第五話 壊滅
薄暗い森の中に、一本の松明が揺れていた。
松明の持ち主はクリフだ。
町へ帰るために森の小道を歩いていたのだが、すっかり日が暮れてしまい辺りは真っ暗だった。
クリフは視線を地面に落とし、一歩一歩踏みしめながら歩いていた。
彼は、先ほどの、ロゼッタとのやり取りを気に病んでいたのだ。
不器用な性格のため、あの状況をどうして良いものかが分からなかった。
それで、ロゼッタに対して冷たく接してしまったのだ。
今更いくら考えても、仕方がない事なのは分かっている。
しかし、どうしても気になった。
クリフが視線を上げると、目の前から二つの白い光が近づいてくるのが見えた。
光の方向から声がする。
「お~~い! 誰だ~?」
あれはきっと、見回りに出ていた村の若い衆だ。
クリフは、松明を振って返事をした。
「旅の者だ! 今から町へ帰る所だ!」
白い光は、段々と近づいてくる。
光がいよいよ迫ってきたところで、若い衆の顔が見えた。
白い光は、手に持った魔法の杖の先端から放たれていたものだった。
「旅の兄ちゃん、なんで松明なんて持ち歩いてんだ? 杖を失くしたのか?」
村の若者の一人が、不審げにクリフを観察した。
怪しい人物だと思われているのかもしれない。誤解を解かなければ。
「俺は、町で預かった荷物を届けてきた所だ。ほら、村の入口の……」
クリフが言いかけた時、遠く後方から何やら邪悪な気配を感じた。
ウォォオオオオオオオオオオオオ!
「なんだ!?」
クリフを含め三人は、気配のした方向を確認した。
村の方向で、何かが起きたようだ!
カンカンカンカン! カンカンカンカン!
遠くから、何か問題が起こったことを知らせる鐘の音が聞こえてきた。
「あれは! 村の鐘だ!」
村の若者は、浮き足立った。
しかし、すぐに冷静になって一人は町へ応援を呼びに行き、もう一人は村へ駆けつけることを決断した。
冷静な判断だ。
若者たちは、各々駆け出した。
クリフも、若者の一人を追って村の方へと向かった。
嫌な予感がする。
ロゼッタの事が一瞬頭をよぎった。
村の中央では、木で出来た巨大な建物が燃えていた。
村のみんなが共同で使うための、農具がしまってあった建物だ。
炎の中から、獰猛な獣の叫び声が聞こえる。
ウォォオオオオオオオオオオ!
燃える建物から少し離れた場所に、民家の石垣があった。
その石垣の後ろから、身を屈めて様子を伺う者がいる。
ジージだ。
ジージの周りには、村の若者が同じように身を屈ませて、息を潜めている。
すると、一人の若者が口を開いた。
「爺さま、あれは魔物だ! 口から火を吹いたぞ! あんなの見たことねぇ」
「恐らく、ワシが仕留め損ったやつじゃ」
ドーン!
何かが、破壊された音がした。
ジージは目を凝らして様子を伺っているが、魔物は炎の中にいるためよく見えない。
そこでジージは、一度若者達を振り返って指示を出す。
「奴が姿を現したら、全員で一斉攻撃を仕掛けるぞ! 皆、心してかかれ!」
「おう!」
若者達は、一斉に頷いた。
すると突然、彼らの背後から誰かが声を掛ける。
「わたしも参加するぞ!」
「!?」
どこから現れたのか、ロゼッタが、皆の背後から身を屈めて近づいてきた。
手には弓を持っている。
「ダメだ、ロゼッタちゃん! 来ちゃいかん!」
「そうだ、お前がいると足手まといだ」
皆はロゼッタに帰れと促したが、彼女は頑なに応じなかった。
「わたしも、みんなの役に立てる!」
「遊びじゃないんじゃぞ!」
ウォォオオオオオオオ!
一同、魔物の雄叫びに耳を塞いだ。
物凄い音だ。空気が振動しているのが分かる。
ジージが石垣から顔を覗かせると、炎の中から魔物が姿を現すのが見えた。
赤い剛毛に身を包んだ、巨大なサルのような姿だ。
口元からは、巨大な牙が生えている。
その牙と牙の間からは、息をするたびに炎が噴き出しているのが見える。
「キャアアアアアアアア!」
突然、どこからともなく悲鳴が聞こえた。
魔物から少し離れた場所に、小さな家がある。
恐らく、そこから悲鳴が聞こえたのだ。
あの家の住人は、逃げ遅れているらしい。
魔物はその悲鳴に気づいて、まるで次の標的を決めたかのように、そちらへ向かって歩き出した。
それを見てジージが、石垣から身を乗り出す!
「いかん! 全員陣形を組め!」
ジージは石垣を乗り越え、若い衆とロゼッタもそれに続いた。
全員で魔物の背後に回り込み、すぐさま横一列に陣形を組む。
「構え!」
ジージと若い衆は杖先を魔物へ向け、ロゼッタは矢をつがえて弓を引き絞った。
魔物はジージの声に気づいたようで、こちらを振り返ろうとしている。
その直後!
「撃て!」
魔物が振り返る直前に、全員で一斉に魔法攻撃を開始した!
全員の杖から紫色の稲妻が蛇行しながらも素早く飛び立ち、辺りは光で真っ白になった。
ドーーーーーーーン!
周囲には、凄まじい轟音が響き渡った!
一人の若者が、眩しい光を手で遮りながら前方を確認する。
「やったか!」
若者の一人が、勝利を確信し口角を上げた!
しかし、すぐにその表情は青ざめた。
魔物はこちらに向かって仰け反った態勢で、しっかりとこちらを見つめていたのだ。
振り返り際に態勢をそらせて、攻撃を回避していたのだろう。
その不気味な姿を見て、若者達は叫んだ。
「なんだあれ! 獣の動きじゃねぇ!」
「怯むな! もう一撃、撃ち込むのじゃ!」
ジージは怯える若い衆を叱咤するが、皆の動揺は抑えられない。
そんなことをしている内に魔物は、体を仰け反らせたまま腹を大きく膨らませた。
そして口を大きく開き、こちらに照準を合わせる!
「いかん! 回避行動! 回避行動じゃ!」
ジージが回避を促した、次の瞬間!
魔物は限界まで膨らませた腹を一気に萎めて、口から火炎をビュウウウと噴き出した。
想像以上に、火炎の射程が長い!
若い衆はバラバラに逃げようとするが、数人が火炎に巻き込まれてしまった。
「イヤアアアアアアア!」
炎の中から、若者の叫び声がした。
服に着火して逃げ惑っている者もいる。
なんと、ジージの率いる部隊はチリジリになり、いとも簡単に壊滅してしまったのだ。
「なんということじゃ……なんということじゃ……」




