第四十五話 雪山
ロゼッタ達一行は、吹雪の中を歩いていた。
起伏の激しい土地に、白い雪が深く積もっている。
遠く周囲は、グルリと銀色の山脈で囲まれていた。
ここは、雪山だ。
彼女達は、大魔道士の遠征団に参加していた。
彼女達は、遠征団の後方をひっそりと歩く。
列の先頭には、大魔道士を中心とした騎士と貴族の部隊が歩いていた。
そして、その後ろに、細く長く冒険者達の部隊が続いている。
冒険者の部隊は先日の襲撃事件によって、だいぶ数を減らしていた。
あの事件によって、多数の死傷者が出たのだ。
実はあの後、王の猟犬の部隊は王都へと引き返して行った。
氷漬けになった、狼男を王都へ連行するのだそうだ。
彼らに続いて、負傷者や冒険の挫折者も共に引き返してしまった。
その為、当初軽く千人はいた遠征団は、その数を一気に半分近くまで減らしてしまった。
しかし、これはロゼッタ達にとっては好条件だった。
王の猟犬が、いなくなったのだ。
これで、ロゼッタの素性がバレる可能性がグッと低くなった。
彼女達は、少し気を楽にしながら雪山の斜面を降る。
先ほどから、山を登ったり降りたりしている。
遠く前方には、洞窟らしきものが見える。
あれが次の、ポータルの場所だろうか?
どうやら、まだ少し歩くことになりそうだ。
遠征団が寒さに震えながら歩いている中、ロゼッタ達は悠々と雪の中を歩いていた。
ロゼッタはフードを被り、サニーを抱えている。
サニーの能力で、彼女の周囲は暖かな空気で包まれていた。
カトレアもフードを被り、ゆったりと歩いている。
彼女は自分のマントに魔法を流して、暖をとっていた。
クリフは、フードも被らずに堂々と歩いていた。
彼の体からは時折、蒸気が噴き出す。
ロゼッタが、クリフに声をかけた。
「おい。クリフは、寒くないのか?」
クリフは、ロゼッタの方を見て口元に笑みを浮かべた。
「新技のお陰で、ポカポカさ!」
「新技?」
クリフは、親指で自身の胸を指し示した。
「俺の新技。その名も、火炎モード!」
「……」
「さっき、咄嗟に思いついた!」
「……もう、何でもありだな」
彼女達が、そんな会話をしている間、前方を歩く冒険者達は凍えていた。
すぐ前の方で、細身の男が声を上げる。
「兄貴! もうダメだ、帰ろう!」
隣で太った男が、彼をなだめた。
「おいおい、今更引き返すなんて出来ないぜ。きっと、もうすぐポータルだ。我慢しろ」
「無理だ! 寒すぎる! 寒いんだよっ!!」
細身の男は、イライラを周囲にぶちまけた。
「寒い! 寒い! 寒い! 寒い!」
太った男が落ち着くように促すが、細身の男は発狂寸前だ。
「アアアアアアアアアアアアアアッ!」
男は、叫んだ!
男の声は、遠くの山々まで響き渡る。
前方の冒険者達が、発狂した男に注目した。
列の先頭からは、騎士らしき人物がこちらを確認している。
次の瞬間!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
どこからともなく、物凄い轟音が鳴り出した。
一人の冒険者が、近くの山の山頂を指差す。
そして叫んだ!
「雪崩だあああああああああああ!!」
山頂から大量の雪が、こちらへ向かって崩れ落ちて来る。
周囲からは悲鳴が上がった。
辺りを見渡すが、逃げ場がない。
全員が絶望しかけた時。
前方で、大魔道士が杖を振った。
すると、彼女の目の前に巨大な氷の壁が出来上がる!
冒険者達は、それを見て一目散に駆け出した。
しかし、どうやら氷の壁は前方の騎士と貴族の部隊しかカバーできていない様子だ。
遠征団全体を壁で覆えば、壁の強度が足りなくなるのかも知れない。
ロゼッタ達も、壁で作られた安全地帯まで全力で駆けた!
しかし、深い雪に足を取られて、うまく走ることができない。
クリフが、カトレアに声を掛けた。
「姉さん! ロープ!」
「了解!」
カトレアは駆けながらロープを取り出して、クリフに渡した。
クリフは、自分の体にロープを巻きつける。
「二人とも! ロープを絶対離すなよ!」
カトレアは、クリフの考えを察したらしい。
彼女は、咄嗟に雪に手をついた。
すると突然、雪が氷の板に変化する。
これは、ただの氷の板ではない。ソリだ!
彼女は、これで雪の上を滑るつもりだ。
しかも、その先頭にはロープに繋がれたクリフ。
まさか……。
カトレアが、ロゼッタに声を掛けた。
「私の体に掴まって!」
ロゼッタは頷き、ソリに立ち乗りするカトレアにしがみつく。
雪崩は、すぐ近くまで迫っている!
カトレアが、叫んだ!
「クリフ! お願い!」
クリフは、唱える!
「疾風モード!」
その瞬間!
雪崩が、三人の元へ到達した!
三人は、雪崩に飲み込まれてしまった……かのように見えた!
「更に唱える! 我が脚は疾風となる! 限界突破!!」
雪崩の中から声が聞こえた。
クリフだ!
三人は、ギリギリ雪崩に飲み込まれずに脱出できたのだ。
クリフは、人間の動きとは思えないような速さで走っている。
足が、雪の中に沈んでいない。
足が沈む直前に次の足を出して、雪の上を走っているのだ。
その後ろには、ロープで引っ張られたロゼッタとカトレアの姿が。
カトレアが、うまく氷の板を乗りこなしている!
三人は、高速で駆けて雪崩を遥か後方に置き去って行った。
その姿を、前方の大魔道士が冷たい視線で見守っている。
そして三人は、ついに氷の壁へと到達した。
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
三人が到着すると、遅れて雪崩が襲来した。
大魔道士が作った、巨大な氷の壁が雪崩を完全に防ぎ切る。
ロゼッタ達は、その光景を息を潜めて見守った。
クリフは、完全に息が上がって倒れている。
やがて雪崩が収まり、遠征団は後方を確認した。
どうやら列の後方を歩いていた冒険者が、多数飲み込まれてしまったようだ。
しかし、この広大な雪の中の何処に彼らが埋まっているのかは、もはや分からない。
救出は不可能だ。
大魔道士は冷たい視線で雪崩の跡を眺めて、表情一つ変えずに振り返った。
どうやら、このまま出発するらしい。
ロゼッタ達は躊躇したが、自分達の力だけではどうしようもなかった。
このまま、遠征団から離れて三人だけで救助活動をするなんて言う事は不可能だ。
そんな事をすれば、自分達の命を危険に晒すことになる。
彼女達は世界樹の旅の残酷さを感じながら、再びゆっくりと動き出す遠征団の後に続いた。




