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最弱魔術師のパペッティア  作者: がじゅまる
サブストーリー7
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フレイヤの瞳1

 フレイヤと、その兄はアカデミーでも成績優秀な兄弟として知られていた。

 特にフレイヤの兄は素晴らしい魔法の才能があり、かつては王都最強の魔術師とまで言われた。

 

 そのように王都で名を馳せた兄弟であったが、その出自は必ずしも恵まれたものではなかった。

 元々、二人は孤児院で育ったのだ。

 両親は、物心ついた頃にはもういなかった。

 二人は孤児として保護され、貧しい環境の中、兄弟で力を合わせながら生きてきたのだ。


 二人は恵まれない環境の中にありながらも、寝る間も惜しんで勉強に打ち込んだ。

 学問だけが、貧困から脱する唯一の方法だと信じていたからだ。


 二人は必死に魔法の勉強をして、やがてアカデミーで名を上げた。

 兄弟は努力の末、アカデミーで優秀な成績を叩き出すまでに成長した。

 人々は、二人のその能力を讃えた。

 しかし、それだけでは二人の悩みは解決されなかった。

 と言うのも、この国のアカデミーで優秀な学生の多くは、貴族や騎士の御子息や御令嬢だったのだ。

 その中で、孤児院出身の兄弟は異色の存在だった。


 それ故、二人は常に肩身の狭い思いをしていた。

 馬鹿にされ、嫌がらせを受けることも少なくはなかった。

 しかし、二人はめげずに努力を続けた。

 努力を続けていれば、いつか自分達が認められる日が必ず来る。

 二人はそう信じて、ひたすら努力を続けた。


 その努力の甲斐あって、やがて二人の名は王都全体にとどろいた。

 その才能の噂は、王の耳にも届くことになる。

 フレイヤの兄はその優れた能力を認められ、王より騎士の称号を与えられたのだ。

 更に王の意向で、兄弟は城下に立派な家が与えられた。

 これは、大変名誉な事だった。


 フレイヤの兄は身に余る待遇に感極まって、王の御前で涙を流した。

 やっと、努力が報われたのだ。

 これからは更に努力を続けて、王国の役に立とう。

 彼は、そう考えた。


 彼は、感慨に浸った。

 そんな彼に対し、王は騎士としての最初の任務を与えた。

 それは、魔王討伐のリーダーとなる事。

 庶民上がりの彼が、騎士や貴族を率いて魔王討伐へ向かうのだ。

 彼は、突然の大役に驚いた。

 これ以上の、名誉があるだろうか。

 

 彼は、大変喜んだ。

 そして彼は、王国の全面的な支援を受けて、世界樹の頂上を目指す旅に出ることになったのだ。

 その旅へ出る直前、彼はフレイヤに言い残した。


「必ず魔王を倒して帰ってくる。そうしたらもう、誰も俺たちを馬鹿にすることはできない!」


 彼は、野望に燃えていた。

 今まで庶民出身というだけで、馬鹿にしてきた連中を見返してやる!

 今まで誰も成し遂げられなかった偉業を、自分が成し遂げるのだ!

 彼は強い野心を胸に、騎士や貴族や冒険者を率いて世界樹へと旅立った。


 フレイヤは、堂々と王都を後にする兄を誇らしく思いながら見送った。

 そして、月日は巡る。


 フレイヤは兄が出発した日から、毎日世界樹を眺めた。

 兄は、今どこにいるのだろうか?

 もう、頂上に着いたのだろうか?

 フレイヤは、そんな事を考えながら日々を過ごした。

 しかし、待てど暮らせど、兄が帰ってくる様子はない。


 魔物の襲撃や、疫病の流行も収まる気配がなく、日に日に状況は悪化していた。

 フレイヤの脳裏には時々、兄が失敗したのではないかという考えがよぎった。

 しかし、そんな考えが浮かぶ度に、彼女は頭を振って考え直した。

 王都最強の兄が、失敗するはずなど無いのだ。




 ある日のこと。


 トントントンッ


 フレイヤの家の玄関をノックする音が聞こえた。

 メイドが玄関へと向かう。

 すると、奥の部屋からフレイヤが飛び出してきた。


「お兄様かもしれないわ!」


 フレイヤは、なんとなく兄の帰還の気配を感じたのだ。

 不安と期待を膨らませながら、彼女は玄関へと駆け寄る。

 そして、扉を開けた。

 すると……。


 目の前には、ヤギの頭蓋骨を被った男が立っていた。

 ハウンドだ。


 フレイヤは、驚いた。

 驚く彼女を見て、ハウンドはニヤリと笑う。


「突然押し掛けてしまい失礼! 貴女の兄上について、お話があるのだが少しよろしいかな?」


 それを聞いて、フレイヤは不安になった。

 わざわざ、王の猟犬が訪ねて来たのだ。

 兄の身に、何かあったのだろうか?




