ハルの正義
––これは、ハルがまだ幼かった頃の話。
ある日ハルは、父親と共に東の町を訪れていた。
町の周辺は、広大な農地に囲まれている。
この町は、農業が大変盛んなのだ。
この町を治めているのは、ウィンドソング家。
王家に使える有力な貴族の家で、農産物の輸出で莫大な財産をなしている家だった。
ハルの父親は顔が広い人物で、貴族とも付き合いがあった。
この度この町を訪れたのも、ウィンドソング家の当主に挨拶に伺う為だった。
ハルはウィンドソング家の当主に挨拶を済ませると、一人で邸宅の庭に出た。
今回の彼女の役目は挨拶だけで、後は大人達だけの話し合いが行われる。
彼女は、この家の当主が自慢する大庭園を歩いた。
大きな噴水を中心として、様々な花が咲き乱れ、豪華絢爛といった感じの庭だ。
庭の一角には、野菜も植えられていた。
農作物が、この家の経済を支えているのだ。
恐らく、それを忘れないために植えているに違いない。
彼女は、町を見渡せる展望スペースへと出た。
ウィンドソング家の邸宅は丘の上に建っており、大変見晴らしが良かった。
丘の下には、沢山の民家と所々に小さな畑がある。
彼女が景色を眺めていると、下の方から若者達の叫び声が聞こえた。
「待てぇ! どろぼー!」
彼女は、声のした方に目をやる。
すると銀髪の少年が、泥だらけになりながら走っていた。
その後を、三人の若者が追いかけている。
追っている若者の一人は、随分身なりが良い。
恐らく、ウィンドソング家のご子息だろう。
突然、一人の若者が魔法の杖を抜いた。
そして、銀髪の子供に風魔法を撃ちつける!
シュ! ドンッ!
魔法が命中し、銀髪の少年は転んだ。
「若様! 捕まえやしたぜ!」
彼らは、銀髪の少年を取り囲む。
少年は怯えて、頭を抱えて震えている様子だ。
しかし、若者達は、そんな彼に向かって杖を向けた。
そして、全員で風魔法を撃ちつける!
シュ! シュ! シュ! シュ!
少年は泣き叫んだ。
「ごめんなさい!! 助けてください!!」
しかし、若者達は無視して魔法を撃ち続ける。
そこへ、ハルが駆けつけた。
「やめないか!」
若者達は、不機嫌そうな顔でハルを睨みつけた。
ハルの前に、貴族のお坊ちゃんが進み出る。
「これはこれは、レオンハートじゃないか!」
ハルは、傷だらけで震えている銀髪の少年を見た。
「いったい、何事です?」
今度は、お坊ちゃんの取り巻きの男が進み出た。
「この獣人が、うちの畑の野菜を盗んだんですよ!」
そこへ、お坊ちゃんが口を挟む。
「だから、この俺が直々に盗人を罰していたところだ!」
ハルは二人の男を払い除け、倒れた少年へと近づいた。
少年は、全身にひどい怪我をしている。
ハルは、少年に問いかけた。
「野菜を盗んだのか?」
少年は、涙を流しながら答えた。
「ごめんなさい……お腹が減っていて……」
後方で、若者達がニヤリと笑う。
「な? コイツは盗人だ!」
ハルは静かに立ち上がり、子供達の方を振り向いた。
そして、落ち着いた口調で告げる。
「もう、良いでしょう。彼も謝っていることですし……」
「ダメだ!」
お坊ちゃんが進み出る。
「コイツら獣人は、汚れた一族だ! 何度でも悪さをする。だから徹底的に罰しなければいけないのだ!」
お坊ちゃんは、そう言うと再び少年に杖を向けた。
しかし、彼の目の前にハルが立ち塞がる。
お坊ちゃんは声を荒げた。
「なんの真似だ、レオンハート! 悪人を庇うのか!」
ハルは、落ち着いていた。
冷静な目で、お坊ちゃんを見据える。
「確かに、彼は罪を犯しました。しかし、もう十分反省しているのです。ここは私に免じて許して頂けませんか?」
しかし、お坊ちゃんは譲らなかった。
「悪人を逃すなど、俺の中の正義が許さん!!」
「正義?」
ハルが言うと、お坊ちゃんはハルの顔に杖を向けた。
「もし、邪魔をするのならば、お前も同罪ぞ!」
お坊ちゃんの後ろで、取り巻きの二人も恐る恐る杖を構える。
ハルは、三人の顔を見渡した。
そして突然、彼女は鋭い眼差しで三人を睨みつけた。
「騎士に対して杖を向けましたね。これは決闘の申し入れと判断してもよろしいですか?」
お坊ちゃんは臆せず、杖を振りながら叫んだ。
「問答無用だ!」
次の瞬間!
パシッ!
お坊ちゃんの杖が、弾かれた!
ハルが、魔法で弾いたのだ!
彼女は目にも止まらぬ速さで杖を抜き、相手の杖に魔法を撃ち込んでいた!
ハルは、更に杖を軽く2回振る。
すると、お坊ちゃんの取り巻き二人の杖も弾かれた。
ハルは、彼らに杖先を向ける。
すると、彼らは臆して後退りをした。
「お、覚えていろよ! タダでは済まさんぞ!」
お坊ちゃんは叫ぶと、身を翻して一目散に逃げ出した。
その後を、二人の取り巻きが追う。
ハルは、地面に落ちた杖を拾いながら呆れた。
「大切な杖を捨てて行くとは……」
すると、彼女の後ろから弱々しい声が聞こえた。
「あの……。ありがとうございました……」
ハルは振り向き、返事をする。
「私の、騎士としての正義を貫いたまでだ」
彼女は言うと、少年に近づき膝をついて治療魔法を使用した。
少年の、傷だらけの体が癒えていく。
「ところで貴公。盗みを働くほど困窮しているのか?」
「……実は……。僕の両親、死んじゃって……」
「……」
ハルは、真剣な表情で聞いていた。
そして彼女は、治療を終えて立ち上がる。
「私は、慈しみの心無き正義など、正義ではないと思っている」
「え……?」
「貴公の行いは許されたものではないが、それに罰を与えるのでは無く、救いの手を差し伸べるべきだと思うのだ」
「……」
ハルは、少年に手を差し伸べた。
少年はハルの手を握り、立ち上がる。
ハルは、少年に問うた。
「時に、貴公は獣人であろう? なぜ、彼らに反撃をしなかったのだ?」
少年は、モジモジしながら答える。
「お母さんが、人を傷つけるために力を使うなって……」
「では、貴公は何のためにその力を使う?」
「え?」
少年は、困惑した。
「なんの……ため?」
彼は、そんな事考えたこともなかった。
この力は、生まれた時から当たり前に備わっていたのだ。
いったい何のために使うのかなんて、敢えて考えるような事は無かった。
少年が答えに窮していると、ハルが告げた。
「貴公。その力を、世の中の為に使おうとは思わないか!」
「!?」
少年は、突然の提案に驚いた。
しかし、ハルは更に続ける。
「もし、その気があれば私と共に騎士団に入るがよい!」
ハルは真っ直ぐと少年を見つめ、手を差し伸べた。
しかし、少年は躊躇する。
「でも……僕は、獣人ですし……」
「構わん!」
「!!」
「我がレオンハート家は、貴公を歓迎しよう」
少年は、何だか信じられなかった。
こんな自分を歓迎してくれる人がいるだなんて……。
少年は、この女性について行きたいと思った。
そして少年は、ハルが差し出した手をギュッと握る。
「僕はラークと言います! よろしくお願いします!」




