フレイヤの瞳2
ハウンドは、フレイヤを地下室へと案内した。
何やら地下室からは、禍々しい雰囲気が漂っている。
階段下の扉を開けると、生臭い臭気を感じた。
暗い通路の先には、更に扉がある。
その扉の奥からは、女の鳴き声が聞こえた。
ハウンドが先導して、奥の扉へと向かう。
その後ろを、フレイヤは恐る恐る付いて行った。
ハウンドは、一度ニヤリと笑ってから扉を開けた。
すると……。
石造りの円形の部屋が目に入った。
部屋の中央では、女性が縛られて涙を流している。
その隣には、椅子に縛られた男の子がいた。
男の子は口を布で塞がれた上、目の前の机に両手を固定されている。
しかも、御丁寧に一本一本の指先までしっかりと金具で固定されていた。
ハウンドとフレイヤが部屋に入ると、縛られた女が叫んだ!
「お願いです! 助けてください! もう悪いことはしません!」
ハウンドは無視して、男の子の方へと向かう。
すると縛られた女は、必死に暴れた。
「お願い!! 息子にだけは手を出さないで!!」
ハウンドは、ニヤリと笑って女を見た。
そして、金槌を取り出す。
彼は金槌をクルクルと回しながら、フレイヤの方を向いた。
「貴女は、これから大魔道士となるのだ! その為に、闇の刻印でパワーアップして頂くよ!」
「……」
フレイヤは、恐る恐る魔法の杖を抜いた。
そしてそれを、ゆっくりと縛られた女の方へと向ける。
すると、女は動揺した。
「ウソッ……冗談でしょ! 助けて!!」
フレイヤは、杖先に魔力を集中させた。
そして……。
カラン!
突然、杖を床に落とした。
彼女は、膝から崩れ落ちる。
「できません! 私には、できません!」
ハウンドが呆れた様子で、彼女を眺めた。
「このままでは、貴女の兄上のような悲劇が永遠に続くのだぞ!」
彼が言うと、フレイヤは涙を流した。
「できません……」
ハウンドは、仕方ないと言った感じで肩をすくめた。
そして、金槌を大きく振りかぶる。
「もし、貴女が女を殺せないのならば、この子供が苦しむことになるが、よろしいか?」
「やめてぇええええええええ!」
縛られた女が叫んだ!
すると突然、ハウンドが金槌を振り下ろす!
「いーち!」
ドンッ!
振り下ろされた金槌は、男の子の固定された小指に命中!
ンンンンンンンンッ!!
男の子は泣き叫ぶが、布で口を塞がれて声が出せない。
その様子を見て、縛られた女が暴れた。
フレイヤはその光景を、絶望の表情で見つめていた。
すると、ハウンドが続ける。
「ほらほら、急がないと指が無くなってしまう! にー!」
ドンッ!
ハウンドは言いながら、金槌を叩き下ろした。
それを見てフレイヤは、慌てて杖を拾い暴れる女に向けて構える。
しかし、フレイヤの手は震えていて、魔法を集中させるどころではない。
そうこうしている内に。
「ハイ! さん、し、ご!」
ドンドンドンッ!
ハウンドは一気に、男の子の指を三本連続で潰した。
男の子は、激痛で放心状態だ。
縛られた女は、泣き叫んでいた。
するとハウンドは、急に口角を下げた。
「あぁもう、指が残り五本しかない! あっ、足も含めれば十五本かっ!」
フレイヤは呼吸が乱れて、息が荒くなっていた。
全身からは、嫌な汗をかいている。
目の前が歪む、なんだか吐きそうだ。
すると見かねて、ハウンドが彼女に近寄った。
彼は優しくフレイヤの腕を持ち上げ、杖先を縛られた女へと向ける。
そして、静かに告げた。
「あの女はね、ずっと人々を欺いてきた悪人なのだよ」
「え……」
「彼女は、旅人を魔法で騙して金品をくすねていたのだ。更に、殺人の疑惑もある」
「……」
「だから今から、貴女は悪人を捌くのだ。遠慮することはない」
「……」
突然、女が反論した。
「仕方なかったの、生活が苦しかったのよ! でももう、十分でしょ! もう許して……」
ハウンドは女の言葉を無視して、静かに続けた。
「あの女にも、アカデミーへ行く権利は与えられていたのだ。しかし、努力を怠った。だから、貧困に陥ったのだ!」
「!」
ハウンドは、フレイヤの顔を優しく覗き込んだ。
「貴女は孤児院生活から、努力をして今の地位を得たのであろう?」
「……」
「この女は、その努力を放棄したのだ! だから、ここにいる。いわば自業自得というやつだ!」
「それは……」
「家畜同然。家畜のようにただ何も考えずに過ごしてきたのだ! いや、悪事を働く分、家畜よりもタチが悪い!」
そう言われて、縛られた女は声もなく泣いた。
すると突然、その女の額に杖の先端が押しつけられた。
女は、涙を流しながら顔を上げる。
杖の向こうで、フレイヤの光を失った瞳がこちらを見つめていた。
ハウンドが、笑みを浮かべて告げる。
「こんな女でも世の為、人の為に生贄にはなれるのだ! この命を、有効に使おうではないか!」
彼が言った、瞬間!
フレイヤの杖先から、魔法が発射された!
同時に、女の頭から血飛沫が上がる!
直後、フレイヤは手が震えた。
そして、再び杖を落としてしまった。
それを見て、ハウンドが静かに拍手を送る。
「さあ、この女の血で刻印を刻んで差し上げよう!」
彼は言うと、杖先に女の血をつけて放心状態のフレイヤへと向かった。
その日から、フレイヤは定期的にハウンド邸を訪れるようになった。
彼女はハウンドと共に地下室へ降りて、生贄の血を啜る儀式を続けた。
彼女は、一人また一人と生贄の血を啜り、魔力を強化していった。
やがて彼女は普通の人間では到底扱えないような、強力な魔法を使いこなせるようになった。
そして人々は、そんな彼女を畏怖と尊敬の眼差しで見つめ大魔道士様と呼ぶようになったのだ。
しかし彼女は強力な力を手に入れた代償に、次第に感情を失っていった。
最終的に彼女の瞳からは、完全に感情が失われてしまった。
その瞳はまるで、見た者が凍りついてしまうかのように冷たかった。
ハウンドは、彼女のその変化を楽しみながら見届けた。
「うーむ。これは、闇の刻印の副産物でしょうな! 素晴らしい!」
「……」
フレイヤは次第に口数も少なくなり、周囲の人間との関わりも断つようになった。
ハウンドはそんな彼女に対して、満足そうに声を掛ける。
「大魔道士様!」
「……」
「まもなく王国建国から、五百年の節目の年を迎えます!」
「……」
「それに備えて、生贄をたくさんご用意致しますので、楽しみになさっていてください!」
「……」
その時フレイヤの中には、ある使命感が生まれていた。
自分が啜った血を、決して無駄にはしない。
必ず自分が次の魔王となり、この狂った世の中に安定をもたらすと。
彼女は、そう心に誓った。