 フレイヤは、ハウンドと共に彼の邸宅へと赴いた。

 道中は二人で、竜に引かせた車に乗って移動したが、ハウンドはくだらないお喋りをするだけで本題に触れなかった。

 フレイヤは、困惑する。

 兄の話など、一言も出てこない。

 いったいなぜ、自分はハウンド家に呼び出されたのだろう。


 二人は、ハウンド家に到着する。

 そして、玄関から応接室へと入った。


 フレイヤはハウンドに促され、席へと着く。

 すると、ハウンドは大きな声で執事を呼んだ。


「おい! お客様に、お茶をお出ししておくれ!」


 フレイヤは緊張していた。

 ここが、パペッティアの残党狩りを任せられているハウンド家の邸宅。

 想像よりも明るい雰囲気の家だったが、何故か少し不気味な気配を感じた。


 ふと気がつくと、ハウンドがフレイヤを見つめていた。

 彼はニヤリと、笑みを浮かべる。


「貴女の兄上に同行した貴族達だが……先ほど、帰ってきたよ!」

「え!?」


 フレイヤは、突然の発言に驚いた。

 兄が引き連れて行った人々が、帰って来たと言うのだ。

 ならば兄は、今どこにいるのだろう?

 フレイヤは、恐る恐る訪ねた。


「あの……兄は……」

「生きているよ!」

「!!」


 フレイヤは、安堵した。

 兄も無事だったのだ。

 早く、兄の顔を見たい!

 彼女が、そう思った瞬間!

 ハウンドの口から、信じられない言葉が発せられた。


「貴女の兄上は今頃、魔王としての役目を全うしていることだろう!」

「……?」


 フレイヤは、彼の言っている意味が分からなかった。

 彼女は、混乱する。

 彼女は、ハウンドの言葉を必死に理解しようとした。

 しかし、分からない。

 そのように動揺する彼女を見て、ハウンドはニヤニヤと笑った。


「貴女の兄上が、どうなったのかを知りたいかな?」


 フレイアは、不安に満ちた瞳でハウンドを見た。

 すると、ハウンドは静かに続ける。


「貴女には、全てをお話ししよう。きっと、御理解して頂けるはずだ」




 それから小一時間かけて、ハウンドは世界樹の真実を語った。

 フレイヤと兄は今まで、絶対悪の魔王が本当に存在すると信じていた。

 しかし、魔王は世界樹のシステムの一部でしかなかったのだ。


 彼女は、それを聞いて怒りを覚えた。

 王国は、それを知った上で兄を送り出したのだ。

 つまり兄は、王国に騙されたのだ!

 フレイヤは、怒りで体が震えた。


「こんなの、ひどい。私の兄は……いえ、それだけでは無い。今まで世界樹の頂上を目指した、全ての人々が騙されていたと言うことですか!!」

「んーそういう事だねー」


 ハウンドは悪びれる様子もなく、返事をした。

 そして、フレイヤに問う。


「では、問おう! 予め真実を知っていたら、人々が世界樹の頂上に行きたいと思うかね?」

「それは……いいえ……」

「しかし、誰かが頂上へ行く役目を背負ってくれなくては、世界樹は枯れてしまうのだよ」

「……」

「その為に真実を隠し、甘い蜜で誘う必要があったのだ!」


 フレイヤは悔しかった。

 兄は、この世界を維持するための生贄となったのだ。

 確かにハウンドの話を聞いていると、これは必要な犠牲のような気もする。

 しかし、魔王討伐の物語を信じて旅に出た兄のことを考えると、不憫でならなかった。


 フレイヤは、ひどく落ち込んだ。

 すると突然、ハウンドも口角を下げた。

 そして、言った。


「しかしね……少し予想に反したことが起こったのだよ」

「?」

「いや、実はね。最強の魔術師を魔王の位置に据えれば、世界樹が安定するかと思ったのだが……」


 ハウンドは腕組みをして、深刻そうな表情で俯く。

 そして、突然ムクリと正面を向いて言い放った。


「ダメだった!」

「そんな! どう言うことですか?」

「んー君の兄上は変な所で、真面目すぎるのだ!」

「つまり?」

「彼は意志の力で世界樹のシステムに抵抗して、人々に警告をしようとしているのだ。いずれ、彼の声は末端にも届き始めることだろう」

「お兄様……」

「そうなれば、世界樹のシステムを揺るがす事になりかねない!」


 ハウンドは、いやらしい笑みを浮かべながら続けた。


「今回の件で、強い意思のある人間では魔王は務まらないと言うことが分かったよ」

「……」


 ハウンドは、フレイヤをじっと見つめた。


「貴女の兄上は、大変苦しんでいるよ。救ってあげたいとは思わないかい?」

「お兄様を……救う……?」

「実は私に良いアイデアがあるのだが、聞きたくはないか? 貴女の兄上を救うと同時に、これ以上の犠牲をなくす素敵なアイデアだ……」


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