第五十二話 地下牢
ロゼッタは、王の猟犬に連行された。
彼女は金属製の檻に入れられ、王都まで連れて行かれたのだ。
檻は荷車に乗せられて、それを竜が引く。
荷車の前後では、竜に跨った赤い衣の魔術師達が警戒していた。
王の猟犬一行は、王都の正門から街へと入る。
すると、ハウンドが声を上げた。
「道を開けよ! パペッティアが通るぞ!」
彼の声は、大通りに響き渡った。
それを聞いた通行人は、道を開けながらざわつく。
「パペッティアだってよ……」
「マジかよ、パペッティア?」
「ねえ、お母さん。パペッティアってなぁに?」
人々は連行されるロゼッタを見て、口々に呟いた。
次第に店の中や路地から、大通りに人が集まって来る。
あっという間に、長い大通りは沢山の野次馬で埋め尽くされた。
ロゼッタは檻の中で膝を抱えて座り、俯いていた。
すると、突然!
カンッ!
鉄格子に、何かが当たった。
恐らく誰かが、石を投げたのだ。
「くたばれ、パペッティア!」
その声と同時に、群衆の中から歓声が上がった。
ロゼッタは、その光景を見て怯える。
すると彼女の側に、竜に跨ったハウンドが近づいてきた。
彼はニヤリと笑って、ロゼッタを見る。
「民衆にとってこれは、最高のショーなのだ!」
「……」
「国が荒れて、民衆は不満や怒りが溜まっているからねー。絶対悪のパペッティアは、怒りをぶつける先としてはうってつけと言うわけだ!」
「……」
ロゼッタは、無言で俯いた。
しかし群衆は、無抵抗な彼女に向かって罵詈雑言を浴びせ続ける。
長い大通りに、そんな光景がずっと続いていた。
しかしそんな中、一人静かにロゼッタを見つめている者がいた。
黒髪の騎士、ハルだ。
彼女は怒り狂う群衆の中で、冷静にその光景を見つめる。
すると突然、彼女の隣に小さな女の子が現れた。
彼女は、呟いた。
「あっ! 私を助けてくれたお姉ちゃんだ! なんで檻に入ってるの?」
ハルは女の子の独り言を聞いてから、再びロゼッタを見た。
彼女は、なんともやり切れない思いだった。
そして、見るに耐えかねて振り向く。
彼女は、群衆を後にしようとした。
するとその時、一人の男が声を掛けてきた。
「レオンハート様……」
ハルが声のする方を振り返ると、フードを深く被った男が立っていた。
男は、フードの奥からハルの顔を真っ直ぐと見ている。
この男は、アルバートだ。
「お久しぶりです、レオンハート様。実は、貴女にお会いしたいと言う方がおられるのですが……」
「私に会いたい?」
ハルは、一瞬考えた。
いったい誰だろう?
彼女は、考えながら返事をした。
「ええ、良いでしょう。それで、その方はどちらに?」
彼女が言うと、アルバートは背後をチラリと見た。
どうやら、ハルに面会を求めている人物はすぐ近くにいるらしい。
すると突然、アルバートの背後からフードを深く被った女が静かに現れた。
随分と若い女のようだが、いったい誰だろう?
ハルが見つめると、女がゆっくりとフードを脱いだ。
ハルは、その姿を見て驚く。
「あなたは!」
ロゼッタは大通りで晒し者にされた後、王城の地下へと連れていかれた。
地下の薄暗い石造りの通路には、牢屋が並んでいた。
ここは、地下牢だ。
彼女は、牢屋に入れられてしまった。
石造りの小部屋に、鉄格子が付いている。
窓が無いので、薄暗い。
そして彼女の牢屋の扉は閉められ、鍵を掛けられた。
ロゼッタは牢屋の中で、呆然として佇んだ。
ハウンドが、ニヤリと笑ってロゼッタに声を掛ける。
「素敵な部屋だろう? だが残念だ……パペッティアは見つけ次第、即死刑なのだ……」
ハウンドは、口角を下げ残念そうな顔をする。
ロゼッタは、牢屋の奥で膝を抱えて座り込んだ。
そして、無言で俯く。
それを見て、ハウンドは続けた。
「だが、案ずるな! 寂しくないように、観衆を沢山集めてやろう! ハーッハハハハ!」
ハウンドは、笑いながら地下牢を去っていった。
地下牢への出入り口の扉が閉められ、鍵がかけられる。
すると、急に静かになった。
ロゼッタはもう、どうして良いかが分からなかった。
仲間を失い、自分がパペッティアである事が世間にバレ、王の猟犬に捕まってしまった。
最悪だ……。
彼女は改めて、その絶望的な状況を噛み締めて悲しくなった。
そして、彼女は力なく呟く。
「みんな……」
彼女が呟いた途端、どこからか声がした。
「おい、パペッティアが来たのか?」
ロゼッタは、顔を上げる。
そしてゆっくりと、立ち上がった。
彼女は鉄格子に掴まり、周囲を確認する。
すると、斜め向かい側の牢屋に男が閉じ込められているのが見えた。
銀髪の男が、黄色い瞳でロゼッタを睨みつける。
ファングだ。
彼もハウンドに捕まり、投獄されたのだ。
ロゼッタは、彼の姿を見て驚いた。
「お前……橋の上で会った狼男か!」
「あん?」
ファングは一瞬、考えた。
橋の上……。
そして突然、思い出した。
「あっ! てめぇ、あの男の仲間かよ!」
ファングの脳裏には、クリフの姿が浮かんでいた。
彼は一瞬、不機嫌になった。
しかし突然、一転して不思議そうな顔をした。
「あ? 世界樹の頂上に向かってた奴が、なんでここにいんだよ?」
ロゼッタは、俯いた。
そして何気なく、世界樹の頂上で起こった一連の出来事について話をした。
特にファングに対して話す必要はなかったのだが、彼女は何となく誰かに聞いて欲しかったのだ。
フレイヤのこと、魔王のこと、仲間のこと、そして空から落ちて来たこと。
彼女は、全てをファングに語った。
するとファングは、意外にも静かに聞いてくれた。
彼は胡座で座り、腕組みをしている。
目を閉じて、何かを考えている様子だ。
そして彼は、話を全て聞き終わると突然口を開いた。
「てめぇの仲間は、糸に繋がれちまったわけだな」
「そうだ……」
「そいつは最悪だぜ。全員、特殊魔法の使い手だからな……世界樹にどんな影響が出るか分からねぇ」
「どう言うことだ?」
ファングは突然目を開き、ロゼッタを見た。
そして、答える。
「しゃあねぇな。俺が、てめぇに世界樹の正体を教えてやるよ」




