆どがパペッティアの手によって造られた。
パペッティアは、創造に特化した技術者集団だったのだ。
次第に巨大になっていく世界樹と首都を見て、人々は大変喜んだ。
しかし一人、その様子を良く思わない人物がいた。
ウィザードの王だ。
彼は、首都に設けられた邸宅の窓から世界樹を眺めた。
彼は世界樹が巨大化していく様子を見るたびに、恐怖を覚えていた。
巨大な世界樹の姿は、パペッティアの能力そのものだ。
あんなに強力な力を持った部族が、すぐ隣で暮らしているのだと思うと不安でならなかった。
パペッティアは少数民族だから、まだ平和的に行動している。
しかし、もし彼らが多数派になったら?
この先、好戦的な族長が現れたらどうするのだ?
彼の中で、不安は募るばかりだった。
そして彼は耐えかねて、一人の男を呼び出した。
その男は、レインドロップ家の当主。
王が一番信頼を置いている側近だった。
王は男と、ある計画を練った。
パペッティアをこの地から追放し、再びウィザードが覇権を握る計画を……。




